第3話 夜掟の守人

 大きな部屋にどんと置かれた、石でできた大きな丸いテーブル。それを均等に囲って座る翁面の翁と、六名の者たち。そして、彼らの後ろにそれぞれ立つ者五名、肩に乗っている者一名。合計十二名が翁によって集められた。


「私の事情で集まってもらって申し訳ない。当主の命で無かったにも関わらず来てくれたことを感謝する」

 翁はまず、招集に応じてくれた事に感謝を述べた。そこに「フン」と鼻を鳴らしたのは、白黒の兎面を着けている者の肩に乗っていた小さな生き物だった。その姿はまるでドラゴンのよう。黄色の毛並みに翼と角、そして首には青いバンダナを巻いている。

「若の招集といえど奇貨隊はとても忙しいんだ。私情なら我楽多隊だけでよかった」

 気位が高そうな流暢な喋りで、「若」と呼ぶ翁の緊急招集に不満を漏らす。

「こら。何度も言ってんだろ。我楽多隊と奇貨隊に階級の差は無いって。丸焼きにされるぞ」

 不満げな態度を注意したのは、ドラゴンもどきを肩に乗せる兎面の者だ。白鼠色の髪を高い位置に結っている。ポンチョのような服から覗く腕はやけに白い。

「ぬ………ごめんなさい……」

 怒られた小型のドラゴンもどきは素直に謝る。しかし、その素直な謝罪を弾き飛ばす厄介者が耳聡く聞き取った。


「していいの~?丸焼きに」


 次に口を開いたのは、メビウスの輪のような、うねる金色の髪を持つ笑う女。ドラゴンもどきはその、冗談めいた口調に隠された僅かな殺気を察知し、兎面の者の肩からテーブルに降りて戦闘態勢を取る。

「フン。やってみるか破天荒ウロボロスめ」


 笑う女の髪はそれぞれ五つの纏まりの髪が、うねるように幾つも輪っかを作っていて毛先が見当たらない。唯一毛先があるのは前髪だけだ。その特徴からドラゴンもどきは「ウロボロス」と呼ぶが、「破天荒」と共に意味が若干違うのはご愛嬌。


 「破天荒ウロボロス」は横髪の輪に人差し指を通し、くるくると遊びながら答える。

「ドラゴンなんだかグリフォンなんだかも分からない曖昧生物が奇貨隊の肩書きだけで威張っててかわいいね~」

片手は頬杖をつき、片手は髪を弄ぶ。まるでドラゴンもどきを相手にしていないかのような態度。すると「破天荒ウロボロス」の隣に座っているヒッピーバンドを頭に巻いた男が茶々を入れた。

「爾余隊長の方が丸焼きにされるよ。いや、丸焼きどころか消滅しちゃうね。力の加減ができないから」

「おまいら諸共、してやる。おまいらは守人の恥だ阿呆め!」

 『守人の恥』と声を荒らげながら、ドラゴンもどきはあろうことか口から光線を放った。狙われた「破天荒ウロボロス」とヒッピーバンドの男、そして彼らの後ろに立っていた二名は瞬時に光線を避ける。光線が当たった壁は周りにヒビなどが入ることなく、綺麗に穴が空いていた。こんなものが掠りでもすれば肉体がなくなるというのに、誰ひとりとして慌てることはなかった。しかし、突如勃発した喧嘩に翁は深くため息をつく。


 彼らは〝夜掟ばんていの守人〟と呼ばれる、違を取り締まる夜市の警備隊。奇貨市を警備する〝奇貨隊〟と、我楽多市を警備する〝我楽多隊〟の二隊に別れていて、夜市十番街の治安を守っている。


「……止める?先生」

 骸骨のような顔が描かれた袋を被る男、鳥獣街道隊の副隊長なぜなぜが、目の前にいる自身の隊長に声をかけた。「先生」と呼ばれた鳥獣街道隊の隊長、ぬらくらは振り向かず手首をひらひらと振る。

「ほっといていいよ」

 仲裁する気のない気怠げな返事をした。兎面の者と同じ白鼠色の長い髪の毛は顔を隠していて、床に付きそうだ。

「花火のあの性格のおかげで爾余街は割と治安が良いらしいからね。暴れ足りないんだろうから発散させてあげたらいいよ」

 時々掠りそうな光線を軽く避けながら、やりたいようにやらせればいいと言うぬらくら。稀物街道隊の隊長、兎面を着けているショウも同意見のようで軽く笑っている。

「そういえば来てない隊がいるけどどうして?」

 興味が無いのかすぐに話を変えたなぜなぜは、翁の招集に応じていない街道隊に疑問を持ったようだ。

「単純に忙しいんだろう。四市様の命令じゃないし」

「四市様の命じゃない」。その理由になぜなぜは「そっか」と納得した。


「リアツィア、その辺にしときなよ!」

 ようやく喧嘩の仲裁に入ったのは稀物街道隊副隊長、五踏いつぶみ拾夜とうやの光線の巻き添えを喰らいそうになっていた、ヘアバンドを巻いた男。 

 「リアツィア」と呼ばれた男は答える。

「なんでー?俺何にもしてないよ。止めるなら五踏くんと爾余隊長でしょ」

彼等は植物街道隊の隊長リアツィアと、副隊長ミセラ。

 そして、

「私だって何かしたわけじゃないよ~。仕掛けてきたのは五踏じゃないの?」

あくまでも先に手は出していないと言うのは、「破天荒ウロボロス」こと爾余街道隊の隊長、花火。身動きが取れない空中で器用に体を捻らせ、光線を躱している。


「魔法薬隊、止めてください」

 その様子を見上げる小柄な者。ミセラ同様に五踏拾夜の攻撃を喰らいそうになった、爾余街道隊の副隊長、デニャーデスだ。喧嘩を止めろと、魔法薬隊の隊長、リジェ・イーラットに指示した。黒色の髪で左目を隠しているリジェは、無茶苦茶な発言に「は?」と口を開いて眉間に皺を寄せる。デニャーデスはその態度が見えていないのか構わず仲裁を頼んだ。

「稀物副隊長の攻撃は本当に洒落になりません。喰らっても無事でいられるのは魔法薬隊長と副隊長しかいないでしょう」

「無事じゃねぇし…死ぬのが確定する攻撃を喰らうのは嫌に決まってんだろ」

 リジェは頬杖を付きながら、心底嫌そうな顔をする。死にに行くようなことをするわけないだろう、と。

「でもこのままでは話が進まない。見えるでしょう。言うことを聞かない皆のせいで若が落ち込んでしまいました」

 お構い無しに止めに行けと言うデニャーデス。その目線の先には背もたれに凭れ掛かって腕を組み、ボーッと五踏拾夜、花火、リアツィアを見ている翁がいた。守人同士の諍いは最早日常茶飯事だから、言うことを聞かないくらいで落ち込んではいないのだが、せめて場所を選んでほしいと考える。

 そんな翁の思考はいざ知らず、リジェは少し憐れに思って自身の後ろに立っている副隊長、エーリイ・アニミーに顔を向ける。

「…エリィ」

「あたしも嫌。あたしは死ぬし」

「俺も嫌だっての」

即答で断られる。しかし、誰かが止めねば会議室が穴だらけになってしまう。一応、拾夜は周囲に目を向けているのかテーブル付近に光線が来ることは無かった。テーブルの中央には穴がいくつも空いているが。

 そしてあちこち部屋を走り回り跳んで回る花火とリアツィアは、さらに拾夜を煽り出す。

「威力はあっても当たらないんじゃね~~」

「何しに来たのか忘れてない?五踏くん。それとも小さい脳みそじゃあ、自分が今なんで怒っているのかも覚えてられないかな?」

「笑止!拾夜は守人の評価を下げるおまいらが嫌いだ!」

ヒートアップし、ますます動きが激しくなる。慣れているとはいえ、貴族がいる狭い空間で肉片も残さない高密度のエネルギーを構わず放たれるのは困る。


 そろそろ止めるかと隊長たちがアイコンタクトをしたとき、

「…比良坂」

「はい」

ずっと傍観していた街道隊が動いた。ショウ、ぬらくらと同じ髪色、肌色を持つ者に指示され、後ろに立っていた男がその場から瞬時に移動した。

「っ!」

「待っ…!」

「な…」

 間に入った男の姿を確認すると花火、リアツィアは明らかに動揺し、拾夜は驚いた顔をした。拾夜の口内は光っている。光線を放とうとしていたのだ。だから目の前に現れた男に驚いた。

 男は拾夜の顎を弾いて口を天井に向けさせ、光線が当たらないようにした。それ以上特に何かするわけではなかったが、三名は床に着地しても動こうとはしなかった。


 代わりに動いたのは男に指示を出した百薬街道隊の隊長、たき。左の横髪を耳にかけ直しながら、テーブルから少し離れた位置で仲裁を受けた三名に妖しげに微笑みながら問う。

「大概にしとけよお前ら。おれらは何しに来たんだリアツィア」

「……翁の招集で」

 リアツィアはバツが悪そうに苦笑いして答えた。

「そうだよなぁ。お前らは何してんだ拾夜」

「ぬ……………」

「だっていつまで経っても禽獣隊長はなんにも言わないから………っ!」

 黙りこくる拾夜に代わって花火が答えるが、最後まで発言できなかった。三名は腹部を押さえて蹲り、次第に顔を歪ませて唸り声を出す。

「ぬ………ぐ……っ…お、おまい、拾夜たちに何をした…!」

 拾夜の目線の先にいるのは、百薬街道隊副隊長の比良坂ひらさかいさご。沙は苦しむ三名を他所に、

「仲裁」

と短く言い、所定の位置に立つ。たきは頬杖をついて微笑みながら、三名に「自分の立場をよく考えろ」と苦言を呈した。先程まで喧嘩をしていた彼らは、揃って床に額を付け、腹部を押さえて苦しんでいる。

「我楽多隊を甘く見てると痛い目見るって、何度言えば分かるんだお前は…」

 呆れた口調で、縮こまる拾夜の首根っこを掴むショウ。それに続きミセラ、デニャーデスは各々隊長の回収をする。かと思いきや、デニャーデスはその場から動かず、抑揚のない声で花火に「邪魔です」と一喝。視界から外れるところでのたうっていろ、と。花火は何かしら言い返すこともできず、しかし動くこともできないのか大人しく蹲る。


「静かになったから始めていいよ」

 笑みは崩さず、たきは翁に報告をする。隊長二名、副隊長一名が腹痛を訴える状況を静かになったと判断するのもどうかと思うが、話を聞いてくれる空気になったのは事実だ。

 放ったらかしにされていた翁は、懐から木製の円盤を取り出してようやく口を開く。

「………皆に集まってもらったのは、私の友達についてだ」

 言い終わると円盤を縦に二回振った。すると円盤から顔が描かれた二枚の板が出てきた。一枚につき一人描かれていて、その人物は四日前に夜市に来ていた、橘風架と間宮佳流だった。

 しかしそんな人間のことなど知らない彼らは首を傾げ、眉間に皺を寄せる。〝翁の友達〟。それを聞き、まず口を開いたのは鳥獣隊副隊長のなぜなぜ。友達とは小尉、つまり伊舎堂や津々良、由市のことかと聞く。しかし翁は首を横に振って否定した。その三人のことではない。友達とは、人間の友達だ。

 途端に会議室は騒めきだす。夜市において人間の価値は無いに等しい。例外を除き、食糧として爾余街道の肉屋に並ぶのが常。そんな人間と友達になったのだと聞かされれば、大抵のことでは驚かない各隊の者たちも互いの顔を何度も見合わせ、聞き間違いではないのかと確認する。

「友達になれるほど人間と交流があったのか?」

 向かって翁の左側に座る稀物隊隊長のショウ。

「というか人間側が友達になろうと思ったってこと?」

それに続き、鳥獣隊隊長のぬらくらも疑問を投げる。夜市に人間が来ることは少ない上に、特殊な力も持っていないから生きていられる確率も低い。故に疑問が疑問を呼ぶ。彼ら人間にとって夜市は恐怖の市場でしかないはずだ。


「人間などと友達だと……っ?公言したらバカにされるに決まってる」


 そして、夜市をよく知る彼らにとって人間は、最弱種と言っても過言ではない。腹痛に悶える稀物隊副隊長の拾夜は遠回しに翁を馬鹿したが、拾夜の意図に気づいているのかいないのか、翁は招集理由を話す。

「思うことはいろいろあるだろうけれど聞いてくれ。私の要件とは、その友達を商人や楽楽狗ららぐから守ってほしいんだ」

 またも戸惑いの声があがる。魔法薬隊隊長のリジェから「どういう関係だ?」と聞かれれば、「友達だ」と答える。鳥獣隊副隊長のなぜなぜから「守る理由は?」と聞かれれば、「人間は弱いから」と答える。すると蹲っている花火が少し大きい声を出し、周囲の質問を押し退けて意見を通す。

「人間守って私たちになんの得が………!何もないでしょ…!」

 爾余街道を警備している花火は、肉屋に並ぶ生き物を日常的に目にしている。その生き物のひとつである人間を、死なないように、売られないように守れと言い渡されても理解できないのだ。なぜなら守らなければならない程の価値がないから。食糧を食糧にしない行為にメリットがないから。

 そして相変わらず腹痛は収まらないようで、最早翁の方を向く余裕もないらしい。


 〝友達〟を散々下に見られながらも、翁は至って冷静に花火に、ひいては招集に応じた街道隊の隊長副隊長に自身の要望を正直に伝えた。

「何の得もないかもしれない。ないと思う。最初にも言ったけれどこれは私の私情。命令ではない、頼みだ」

 全員が静まる。決して冗談などではない。そして強制でもない。ただの要望だ。だがその〝頼み〟を、そう簡単に拒否できない。

「来てない隊には私から伝える。伊舎堂家の紋を持っているから分かりやすいだろう」

「解散」と一言放ち、早々に翁は部屋から去った。


「〝お願い〟なぁ…」

たきがボソッと呟く。守人とは、夜市内部の治安を守る警備隊。それを率いているのが六家の貴族のうちの一家、四市家だ。彼ら守人は四市家の部下とも言える立場にいる。故に〝お願い〟は命令だ。本人が命令と思っていなくても。下された指令を各々頭に入れ、会議室から出る。


 ちなみに部屋から出ようとした百薬隊副隊長の沙は、稀物副隊長の拾夜に腹痛をどうにかしろと引き留められたが、「知るか」とだけ残して出ていった。

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