第10話 本当の姿は

 いつも通り、両親と私、パトリックでお茶をする。

 両親と話すパトリックは、絵に描いたような爽やかな青年という感じ。


 お茶が終わった時、パトリックが言った。


「ねえ、ライラ。庭を見せて」


 これもいつものことだ。


「パトリック君は、本当に植物が好きだな。うちのライラと一緒だ」

と、お父様が嬉しそうに言って、私たちを庭へと送り出した。


 パトリックを案内するのは、裏庭の奥にひっそりとある私専用の庭ではなく、庭師が管理している屋敷の表にある庭の方。


 私の庭とは大違いの、普通の花が、きれいに咲き誇る庭。

 庭の真ん中までくると、誰の目も届かなくなった。すると、パトリックは爽やかな笑顔を消した。


「あいかわらず、ここは田舎だよね?」

と、冷たい声で言った。


 だから、来なくて良いって言ってるじゃない! と、思ったけれど、そのまま言うわけにもいかない。できるだけ、やんわりと言った。


「忙しいなら、わざわざ来てもらわなくていいよ」


「ライラのくせに、俺に命令するの? ちょっと会わない間に偉そうになったね」

と、上から見下ろしてきた。


 はいはい、これもいつもの感じ。


「嫌なら婚約をやめてよ。公爵家のほうからなら取りやめにできるよね?」

と、私が言った途端、パトリックの顔がゆがんだ。


「ライラは俺との婚約をやめたいんだ? ぼくは、やめたくないのに、ひどいな。でも、もし、そんなことをライラが口にしたら、ライラの父上は、すごく悲しむだろうね。俺の父とは学友で仲もいいから。それよりも、ライラの家は、俺の家に、多額のお金を払わないといけなくなるよ。ライラのご両親も困るんじゃない? もちろん、屋敷の使用人も、領民も困るよね? 全部、ライラのせいで。それでもいいの?」

そう言って、意地悪そうに微笑んだパトリック。


 はああー、そうなんだよね……。私が言えば、みんなに迷惑をかける。

 そうじゃなければ、すぐに両親に言ってるのに! 婚約、やめたいって……。

 

 きっと、両親は私の気持ちを尊重して、無理をしてでも、やめてくれると思う。

 

 でも、公爵家にいっぱいお金を払わないといけなくなるなら、絶対に困る。

私のせいで、皆が困るなんて絶対に嫌だ!


 私は力なく言った。

 

「みんなを困らせたくない……」


「うん。それでいいよ、ライラ。ライラはね、ぼくと結婚するしかないの。こんな優秀で公爵家の俺が婿入りするんだよ。感謝してよ」

そう言うと、パトリックは、満足そうに微笑んだ。



 パトリックと出会ったのは、私が5歳のころ。パトリックは7歳だった。


 公爵家の方々が休暇でこのあたりに来たのだけれど、息子の具合が悪くなり、学友だったお父様のところに助けを求めてきた。

 それが、パトリックだった。


 急遽、お医者様に見せ、パトリックは、うちで一週間ほど療養した。


 その時、パトリックは黒い煙をいたるところにつけていたんだよね。

 だから、私は様子を見るふりをして、黒い煙を吸い取った。

 1週間で全部取れると、すっかりパトリックは元気になった。


 パトリックに、私の能力は気づかれていないけれど、パトリックの強い希望で、後日、公爵家から婚約の申し込みがあった。


 その時の私のパトリックの印象は、大人しくて、優しいお兄ちゃんだった。


 だから、婚約の申し込みがあったけれど、どうする? と両親に聞かれた時、意味もよくわからず、気軽に「いいよー!」と答えた私。


 あー、バカ、バカ、バカ!


 あの時、しっかり断っとけば、こんな面倒なことにはならなかったのに!


 でも、あの頃のパトリックは、今思い出しても、大人しくて優しい子どもだったと思う。今とは、まるっきり違うけど……。


 変わりはじめたのは、パトリックが12歳のころ、ちょうど貴族の学園に通い始めた時だ。


 ここへ来るたびに、つけてくる黒い煙が多くなっていった。

 それに伴って、優しかった口調も、少しずつ意地悪になっていった。


 それでも、最初のころは、黒い煙をバレないように吸い取ると、はっとしたように、謝っていたパトリック。


「ライラ、ごめん! きついこと言って。ぼく、疲れてるのかな? ライラにあたったりして。学園の勉強が、ちょっと大変でね…。ほんと、ごめんね。ライラ」

そう言って、泣きそうな顔で謝る、出会った頃の優しいパトリックに戻っていたのに。


 それが、だんだん、黒い煙が取りづらくなってきて、優しいパトリックに戻ることはなくなった。

 しかも、両親には今まで通りの態度なのに、両親が見ていないところで、何故か、私にだけ、きつい言葉をなげかけるようになった。


 そして、私は気づいた。


 パトリックの黒い煙は、私では、もう完全には吸い取れないってことに。

 

 というのも、その黒い煙は他人からつけられたものではなくて、パトリック自身から出てきているものだから。


 胸のあたりに穴があいて、そこから泉のように、黒い煙が少しずつ流れ出しているパトリック。

 会うたびに、その量は増えていった。


 こうなると、吸い取っても、吸い取っても、どんどん出てくるから、私では、どうしようもない。

 

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