第8話 心配かけて、ごめんなさい
私は、椅子にすわったコリーヌ様の前に立って、黒い煙がべっとりとついている頭のあたりに、両手をかざした。
そして、円を描くように動かしながら、手のひらで、吸い取り始める。
でも、濃い黒い煙は、がっしりと、絡みつくようについていて、簡単には吸い取れない。
私は、手の向きを、ちょっとずつ変えながら、根気よく、両手を動かしていった。
しばらく、同じ動きを繰り返していたら、固まっていた黒い煙が、だんだんゆるんでいく。そこから、重点的に吸い取り始めた。
よし、この調子で、もっとがんばらないと!
私は、更に気合いを入れて、黒い煙を手のひらへと吸い取るイメージをする。
もちろん、その間も、両手はずっと動かしたまま。
すると、イメージどおり、黒い煙を吸い取るスピードがあがってきた。
それを、しばらく続けて、やっと、最後の黒い煙が吸い取れた。
もう、黒い煙は残っていない。
「全部、吸い取れました!」
嬉しくて声をあげた瞬間、がくっと体の力がぬけた。
「ライラ! 大丈夫か?!」
あわてて、アルが私を抱きかかえて、長椅子まで運び、寝かせてくれた。
そして、ハンカチで私の顔を優しくぬぐってくれる。
どうやら、汗をいっぱいかいていたみたい。
気づかなかった…。
横になっている私の顔をのぞきこんできたコリーヌ様が、心配そうに聞いてきた。
「ライラちゃん、大丈夫!?」
「はい。ちょっと、休めば大丈夫です。それより、頭痛はどうですか……?」
「それが、すっかり頭の痛みが取れたの! しかも、ずっと頭に霧がかかったような感じがしていたのも治ったのよ! ずっと苦しかったのが、嘘のよう。ライラちゃんのおかげね。私を助けてくれて、本当にありがとう」
微笑みながらも、涙ぐんでいるコリーヌ様。その姿に、ほっとする。
「良かった……!」
思わず、つぶやいて、起き上がった瞬間、ぐらっと体が揺れた。
そばにいたアルが、さっと支えて、ゆっくりと横にしてくれた。
「ライラ、まだ起きたらダメだ。すぐに医者を呼ぶからな」
アルの言葉に、首を横にふる。
「心配かけて、ごめん。でも、この部屋には、お花がいっぱいあるから、すぐに治ると思う。だから、お医者様は呼ばなくていいからね」
すると、コリーヌ様が、飾っているお花の中から、優しい香りのお花だけを選んで、私のそばに持ってきてくれた。
「近くに置いておきましょうか?」
と、優しく声をかけてくれる。
私がうなずくと、コリーヌ様が、私のそばにお花を置いてくれた。
お花の優しい気が、すーっと私の中に入ってくるのを感じる。
「ライラ、ゆっくり休んでろ。してほしいことがあれば、なんでも言ってくれ」
と、アル。
「うん、ありがと…」
そう答えたのを最後に、意識が落ちた。
目が覚めると、見知らぬ天井が目に入ってきた。
うーん、ここはどこ?
起き上がると、私はふっかふかのベッドに寝かされていて、まわりを取り囲むように沢山のお花が飾られている。
きれいなんだけど……、私、もしや、死んでる?
だって、天国みたいじゃない?
と、思ったら、花の向こうに座っているアルと目があった。
「ライラ! 大丈夫か?!」
駆け寄ってきたアル。私は、ベッドから降りると、両手をぐるぐるまわして、元気なところを見せた。
「うん、大丈夫! ほら、もう、すっかり元気だよ! それより、アル。もしかして、私が目が覚ますのを、ずっと待っていてくれたの?」
「当たり前だろ! はあー、ほんと、ライラが気がついて良かった……」
アルは、ほっとしたようにそう言うと、私をふわりと抱きしめた。
…え? ちょっと、アルっ!?
カッチンコッチンになってる私に気がついて、アルが、あわてて離れた。
「悪い! ほっとしすぎて、思考能力が止まってた。決して邪な気持ちがあったわけじゃないから……」
アルが頬を染めて、焦ったように言い募る。
「わかってる…」
そう答えたものの、私も顔が熱くなった。
「ライラちゃん、気がついたの!?」
コリーヌ様が、部屋に入ってきた。
そして、ベッドから降りて立っている私を見て、駆け寄ってきた。
「ライラちゃん、大丈夫?! どこも辛くはない?」
心配そうに、私の顔をのぞきこんだコリーヌ様。
「もう、すっかり良くなりました。ご心配をおかけしてすみません」
「何を言うの。こちらこそ、ごめんなさいね。私のために、倒れるまで能力を使ってもらって…。あら、顔が赤いわね。熱があるのかしら」
そう言うと、コリーヌ様は、私の額に手をあてた。
ええと、それは違います…。
隣で、アルが気まずそうに目をそらした。
コリーヌ様は、「熱はないわね」そうつぶやくと、私の手に目をとめた。
「ライラちゃん、手を握りしめているけど、どうかしたの?」
と、聞いてきた。
あ、そうか…。 右手を、ぎゅっと握りしめているもんね。
私は、二人に見えるように手をひらいた。
「これが、コリーヌ様の黒い煙から生まれた花の種です」
二人とも息をのんだ。
私の手には、でこぼこした、大きな花の種が一つあった。
血のような赤い色に、黒い模様というか紋様みたいなものが、いくつも浮かび上がっている。
最初に廊下でこっそり取った時の種は小さすぎて、模様がよくわからなかったけれど、種が大きい分、はっきりとわかる。
アルは鋭い目で種を見ている。
「アル。どうしたの?」
「この紋様がな、見覚えのある紋章に似てるんだ…。これは、邪気というより、呪いだったんじゃ……」
と、アルが言いかけたところを、コリーヌ様が厳しい口調で止めた。
「うかつに言うことじゃありませんよ、アル。ライラちゃんを巻き込まないように」
コリーヌ様の言うことに、神妙な顔でうなずいたアル。ふと、疑問が浮かんできたので、聞いてみた。
「いつもは、邪気から生まれた種は全て植えてるんだけど、もしや、この種は、アルが持っていたほうがいい?」
「いや、これでは証拠にはならないから、ライラが持ってて。でも、植えるのはちょっと待ってくれないか? 確認したいから」
「わかった。保存しておくね」
と、アルに約束した。
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