第6話 新時代への一歩
「誰も何も――」
ソウマさんは私を指さす。
「わ、私ですか? き、期待しないでくださいよ。私は魔力が少ないし、ガタイも良い訳じゃない。そんな人間に何ができるというのです」
「確かにそう見えるな。しかし、魔力や筋肉なんてのは後でいくらでも増強できるから些細な問題だ。俺がお前に求めるのは、勇者になりたいという強い思いと覚悟を見せるだけだ」
「そりゃあなりたいですけど、具体的にはどうやってなるんです?」
「まずは強くなることが先決だ。それからは世界各地で勇者狩りを行って多くの人々を助け、始祖の意志を継ぐ真の勇者が居ると噂される」
「噂は大事ですもんね」
「その噂が王様の耳に届くまで勇者狩りを続け、そして会えたら自分こそが魔王を討伐できると主張しろ。その主張が通れば、晴れてお前は国に認められた勇者になることができる」
「……あの、勇者として民衆に噂されるのが重要なのは分かります。ですが、国に認められる必要ってありますか?」
「むしろ後者が最も重要だぞ? なにせ今世界がこれだけ荒れてるのは、政府が公式に推す勇者が居ないせいだからな」
それからソウマさんは私に、なぜ強盗が勇者を名乗りだしたのかその理由を説明する。
今から五十年前、世界王は突如「国民総勇者宣言」を発令した。この宣言の背後には、「魔獣」と呼ばれる生物が大きく関係している。
三百年前、世界の端に出現した魔王はおびただしい量の「魔獣」を繰り出して世界を蹂躙した。始祖の勇者の活躍によって滅亡の危機は免れた物の、それまで世界にあった九つの都市のうち七つが壊滅。これをうけ、世界王は獣が居る地域と残った都市を分断する巨大な城壁を取り急ぎ建造した。
しかし宣言発令の少し前、王の耳に獣の発見報告が数件入り込む。壁の寿命が近いと感じた王は、その宣言において憲法を全て放棄する事を宣言する。
発令にあたり王は、苛烈な資源の奪い合いを勝ち残った人間こそが、獣に対抗しうる強い勇者なのだと主張した。当然反発は大きかった物の、王はそれらを無視して法律の廃棄を断行。その行動が、今の地獄を生み出したのだ。
憲兵は犯罪者の逮捕を出来なくなってしまったので、国民は自分の身を自分で守らねばならない。王や官僚が住んでいる城の周辺では戦闘行為を罰する法律がいまだ生きている物の、それ以外の地域は憲兵が働かないため無法地帯と化しているのだ。
(……待って。獣は始祖が全滅させたんじゃないの?)
疑問の残る発言だが、その疑問を思わず心の奥にしまい込んでしまう程、この話は私にとって魅力に満ちた物だ。
「つまり私が政府公認の勇者になる事で、この地獄は収まるって事です?」
「もちろん。お前がそうなった瞬間に全ての法律は再施行され、その影響で憲兵に逮捕権が復活する。憲兵は偽勇者の検挙に動き出すだろうし、上手く行けば、奪われた財も持ち主へ返還されるかもだ」
「!!」
この時、私にとってこの話がとても美味しい物である事に気づく。偽勇者達への復讐も果たせるし、史上類を見ない規模の人助けも出来る。しかも、どうやら彼には私を強くするノウハウがあるみたいだ。
相手が普通の人なら胡散臭い話だと切って捨てたが、あのソウマさんが言っているのだから信頼できる。私は心の中で、密かに覚悟を決めた。
「決めました。私、勇者になります。一度は捨てた夢ですが、貴方とならもう一度目指せそうです」
「それは良かった。これからよろしくな、スイ」
ソウマさんは私に向けて右手を差し出す。今まで無表情を貫いていた彼だったが、今は少し口角が上がっている。憧れの存在に名前を呼ばれたこと、そして彼が笑ってくれたことが嬉しくて――満面の笑みを浮かべながら、私はソウマさんの手を取った。
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