第3話 公爵家での生活

◇◇◇


「まぁお嬢様!こんなに早い時間にお目覚めになられたのですか?あまり良くお休みになれませんでしたか?」


 ライザの様子を確認に来たメアリーは、所在なげにソファーに座るライザに驚いた。まだ夜明け前という時間帯だ。


「あ、メアリーさん、あの、私何かお手伝いできたらと思って……台所仕事でもお掃除でもなんでもやりますから」


 ベッドの中であれこれ考えていると結局朝になってしまった。けれども、元々眠りは浅く、寝る時間も限られていたので問題はない。それよりも、ここでどう過ごせばいいかわからずに、落ち着かなかった。


「お嬢様……いけませんわ。お嬢様にそんなことをさせてしまっては、私が奥様に叱られてしまいます」


「そう、ですか……」


 明らかに肩を落とすライザに、メアリーはにっこり微笑んでみせる。


「ですから、私のお手伝いをお願いしてもいいですか?温室から奥様のお部屋に飾る花を選んでいただきたいのです」


「は、はいっ!わかりました」


 ぱぁ~と顔を輝かせるライザ。


「では、着替えたら朝食までの間ご一緒しましょうね」


 部屋に隣接するドレスルームには、すでに色とりどりのドレスが所狭しと並んでいた。ドレスに合わせるように置かれた可愛い靴にキラキラ光るアクセサリー。きっと、この綺麗な石は、高価な宝石なのだろう。


「こ、これを私が着るんですか?」


 ごくりと唾を飲み込むライザに、メアリーはにっこり微笑んで見せる。


「もちろんですわ。この部屋のものはすべてお嬢様のために用意されたものですから」


「だって、私、奥様には昨日初めてお会いしたのに」


「ふふふ、そうですよね。まあ詳しいことは秘密ですが、数日前から慌ただしく用意されていましたよ。ほら、サイズもぴったりでしょう?」


 確かにメアリーが着せてくれた靴もドレスも、可愛い帽子も、どれもライザにぴったりだ。


「お姫様みたい……え、いえ、ち、違うんです!ドレスが!このドレスがとっても可愛くて!」


 鏡に映った自分の姿をみて思わずポツリと呟いた後、羞恥心で真っ赤になるライザ。ちょっと綺麗な服を着せてもらえたからと言って、自分のような孤児がお姫様などとおこがましい。けれどもメアリーは、丁寧に腰のリボンを結ぶと、ライザに優しく語り掛けた。


「ええ。公爵家のお姫様ですわ。ライザお嬢様。お嬢様の瞳と同じ、ブルーのドレスがとてもよくお似合いです。とてもとても可愛らしいですわ。まるで天使のように」


 メアリーの優しい言葉に思わず涙があふれる。薄汚い私生児、恥知らずの娘、薄気味悪いとさんざん罵倒されてきたライザは、誰かから優しい言葉を掛けられることなんてなかったから。


「今までの人生は悪い夢みたいなもの。お嬢様の人生はここから始まるのです」


 ◇◇◇


 サクサクの焼きたてクロワッサンにベイクドエッグ。野菜たっぷりのキッシュにフルーツたっぷりのヨーグルト。黄金色のコンソメのスープからはおいしそうな匂いが漂っている。きらきらした朝食を前にライザは一人固まっていた。


「どうしたの?朝食のメニューが気に入らなかったかしら?」


(いきなり奥様とお食事することになるなんて!!!)


 てっきり昨日の晩と同じように食事は一人で食べるものだと思っていたのに、なぜかローズと同じテーブルに案内されてしまったのだ。綺麗に食べたいと思っても、テーブル作法などまるで分らない。ライザがまごまごしていると、ローズはにっこり微笑んだ。


「マナーなんて気にしなくていいわ。パンはこうして手でちぎって食べられるでしょう?フォークとスプーンもこうして一本だけ使えばいいの。あなたちょっとやせ過ぎよ。遠慮なく沢山召し上がれ」


 ライザは恐る恐るクロワッサンを一つ手にとると、少しちぎって口に入れる。芳醇なバターの香りが口いっぱいに広がり、そのおいしさに思わず目を見張った。


「どう?アルカナ公爵家のシェフは優秀でしょう?食事があまりにもおいしいから、私なんてこの五年間ですっかり太ってしまったわ」


 ため息をつくローズに思わずくすっと笑いが漏れる。慌てて真面目な顔をするライザだったが、ローズは眩しそうに眼を細めた。


「あなたの笑顔、素敵よ」


 最初は緊張していたライザだったが、食べ物の誘惑には勝てず、すっかり完食してしまった。


「あなたにはこれから公爵家の令嬢としてふさわしい教養を身に付けて貰うわ。食事の仕方からお辞儀の仕方、この国の歴史。覚えることは沢山あるの。早速家庭教師を雇ったから今日からレッスンを始めましょう」


「は、はいっ」


「最初は難しいと感じるかもしれないけれど、頑張ったら必ずあなたの役に立つわ」


 ローズの言葉にライザはこくりと頷く。毎日掃除や洗濯に追われる生活を送っていたライザは、何もやることがないとどうにも落ち着かないと思っていたのだ。やることがあって良かったと胸を撫で下した。


「さあ、これから忙しくなるわよ」

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