ビルの屋上は銀河

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ビルの屋上は銀河

 ビルの頂上から見える夜空は、まるでプラネタリウムのように星が瞬いていた。

 周囲に建物や山がないと視野を遮るものがないため、屋上からは360度の大パノラマが広がっているのだ。

 闇夜というキャンバスに、大小様々な宝石を散りばめたような煌めきが、視界いっぱいに広がっている。

 それは、思わず感嘆のため息を漏らしてしまうほど美しい光景だった。

 そこに少年と少女が居た。

 中学生ぐらいの年頃。

 二人はコンクリートの床に寝転がり、星空を見上げている。

「きれいやな……」

 関西弁の少女、日下くさか由貴ゆきは、その光景を見て目を輝かせた。

 その隣で、少年・佐京さきょう光希こうきも頷く。

「うん。凄いね」

 光希は星を見る趣味を持たないが、それでもこの景色には心を奪われた。

 二人がここに来た訳は、授業での星座早見盤の使い方が分からないという由貴から相談を受けたからだ。

 確かに、教科書だけでは分かりにくい所もあるだろう。

 せっかくなら実際に星空を見ながらの方が分かりやすいと、光希が言う。

 すると由貴の親類にビルのオーナーが居るということで、こうして屋上までやってきた訳だ。

 しかし、こんな星空を見れるとは思っていなかったため、二人は宇宙を旅するような気分だった。

 光希は天体観測などしないが、これは良い機会だったと思った。

 まるで自身が宇宙に漂うかのように。

「由貴は武術ウーシュー(中国武術)における終着点。宇宙との一体化って何だと思う?」

 いきなりの問いかけに、由貴は寝転がったまま光希を見た。

 二人は三皇炮捶拳・翻子拳と門派(流派)こそ違えど、武術ウーシューを学んでいる拳士だ。だからこそ、同じ視点からの答えがあるかもしれないと思ったのだ。


【拳士】

 武術ウーシューを学ぶ拳士は、他の格闘技を追求する者とは、まったくことなる理念を持つ。

 格闘家の目的は、ボクシングに代表される様に富と栄光を掴むこと。

 もう一つは、自分自身を高め、肉体のみならず精神も鍛えようとする。

 拳士は、後者にあてはまるが、拳士は自己を高めることの終着点を宇宙との一体化という思想的な部分に設定している。

 拳士の目的は、それぞれの門派の套路に隠された道を悟り、自分を宇宙と同等の存在まで高める。その目標とするところが、格闘家と大きく異なっている。


 由貴は、うーんと考える仕草をする。

 やがて、口を開く。

「知らん」

 光希は苦笑する。

 まあ、無理もないだろう。

 いくら武術ウーシューを修めているといっても、まだ中学生だ。

「それより光希。ウチと組手せえへんか? こないだウチに負けて悔しいやろ」

 突然の提案に、光希は思わず噴き出しそうになる。

 たしかに先日、光希は由貴と組手をして負けたばかりだ。

 別に悔しくはないのだが、負けっぱなしというのも気分が悪い。

 だから、光希は頷いて立ち上がる。

 由貴も、嬉しそうに立ち上がる。

 二人の間は静寂が広がる。

 由貴が一歩踏み出すと翻子拳独特の拳を連打する攻撃が光希を襲う。

 両拳は閃電の如し、密なること雨の如し。

 と形容される通り、目にも止まらぬ速さで繰り出される突きは、相手に反撃の機会を与えない。

 しかし、光希はその全てを躱していく。

 それはまるで、風に舞う木の葉のように軽やかな身のこなしだ。一見すると、ただ逃げているだけに見えるかもしれないが、攻撃を理解し動く。その動きは避けであり無駄がない。

 由貴の攻撃を避けながら、光希は時折こちらから攻撃を仕掛ける。

 突きや掌底を放つ。

 光希の攻撃を防ぎながらも、由貴は楽しそうに笑う。

 組手が進むうちに、光希は自然と宇宙との一体を考える。

 地球という重力が影響する大地に立つ。それは単純なようで、そうではない。骨格という芯があり、それを筋肉があり、そこに力が伝わることで体が動くのだ。

 拳の突きも腕力だけではない。

 地球の重力に反する力を足裏から腰へ伝え、腰から体幹へ、体幹から腕へ、一瞬でそこから捻転させるように突き出す。そうすることで、より強い一撃になるのだ。

 鍛え自分一人で強くなっているような気がしたが、根幹となる力は自然にあるものを利用しているにすぎないのかも知れない。

 そう考えると、なんだか不思議な気分になる。

 それからしばらくして、2人の組手が終わる。

 由貴の拳が光希の顔を捉え、寸止めで決着は着いたからだ。

「今度もウチの勝ちやな」

 嬉しそうに呟く由貴の言葉に、光希は何も答えない。そっと微笑む。

「……そうだね。僕の負けだ」

 光希は敗北を認めた。

 2人とも汗を流しているが、光希の呼吸は乱れていない。むしろ、どこか清々しい表情を浮かべていた。

 その姿に、由貴は組手に勝ったにも関わらず、根拠もなく悔しさのようなものを感じた。

 試合に勝って勝負に負けた。

 とでも言えば良いのだろうか?

 そんな複雑な気分だった。

 光希は再び星空を見上げた。

 星は、無限の宇宙の中で人間がいかに小さな存在であることを思い起こさせた。それぞれの星が、数万、億光年も離れた場所から地球に届いていることに、宇宙の広大さと神秘性を感じずにはいられなかった。

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