ミムとソラと鉄の卵

nununu_games

第1話

小さな女の子と一匹の猫がいた


女の子の名はミム

ミムは大人達から荒々しく扱われる やがて三角の目をしたとても用心深い女の子になった

ミムは欲望に忠実 欲しいものはなんでも盗む


猫の名前はソラ

優雅な毛の猫は王様のようだと町の人に呼ばれている

ソラは好事家こうずかたちから狙われていて いつも用心深くしている

ソラは欲望に忠実 欲しいものはなんでも盗む


ミムとソラは 古びた海辺で一匹の赤魚を獲りあっていた

ミムは自分の背丈もある竹の棒を振りかぶって 今にもソラに打ち下ろそうとしている

ソラは姿勢を低くして 思うように飛び掛かれれる構えになっている


ミムが「やぁ!!」と竹をしならせて地面を打つと

ソラはパッと手品みたいに飛び上がって、タッタッタと竹刀を駆け上がっていく

ミムが「それ!!」竹の小手を返すと ソラはクルンと宙返り


その間にカモメが赤魚を奪って逃げてった


ミムもソラも唖然として眺めていたが やがて「あはははは!」と大笑い

涙が出るまで笑った二人はお互いに言った


お前生意気だな 家来にしてやる

お前生意気だな 家来にしてやる


こうしてミムとソラは お互いがお互いの家来になりました

ふたりとも家来なんてふしぎですね


それからミムとソラはどこへいくにも一緒でした

食べ物はそれぞれが食べたいものを食べます

ソラはネズミを捕ってきては (どうだい!)自慢気にミムに見せてやります

フン!とミムは鼻を鳴らすといくらかのパンをソラ差し出してやりました


パンをかじりながらミムはミムの家族のことを考えていました

ミムの家族はみんな亡くなってしまったと聞いていました

それがある日、川向うにお父さんとお兄ちゃんが逃げていると聞いて心底驚いたのです

数年前の空襲で家族と離れ離れになり、はじめこそ難儀しましたが今となってはこうやってコソ泥のように生きるのは悪くないし、なによりソラとの一人と一匹の生活は気ままでわるくありませんでした

そんななかだしぬけに、家族が生きているといわれても困ってしまいます


ミムが最後のパン屑を放るとソラが見事に空中キャッチしました

「あしたは、埠頭の方へ鳥の巣を取りに行こう、きっとたまごがあるはず」

ソラは手についたパン屑を舐めて、チラとミムのほうへ視線を向けた



「埠頭の大鳥」


びゅうびゅうと風が吹き荒れています

海は時化てしきりに白い波頭をたてています

「ねぇ今日はやめようよ」ソラがミムにだかれてぶるぶると体を震わせています

「大丈夫ロックはこういう風の日にたまごを産むんだ、一儲けできる」

ロックとは幻の怪鳥と呼ばれる大きな鳥です 今日みたいな風の日でも細い塔に難なく着陸してしまうほどつよい翼と爪を持っています。


ミムは、埠頭にある塔へ向かいました

100年前はコンビナートだったのでしょうか、大部分が海に沈みその他はかたむいて朽ちています

塔のペイントもすっかり色あせてかつて栄華を誇った陰もみあたりません


カンカンカンカン壁伝いにはしごを登っていくと、一層風が強くなってきました

ソラはミムの肩にぎゅうっと爪を立ててつかまっています

ミムはこの塔に上るのは初めてではありませんでした

その時の記憶もあって今日こそたまごをぬすもうと考えたのです

ソラは水を極端に恐がります、泳ぐことどころか雨に当たることすら嫌がります

もし海にでも落としたら大変なことです

ミムはロックの巨大なたまごを入れられるよう大きなズタ袋が担いでいました

袋はバタバタと風にあおられています


塔の一番うえに小さなミムの手がかかった

ソロリと覗いてみると ワシのようなおおきなおおきな鳥がたまごを産んでいるところでした

「やった!」ミムは自分の思い通りになったことにうれしくなった(ソラ今日は屋根付きの宿でお風呂にも入れるぞ!)

ロックはいくらかみじろぎし、巣の上にいくつかのたまごをゴロリと産み落とすと翼をひろげてすこし不安定に飛び立っていった


ミムはガラクタがつまれた巣にかけより、すっかりかたまっているソラを袋に放り込みました

大鳥のたまごはミムの体ほどの大きさがあり、ほんのりあたたかくべったりとヌメリに包まれていました

ミムはそのたまごを苦労して袋に押し込みました(そのとき”ぎゅう”とソラの鳴き声がしたのはまぁしかたない)


カンカンカンカンたまごは思っているより重くておりるのはより骨が折れた

「あっ!」ツルリと手がすべってミムははしごを抱きかかえるかっこうになってしまいました

風は容赦 ようしゃなくあたり、ミムの細い腕では長く持ちそうにはありませんでした


ミムがはしごにしがみついていると、塔のかべにたまごがゴン!と当たまりました

ズタ袋の網目 あみめからみるみる割れたたまごの中身がこぼれ落ちて、袋のなかにはドロドロの猫が一匹残されているだけになりました

そしていっぱいに風をはらんだ袋は、ぬるぬるのたまごでつるりとすべって海に飛ばされてしまいました


「ソラー!」ミムは考えるひまもなくドボンと海に飛び込み、なんとかズタ袋を引き寄せました

時化 しけた波に翻弄 ほんろうされながらも岸にはいあがったミムはあわてて袋の口を開けてやりました

そこにはぬれそぼって半分くらいになったソラがひどく怯えていて、すぐに猛烈な速さで駆けだして行ってしまいました


それからソラを探す毎日が始まりました

ソラー!ソラー!探していたミムももうすっかり元気がありません、水も食べものも足りないのです

くたびれてトボトボ歩いているとのら猫が一匹ミムの前を通りました(ソラがあんななもんか!)ミムは悔しくて心配でポロポロと涙を流しました、ソラー!ソラー!


ある日、西の空の彼方 かなたからごうおんをひびかせて一機の飛行機が飛んできて、街に爆弾 ばくだんを落とした

爆弾はいくらかの畑や家、学校にさくれつし、おおあなを空けました


その中には不発弾 ふはつだんも混ざっていて それは鉄でできた木の実のようでした

ミムはそのまだ温かみのある木の実をひろい、焼けくずれてしまった家や学校をみわたしました


また戦争が始まったんだ


焼け野原にはボスのミーコもお友達のエリちゃんも見当たらない

ソラ!きっとおびえてかくれてる!叫びながら町を走り回るがソラはみあたらない

大人がミムの肩をつかんで「逃げるんだ!またすぐ空襲 くうしゅうがくる!東の入江の方に子供たちを保護 ほごしている!そちらへ走るんだ!」

「ソラが!ソラが!見当たらない!」

「いいから早くいくんだ!死にたいのか!」おじさんはミムの手をぐいっと引っ張った。

やがて、またあのごうおんとともに爆撃機が雲霞 うんかのように空をおおい ほどなく爆撃を始めた

おじさんもミムも慌てて走り出した。逃げながらもミムは(...ソラ!...ソラ!...ソラ!)とおまじないのようにとなえ続けた


3度の爆撃の後、夕刻 ゆうこくをもって死神たちは帰っていった


避難所 ひなんじょはバラックに塗装 とそうがほどこされていた ここが軍のしせつでないことの印なのだ

ここでもすでに避難を終えた人々が上下関係を作っていた

うえた年寄りと子供から死んでゆくことは、町と変わりがなかった


くたくたになって避難所についたミムはみた、若者たちにかこまれているのはまちがいない、ソラだ!

「ソラ!」ミムがかけよると、中でも一番体の大きな男がドンとミムの肩を突いた

「ソラ、、、それはあたしの猫だ!」

「どこかにその証拠 しょうこでもあるのか!」さっきの男が大声でどなった

ミムは歯ぎしりした

「ソラ!ソラ!」

よく見たらソラに首輪がかまされている

ミムは怒りで体中の毛が逆立ったようになった「お前ゆるさないからな!」

男の仲間がすました顔で言った「コイツも高く売れる」

「お前のめだまをぶっつぶしてやる!」ミムはもう怒りでわれをわすれてしまって、今にも飛びかかっていきそうだ


互いのやり取りに夢中になっていると 白髪 しらがの老人がぶこつな棒を手にゆらゆらと近づいてきていた


「けがしたくなかったら、あっちいっとれ!おいぼれが!お前からやってやろうか」

土間声 どまごえで叫ぶ男に、くちぐちにその仲間たちが罵声 ばせいをあびせかける


男たちはさわぎつづける、とそのしゅんかん、ガツッ!とにぶい音がして大きな男がエビぞりになって倒れた

みな人間がなぐられたということのおどろき、なぐられた男の頭からのあふれでる血に息を飲んだ


「死、死んじまう」誰かがこしをぬかしてつぶやいた


誰もうごくことができずにいるうちに、老人はソラのくいこんだ首輪をはずしてやった

ソラはいたむのだろううずくまっている

「ソラ!」ミムがかけよると、ソラはミムをペロペロとなめた


「さぁこちらへおいで」と老人はさそう

ミムは大事にソラを抱えてついていくしかなかった、やがてたどり着いたのは灯台だった

なかにはいくばくかの食料と何かの部品


「その子の手当をしよう」

老人は慣れた手つきで治療 ちりょうをほどこしている


「あれはなに?」

「グライダーだ あれに触れちゃいけないよ 今日はもう明かりをおとして寝よう 直に夜討ち《 ようち》がかかる なにせ人を殺したんだからね」


さっきの男がなぐられるのを思い出した、人が死ぬのはたくさんみたはずなのに、なぜこんなに恐ろしいのかミムにはわかりませんでした

ミムはガラクタのなかにひとふりの短剣があるのがみつけるとこっそり胸ににぎりしめて目をつむった

ためらいなく若者を殺してしまう老人だ ようじんに武器は持っていた方がいい

食事をすませたソラが静かに寝入っているのが見えた そのすがたを見てやがてミムも微睡 まどろみに落ちていった


つぎの朝は なぎだった

「ここはだれにもみつからんよ」と爺さんはいったが

昨日のできごとで今にも男たちがかたきうちにくるのではないかとミムは気が気でなかった


ニャア、ソラは少し元気をとりもどしたようだ

「何か手伝うことはある?」

「いいやもうしまいさ、さぁグライダーを丘の上にあげるのを手伝ってくれ」

「こんな動力のないのが飛ぶの?」ミムは目を丸くしている

「いずれにせよここはもうお終いだよ」

たしかに空襲は念入りに街を焼いた、この避難所も時間のもんだいだろう


グライダーは思ったよりもずっと軽かった、丘の上ははえかけの草におおわれて、やさしくむかい風がふいていた

みんなでコックピットに乗り込むとぎゅうぎゅうだった


「さぁいこう!猫をしっかりかかえとけよ!」お爺さんがどなる

グライダーは坂道をガタガタとくだって次第にスピードを増していった

いっこうに飛ぶ気配はなくついにガケから飛び出ると急降下した、岩場にうちつける波

ミムもソラもぎゅうっと目をつむったとき


グライダーはフワリと浮いた


つきぬけるような八月の青空に、上昇気流 じょうしょうきりゅうをつかんだグライダーはよりいっそう高く飛んだ


ミムは遠ざかる変わり果てた町をふりかえった

がんぺきの集落にお父さんとお兄ちゃんが立っているのがみえた


「戻って!お父さんとお兄ちゃんが!」

「じきに空襲が来る!向こうの島まで行くしかないぞ!」

「...わかった!」


私はもう空襲の下でわずかな種もみをまいておびえる毎日には戻れない

私はもう戻れないんだ


えりもとからソラが顔をだして神妙しんみょうな顔でミムをみあげた

ソラにはソラのふるさとがあるのだろうか


ミムは短剣をにぎりしめながら前の方をにらめつけた


陽の光を受けていっしゅん輝いたグライダーは軽快にスイと飛んだ

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