戻らない針

第7話

 帰宅すると、ちょうど母親がリビングから出てきたところだった。


「ただいま」

「あら、おかえり。今日は遅いのね。」

「友達とちょっと」

「へえ、友達ねえ....」


 母親が嬉しそうな顔で私の顔を見つめてくる。


「な、なに」

「あんたにも友達がいたのね......安心したわ」

「いるよ、友達ぐらい」

「そっか。よかったよかった」


 満足げな顔をしながらリビングに戻っていく。なんなんだ一体。確かに、最後に友達の話をしたのはいつ頃だったか、思い出せないけど。

 

 というか、さっきは勢いで友達と言ってしまったけど、成瀬さんと私は友達といえるのだろうか。

 結局、どこに住んでいるのか、どこの学校なのか、何も知らないままだ。知っているのは名前と連絡先だけだ。


「うーん。どうしよう。訊いてみようかな」


 インスタを開き、悩んでいると、いきなり画面が切り替わる。

 

「わっ!......電話?」


 画面上には「成瀬 詩音」と表示されている。そういえば、アプリ上で電話ができると聞いたことがあったな。こうして実際にかかってきたのは初めてだけど。

 恐る恐る通話に出る。


「も、もしもし」

「あ、星乃さん?こんばんは!さっきぶりだね!」

「で、ですね....」

「......なんで敬語?」


 電話の向こうから半笑いの声が聞こえてくる。

 高校生にもなって電話慣れしていないことがバレてしまう前に話題を変える。


「あ、いや。なんでもないよ。それでどうしたの?」

「後で電話するねって言ったじゃん。もしかして聞いてなかった?」

「あー、そういえば帰り際に言ってたね。それでかけてきてくれたんだ」

「うん。もう少し話したいなって。あと、どこに遊びに行くか決めないとね」

「それも言ってたね。成瀬さんはどこか行きたいとことかあるの?」

「うーん。行きたいところってわけじゃないんだけど、星乃さんと一緒に服とか見に行きたいかな」

「それくらいなら大丈夫だよ。」

「ほんと?やったね!」


 音声通話だから顔は見えない。でも、声を聞くだけで、満面の笑みを浮かべて喜ぶ成瀬さんの姿が想像できてしまい、つい笑ってしまった。


「え、なになに。急にどうしたの」

「ごめんごめん。あまりにも嬉しそうにするから」

「......なんか恥ずかしいな。そこまでわかりやすいかな。わたし」

「うん。でも、わかりやすくていいと思う」


 「わかりづらい」より、「わかりやすい」方が良い。私たちはテレパシーなんて使えないし、思ったことは姿勢や言葉で伝えないと伝わらないのだ。だけど、いつからかそんな簡単なことができなくなったように思う。

 それをさらっとやってのける成瀬さんはすごいなぁと感心してしまう。


「......褒めてる?」

「もちろん。で、どこに遊びに行くの?」

「どこがいいかな。できれば二人の家の中間くらいにある場所がいいよね。星乃さんってどこに住んでるの?」


 私が最寄り駅の名前を伝えると。成瀬さんも最寄り駅の名前を教えてくれた。地図アプリで調べてみると、私が住んでいる場所からかなり距離がある場所だった。


「なるほど。わたしたち、結構離れたところに住んでたんだね。」

「みたいだね。うーん、それじゃあこことかどうかな?」


 私は、ちょうど中間くらいにある駅の名前を伝える。確か、この駅の周辺は結構発展していて、商業施設が立ち並んでいたはずだ。その中に洋服の専門店もあったはず。


「おー。いいね!じゃあそこにしよっか!」

「うん。よろしくね」

「はーい。でさ、確かその駅の近くにある店って......」


 その後もしばらく話は続いた。

 雑談を交えながら、日程と待ち合わせ時刻を決めた後、通話を切る。


 こうして、私の今週末の予定が埋まったのだった。

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