第6話

 翌日の放課後、私はバンダライズとコラボしていたあのゲームセンターを再び訪れていた。


 成瀬さんは一人でゲームセンターに入り浸るタイプには見えなかった。だけど、彼女は私と違って友達がいるようだし、付き合いで来ることもあるだろう。その時にたまたま居合わせたら、イヤホンを返すことができる。完璧な計画だ。


 とりあえず、前にぬいぐるみを取った筐体の前に向かう。まだコラボ期間中のようで、バンダベアのぬいぐるみがいくつか配置されているのが見える。


「流石にいないかな......」


 さりげなく辺りを見回しつつ、他の筐体へ向かう。

 途中、女の子のフィギュアやタオルなどが陳列されていたが、どれもこれも記憶に無い名前ばかりだった。

 一つだけSNSで話題になっている作品が混ざっていたのを見かけ、今度時間を見つけて観てみようかな、などと益体もないことを考えていると、視界の端に長い黒髪が映る。


「......あっ。なる....」

「あれ?星乃さんだ!」


 私が言い切る前に、元気な声が鼓膜を揺さぶる。


「また会えたね!」

「あっ。うん。会えた....というか......」

「ん?」

「実は、返さなきゃいけないものがあって、成瀬さんを探してたんだ」

「何か貸してたっけ?」


 そう言うと、成瀬さんは腕を組みながら視線を上へ向ける。

 もしかしたら、イヤホンが片方無くなっていることに気がついていないのかもしれない。

 正解が出るまで待つ必要は無いので、カバンからワイヤレスイヤホンを取り出し、成瀬さんに差し出す。


「あ、イヤホンか!」


 パンッと手を合わせ納得すると、私の手からワイヤレスイヤホンを受け取る。


「あの、ごめんなさい。前に会った時に返し忘れてて」

「全然大丈夫!てか、貸したままにしてたことにすら気がついてなかったよ」

「そうなんだ。あまり使わないの?」

「そうだね。友達と話してると使うこともないし。勉強する時くらいかな」


 友達の多そうな成瀬さんらしい。

 逆に私は、四六時中音楽を聴いているから、イヤホンが無くなったらすぐに気がつきそうだ。

 まあ、その前に貸す相手がいないんだけど。

 考えていて少し悲しくなった。


「どしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「そっか。じゃあこれからどこか行こうよ。時間ある?」

「何がじゃあなの......」

「あれ、あ、うん、そうだよね。ごめんごめん。えっと、イヤホンを届けてくれたお礼を兼ねてどこかに遊びにいきませんか?ってこと」


 なぜか成瀬さんは少し慌てた様子で、わたわたしている。


「お礼って。お礼されるようなこと、何もしてないんだけど」

「まあそうなんだけど。でもさ、返さないって選択もできたわけじゃん?だけど、星乃さんはこうして返してくれたわけで」

「普通返すでしょ。片方だけ持ってても仕方ないし。お礼をされるほどのことじゃないよ」

「もう!いいじゃん!遊びに行こう!」


 そう言うと、成瀬さんは頬をぷくっと膨らませながら腕を振り上げる。

 その所作があまりに子供っぽいものだから、つい吹き出してしまった。


「ふふふ。じゃあ行こっか」

「だから何が、じゃあなのさ......」


 そう言いながらも、自然と頬が緩むのを感じる。

 私の表情を見て了承したと判断したのか、成瀬さんがゲームセンターの出口に向かって歩き出す。


 外に出ると、すでに日が傾いて、夜の帳が下りようとしていた。


「もうこんな時間か...。今からどこかに行くのは厳しいね」

「カフェとかでいいなら今からでも行けるんじゃない?」

「わたしは星乃さんと一緒にどこかに遊びに行きたいんだよぉ」

「えぇ......」

「というわけで、インスタ交換しよ」

「アプリ入れてないから、ごめん」

「それは、あれ?交換したくない的な...」

「違う違う」


 私は、慌ててホーム画面を見せる。


「見事に何も入ってないね」


 成瀬さんが露骨にがっかりとした様子で画面を覗き込む。

 SNSに興味がないからインストールする理由がない。電子書籍を読むためのアプリとゲームをいくつかダウンロードしただけで、他は初期の状態のままだった


「希少種だ」

「希少種とか言わないで...」

「まあいいじゃん。この機会に入れちゃおう」


 そう言って、私のスマホでアプリをインストールしようとする。


「あ、ちょっと」

「はい。パスワードよろしく」


 渡された画面を見ると、既にパスワード入力の画面まで進められていた。

 成瀬さんは、本当に強引だ。

 仕方なくパスワードを入力し、インスタをインストールする。


「じゃあ、パパッと設定しちゃって」

「まったく...」


 言われるがままにアカウントの設定を進める。

 アイコンは、一旦設定しなくていいか。


「はい、できたよ。どうやって追加するの?」

「仕方ない。教えてしんぜよう」


 そう言いながら画面にQRコードを表示する。

 それを成瀬さんのスマホで読み取ると、私のアカウントが表示された。


「はい。これでもう友達だね。改めてよろしくね」

「うん。こちらこそ」

「目的も達成したことだし、今日は帰ろうか」

「目的?連絡先交換が?」

「あ、いや。違うよ?そう、イヤホンを返してもらうのが目的」

「貸しっぱなしだったってこと、気づいてなかったじゃん」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まあいいじゃん細かいことは」


 成瀬さんが笑顔で誤魔化そうとする。

 問い詰めてものらりくらりとかわされそうだし、まあいいか。


「じゃあ、そういうことにしておいてあげるよ」

「前から思ってたんだけどさ、星乃さんって優しいよね」

「褒めても何も出ないから」

「本音なんだけどなぁ」

「はいはい」


 そんなことを話しているといつの間にか駅に着いていた。


「またね。帰ったら連絡する。」

「うん。ばいばい」


 成瀬さんと別れたあと、スマホの画面上に表示されている「1」という数字を眺める。

 喜ぶべきなのに、少しだけ、気が重い。

 この出会いが良いものでありますように。

 心の中でそっと祈った。


 ――かくして、私と成瀬さんは「友達」になった。

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