第4話
「この曲のイントロがいいんだよね〜」
かれこれ30分は経っただろうか。成瀬さんはずっと喋り続けている。そんな成瀬さんの話を適当に聞き流しながら、コーヒーを飲んでいると、唐突にイヤホンを差し出してくる。
「じゃあ、はい」
何が「じゃあ」なのか。話の流れがわからない。
「え?」
「え?って。さては星乃さん、わたしの話、適当に聞いてたな?」
「....ごめん」
「まあいいや。新曲さ、一緒に聴こうと思って」
そう言いつつ、もう一度イヤホンを私の方に差し出してくる。
なるほど。先ほどのイントロ云々の話は、新曲のことだったらしい。
「え、やめとく」
「なんで....」
露骨にガッカリした顔をする成瀬さんに、罪悪感を抱いてしまう。
「一人でのんびりき....聴く。聴くよ」
「やったね!」
途端に満面の笑みを浮かべた彼女に苦笑いしつつ、成瀬さんが引っ込めようとしていたワイヤレスイヤホンを受け取り、右耳に付ける。
「じゃあ再生するね」
「うん」
私の返事と同時に音楽が再生される。
あぁ、音楽はいいなぁ。ずっと音楽に浸っていたい。そんなことを考えていると、ふと成瀬さんの横顔が目に映る。目を瞑り、どこか真剣な面持ちで音楽を聴く彼女の横顔に目が釘付けになる。
「どうかした?」
私の視線を感じたのか、目を開いた成瀬さんが首をかしげる。
「あ、いや、なんでもないけど、そろそろ帰ろうかなって」
誤魔化し半分、本音半分で返事をする。
「あ、もうこんな時間か」
「コーヒー、ごちそうさま。ありがとね」
「こちらこそ、バンダベアほんとにあり....」
成瀬さんの言葉を最後まで聞かずにカフェを出た。
少し早足になりながら駅に辿り着き、ちょうど来た電車に乗り込む。念の為、周りを見渡したが、あの綺麗な黒い髪は見えなかった。
電車で揺られること10分、最寄駅に着く。歩いて家へ向かいながら、誰に向けてでも無く、胸につっかえていた言葉をそっと吐き出す。
「綺麗だったなぁ」
小さくつぶやいた言葉は誰にも届くことなく、夜空に吸い込まれていった。
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