第7話 決戦のプロローグ

「勝手にしてくれ。ただ、一つ、二つ、三つぐらい言っておきたいことがある。聞いてもらえるか」


「ええ、どうぞ」


「一つ、あんたはユマ以上のアイドルにはなれない。二つ、れおなは誰がなんと言おうと現ナンバーワンアイドルだ。三つ、あんたじゃれおなの座は奪えない」


「し、進……あんた」


 れおなの頬が、薔薇色に染まる。やめてくれ、そういうの。


 俺はユマ以外の女の子とラブコメる気はない。


 アリスは、ふむ、と顎に手をやり、そして俺を見つめる。


 れおなへの興味は失せたと言わんばかりの瞳。

 まるで、道端の石ころでも見ているかのようだ。


「ではその三つをもしわたしが達成したら、進さん。あなたはわたしのものになってくださいますか」


「え?」


「はあああん?」


「ああ、ニュアンスが違いましたね。それではまるで、わたしが進さんのことをいいように扱っているみたいではないですか。言い換えましょう。三つの条件をもし、わたしが達成したら、ユマさんではなくわたしを推してくれますか?」


 えらく据わった目つきだった。


 七色のオーラが燃え滾っている。この目は知っている。スタ女のメンバーが何かしらの決意をした時と同じ目だ。星が燃えているかのようだ。


「ちょっと、ちょーっと、待ちなさいよ。なんで進があんたを推すって話になるのよ。進にはもうユマって推しがいるの」


「ええ。存じ上げておりますよ」


「それがまかり通るなら、私だって進の推しになりたいわよ。でも、それはできないわ。だって進は」


「そこがれおなさんの限界なんですよね。――ユマさんには敵わない、ユマさんを超えられない、と。それなのに今、進さんの隣でユマさんのおこぼれをもらっている。大したポジションですよね」


「……わ、私は」


「なあ、アリス。色々と過程をすっ飛ばしすぎてやしないか。もうユマはアイドルじゃないから公言するが、俺はユマと添い遂げたいと思っている。れおなはユマの親友で、そのことを理解している。自分のプライドを守るために、賭け事みたいな提案をされても困るし、そもそも推しってそういうもんじゃ」


「――進さん、何度も言っているではありませんか、わたしの推しは真宮寺ユマさんの推しだって。一ファンがファンの枠を超え、会場を飲み込み、そしてユマさんを伝説へと押し上げた。あなたなしでは今のユマさんはありません。


 


 れおなさんでも、スタ女のみなさんでもなく、あなたが。わたしはあなたを推しています、お慕いしています、欲しています、愛しています。過程は必要ありません、わたしは結果が欲しい。だから、約束して欲しいんです。ユマさんと約束を交わしたように、わたしとも約束を交わして欲しい。できないのであれば、先ほどの啖呵はただの虚勢ということになりますね。この右手を、あなたは握れますか?」


 アリスは、白い手を差し出す。

 れおなが息をのむ。


 俺は、その手をじっと見つめた。承認欲求の塊みたいな手だな。うん。


「悪いけど、握れない。俺の何をどこからどう聞いたのかは知らない。その話が本当かどうか確かめたいから、こうして接近してきた。百聞は一見に如かずってのは確かにそうなのかも」


 俺は続ける。


「だって、その話、外側だけまったく中身がないから」


「中身がない、と」


「ああ。だから俺はむしろ、百見は一聞に如かず、だと思うよ。ユマのようなアイドルを目指すのであれば」


 たくさんのユマを見てきた。

 初ライブからずっと。たった一つの約束を胸に抱いて。


 だからユマの心の声が聞けたときは嬉しかった。


 俺の声が届いていたと知った時、幸せな気持ちになった。


「今の俺がアリスに言えることがあるとすれば、それはたった一つ。これからキミを応援してくれるファンの一言一言に耳をかたむけ、自分を応援してくれる声を信じること。その声はもうステージに上がった時には届かない。ファンだってそんなことは知っている。それでもファンってやつは、百回、千回、でもその姿を網膜に焼き付けるんだ。そしてアリスだってステージの上から彼らを見るんだ」


 ファンにとって、アイドルは手が届かない存在。声が届かない存在。だけど、だからこそ、そこに価値があるのだ。


 俺は別に届けようと思って応援していたわけではない。


 届いていたら、いいな。嬉しいな。ユマは可愛いな。


 流れ星に三回願いを唱えるように毎日同じことを考えていた。その願いをユマが叶えてくれた。


 たくさんいるファンの中から俺の声を掬い取ってくれた。


「俺が推し……っていうのはちょっとよくわからないけど、本当にそう思うなら、アリスにも見つかるといいね。たった一度の会話で、心が通じ合えるようなファンが」


「……」


「ったく、進、あんたどんだけユマのことが好きなのよ。ちょっと妬けるじゃない」


 れおなは呆れたように肩を竦める。


 妬けるってなんだよ、妬けるって。


「なあ、れおな……お前、俺に惚れてるなんてこと、ないよな?」


「なに自意識過剰なこと言い出してんのよ。ユマがいなかったら進と付き合ってあげてもいいってレベルよ。勘違いしないで」


「なんで……上から目線なんだよ」


「だって私、トップアイドルだし。でも、そうね。勘違いとはいえ、私にも進の声が届いたのよ。不良から守ってくれて、私の勘違いだけど、進が推しって言ってくれて。迷走して、進の本当の推しはユマだって知って。勘違いから始まった関係だからこそ、本当にしてやりたいって思えたの。

 あんたは私のことも勘違いさせたんだからね。いつか絶対、私のことも推しだって言わせてやるんだから。覚悟しなさい」


 れおなは拳を握り、そう宣言する。


 お前が勝手に勘違いしただけだろ!


 と、言ってやりたいところだけど……今日に限っては、そういう気分にならない。


 やけに素直なれおなは苦手だ。


「つまらない幕引き。でも、プロローグってのはいつだって、そういうものだもんね。じゃ、わたしはこれで。また会おうね、進☆」


 なるほど、そっちが素か……


 敬語キャラはあくまで俺たちに不信感を与えないための、


 にかっと星のような笑みを浮かべたアリスは、俺たちに背中を向けて、スタスタと歩き始める。


 その背中に、俺は「なあ」と声をかける。

 れおなが肘鉄をしてきたが無視した。


「なに?」


「いや、その……俺の情報ってどこから集めたのかなーって」


「あはは。進くんになら打ち明けてもいっかな。 ――ユマさん、風に。だよ。てへぺろ☆彡」


 お巡りさん、あの子……ストーカーです。

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