第21話 双子の洗脳をとけ!

 俺が麗麗に連れて行かれたのは、都内にある超高級中華飯店だった。

 どうやら芸能人御用達のお店らしく、個室に通される。

 俺みたいな庶民がこんなところに来ることなんて一生ないと思っていたから、ちょっとテンション上がるな。

 

 おお、この机……回転させられる! すげえ、格好いいな。


「んで、話って?」


「ノアとミュウラのことアル」


「だと思った。車が通るタイミングがよすぎた」

「進もなかなか成長したアルね」


 どこかの誰かさんたちに鍛えられてるからな。

 お前も含めて。


「ワタシはマオと契約してるネ。だから全ては話せないアル」


 麗麗がいつになく真剣な表情をしている。

 よほど深刻な話なのだろう。

 俺は心して聞くことにした。


「進は、進の身の回りで今起こっている出来事について何か違和感のようなモノを感じたりしないアルか?」


「感じまくりだ。てか、そもそも違和感だらけだよ」


「それはどういう意味でアル?」


 俺は順を追って、これまでの出来事を話した。

 パンピーの俺がトップアイドルたちと次々関わりを持つようになったこと。

 そもそもこうして麗麗と二人きりで会っていること自体が普通じゃありえないこと。


「なるほど。それを理解しているなら心配いらなさそうネ」


「おいおい……まさかとは思うけど、そこまで話しておいて後はご想像にお任せします、なんてこと言うんじゃないだろうな」


 俺がそう言うと、麗麗は細い目をさらに細めて、くすりと微笑む。


「残念アルが、その通りネ」


「おい。さすがにそれはないだろ」


 俺が睨むと、麗麗は困ったように首を振った。


「まえもって言ったアルよ。契約があると。だからマオに不利益なことは話せないアル」


 やはりマオさんか。なんとなくマオさんが臭そうだと思っていたけど、陰謀論的なことを考えても仕方がないと、あえて考えないようにしていたのだ。

 ……でも、それももう限界だ。


「ここここ、これだけは教えてくれ。そ、そのユマは……マオさんの操り人形だったり、しないよな……?」


「はぁ……やっぱ進は何もわかってないアルね」


「おいそりゃどういう意味だ」


「……ワタシがそれを認めたら、ワタシもマオの操り人形ということになるネ。乙女の想いを、甘く見ないでほしいアル。見当違いネ」


「そ、そうか」


 なんか余計にわからなくなった。

 俺が呻吟していると、色とりどりの皿が運ばれてくる。


 麗麗は慣れた手つきでそれを小皿に取り分けると、俺の前に差し出してきた。


 香ばしいにおいが鼻腔を刺激する。

 空腹の胃が刺激され、くぅと小さな悲鳴をあげた。


「まぁこれぐらいは言ってもいいアル。マオの考えを知っているのは、ワタシと綺羅とノアとミュウラと璃々愛だけネ。ユマとれおなは何も知らないアル」


 おいそれ八人中六人が知ってるってことだよな。


「ふ、ふむ。え? じゃあユマとかれおなのあれはどういうことだ?」


「マオが何かをしたかあるいは偶然かのどちらかネ。どちらにせよあの二人は根本的に性格が似てるから、自然とそういう流れになっただけかもしれないアル」


「ユマとれおなを一緒にするな」


 俺は目の前の皿に置かれた海老チリに箸を伸ばした。


「うわ……これうまっ!」


「ここは北京ダックも絶品ネ。あと麻婆豆腐と小籠包は外せないアル」


 麻婆豆腐をレンゲですくって口に運ぶと、口いっぱいに辛さが広がっていく。その辛さをまろやかな豆腐が中和して、まさに絶妙なハーモニーを奏でていた。

 夢中で料理に舌鼓を打つ俺に、麗麗は続ける。


「進も気づいてるとは思うアルが、スタ女は性格破綻者の集まりネ」


「お前が言うな」


「……手厳しいアルね。まあそれはいいとして、ノアとミュウラの話に戻るアルよ。あの双子は一番破綻してるアル」


「……やめてくれ。あの『家族』発言がガチだなんて思いたくないんだ」


「躱せば躱すほど進は自分で自分の首を締め上げることになるネ」


 麗麗はそう言うと、麻婆豆腐をレンゲですくって口に運んだ。


「何が二人をそうさせるんだ? 捨てるとか捨てないとか、よくわからんこと言ってたけど」


「言葉通りの意味アル。ノアもミュウラも、本当に家族に捨てられてた子たちアルよ。マオが施設から引き取ってアイドルとして育てたネ」


「きゅ、急に重い話になったな……」


 施設で育った子供、か。

 もちろん俺には想像もできない話だ。

 じゃあ、マオさんはノアやミュウラにとってのお姉ちゃんってことか?

 そして、おそらく俺は『兄』としてカウントされているのだろう。


 だけど理由という理由が思いつかない。

 俺が顎に手を当てて考えていると、麗麗がさらに続けた。


「進にとって楽な道はあの二人を妹として認めて、仲良くやっていくことアル。そうすれば少なくともあの二人は道徳から足を踏み外すことはなくなるネ」


「……それはできない」


「進ならそう言うと思ってたアル。だからワタシはマオを裏切ってまで、進の味方をすると決めているネ。これがどういう意味かわかるアルか?」


「わからん」


「ぶっ飛ばすアルよ。こんなにも伝わらない愛があるなんて、涙が出るアル」


「いやしかしだな……俺にはこの人と決めた相手がいるから」


「ユマには敵わないアル。でも……ワタシはそれでも進を愛すると決めたアル。愛は愛する人の幸せを願うものネ。ワタシは誰よりも進に幸せになってほしいアル」


「麗麗……」


 俺は目頭が熱くなるのを感じた。

 こんなにも俺のことを思ってくれている人……俺の知り合いには他にいないのではないか?

 同士たちですら俺の不幸を望んでいるというのに……。


 麗麗、お前こそが最高のパートナーだ……。

 俺が感動していると、麗麗は照れたように顔を背けた。


「進、今夜は戸締りをしっかりして寝るアルよ」


「……おいフラグを立てるな。今のいい話で終われば綺麗なオチで終わってただろ」


「空階姉妹をなめない方がいいアルよ。一度『家族』だと認識させると、一生そのつもりネ」


「俺以外にも例がいるんだな」


「施設の時の話アルよ。あの双子が『母親』だと思ってた人は、今頃どこで何をしてるのやら……」


「ま、まじかよ……」


 麗麗は急に暗い表情になると、それ以上語ろうとはしなかった。

 

「まあ事件にはなってないアルよ。ただ心に病を患ったアル」


「……マオさんはそれを知っていて、二人を引き取ったのか?」


「そうネ。ノアとミュウラに悪気がないからこそ、マオは二人の面倒を見ると決めて、『家族』にしたアル。そして進ならあの二人を受け入れてくれると信じているアル」

「そ、そんな……」


 俺はめまいを覚えて、思わずテーブルに肘をついた。


「マオさんは俺に……何をさせようってんだ。段々とあの人がラスボスに思えてきたぞ……」


「進はもう引き返せないアル。覚悟を決めるネ」


「覚悟、か……」


 俺はテーブルの上に置かれた水を一気に飲み干すと、はぁと息をついた。


「なあ、麗麗」


「どうしたアルか?」


「いや……マオさんが何を考えてるのかさっぱりわからないけど……そもそもあの人って何者なの?」


「星に選ばれし乙女ね。それ以上はワタシの口からは言えないアル」


「……おーおー。謎が増える一方だぞ」


「まあ、嫌気がさしたらワタシを頼るネ。ユー家のすべてをつぎ込んで進と海外逃亡するアル」


「やめい。俺は俺が惚れた女と一生添い遂げるって決めてるんだ」


「ワタシは第二の道を提示してるだけネ」


 麗麗はそう言うと、慣れた手つきで箸を操り、空になった皿を重ね始めた。


「ではそろそろいい時間アルから帰るアルよ」


「ああ。ごちそうさん。美味かったよ」


 俺は立ち上がりながらそう言い、それから会計をしてもらって店を後にした。

 三万円。……なんて一食だ。


 ★


 その夜。

 俺は自炊スキルを駆使して、三種の鍋を作り、来訪者を待った。


 高級中華には及ばないが、できる限り美味いものを作ったつもりだ。

 料理を作り終えてしばらくすると、インターホンが鳴った。


「お兄ちゃん。開けて」

「お兄さま。開けてください」


 来たな。


 麗麗から話を聞いてなかったら震えていたところだぜ。


 へへ……正直ぶるってるんだけど。

 つか、俺んちはトップアイドルの溜まり場なわけ……!? 


 玄関を開けると、ノアとミュウラが枕を抱えて立っていた。

 二人はまるで通夜の帰りのように暗い表情をしている。


 なんか怖い……。

 俺は内心恐怖しながらも二人を部屋に上げた。

 食卓に並ぶ鍋をじーっと見つめる二人。


「なにこれお兄ちゃん?」

「お兄さまが作ったのですか?」


「おう。食べていいぞ」


「ホントに? ごはん作って待っててくれたの?」

「てっきりわたしたちはお兄さまに捨てられるのかと……」


「まあ、その件についてゆっくり話し合いたいしな」


 俺はお茶を準備して、三人分の箸と皿を並べる。

 鍋の蓋を取ると、ぐつぐつと煮えたぎる鍋を見て、二人はごくりと生唾を飲み込む。

 

「ごはん食べてなかったのか?」


「お兄ちゃんと一緒に食べようと思ってたの。ファミレスでも行こうかなって」

「でもまさかお兄さまがご飯を作ってくださるとは……」


「食べてなかったのかよ」


 どうやら空腹らしい。

 俺は鍋の具を小皿に盛って、二人に差し出した。

 ノアは箸を手に取ると、おずおずと口に入れる。


「おいしいっ」


 ノアが目を輝かせて言った。

 そんな表情もできるんだなと少し見惚れていると、ミュウラが俺の袖を引っ張ってくる。


「ん?」


「お兄さま! この肉団子はなんですか!」


「え? ああ。豆腐をつかった肉団子だよ。まろやかさがダンチだろ? こっちも食べてみ」


 楽しそうにする二人を前に、俺は思わず頰をほころばせていた。

 それから席について切り出す。


「な、ノア、ミュウラ。今から大事な話をするから、よく聞くように」


「なに? 改まっちゃって」


「……はい。お兄さまの話ならなんでも聞きます」


「俺は二人の『兄』にはなれない。でも心の拠り所にはなってやれる」


「何言ってるのお兄ちゃん? 変だよ」

「お兄さま。それはわたしたちが望むことではありません」


 ノアとミュウラは毅然としてそう言った。

 俺はさらに続ける。


「俺さ……何不自由なく育ってきたと思う。ノアとミュウラが苦しんでる時も、俺はのうのうと楽しく生きてきたと思う。生きてきた環境もまったく違うし、正直、二人の気持ちを兄として理解することはできないと思う」


 ノアとミュウラに『兄』と言ってやることは簡単だ。でもそれじゃあ……多分、一生わかりあえない。


「お兄ちゃん……何を言いたいの?」


「お兄さま……何がおっしゃりたいのですか?」


 俺は目を閉じて深呼吸して、それから自分の想いを口にした。


「本当の兄にはなれない……だけどさ……こうして一緒に鍋つついてると、二人が本当の妹だったらどんなに楽しいだろうって、そんなことをつい考えてしまう。二人が俺の妹だったらよかったのにって、そう思ってしまうんだ」


「お、お兄ちゃん……?」


「お兄さま……」


「お前たちの兄にはなってやれない。けど……また一緒に俺と鍋をつついてくれないか? それでさ……兄妹じゃなくても、本当の兄妹みたいに楽しく笑ってさ、来世で本当の兄妹に生まれ変わった時のために、いっぱい思い出を作ろうぜ」


「お兄ちゃん……」

「お兄さま……」


 二人がウルウルした瞳で見つめてきた。

 これはどっちの涙だ? さっき食べた鍋の肉団子が沁みたのか? それとも……。


 俺は立ち上がって、二人の頭をそっと撫でてやる。

 ノアもミュウラもぐすぐす鼻を鳴らしながら、俺の手に頭を押し付けてきた。


「呼び方はそのままでいい。お前たちの妹キャラを否定するわけじゃない。でも、本当の兄妹じゃないのに、兄妹ごっこをしてたらいつかどこかでボロが出る。俺に妹と思われたいなら、血の繋がってない俺に本当の妹だと思わせてくれよ。強引なやり方じゃなく、心からそう思わせてくれ」


「……進お兄ちゃんっ!」

「お兄さまっ!」


 ノアとミュウラはバッと立ち上がると、俺の胸に飛び込んできた。


「お、おい……!」


 俺は突然のことにバランスを崩し、背後に倒れ込む。

 ドスンと床に尻餅をつくと、ノアとミュウラが俺の身体に覆いかぶさっていた。


 二人は顔を俺の胸にこすりつけながらボロボロ涙を流している。


 そんな二人の頭を撫でてやると、さらに激しく泣き出した。


 よかった。とりあえずこれで間違いは起きなさそうだな……。

 いやしかし重い……このダブル妹キャラの体重は堪えるな……。


「じゃあ……来世で進お兄ちゃんに本当のお兄ちゃんになってもらうために……無理に押しかけるのはやめるね」


「はい。お兄さまの望むままに」


「わかってくれたならよかった」


「でも鍋は……時々作ってよ」

「もちろんだよ。二人の好きな肉団子、たくさん作ってやるよ」

「あとはお兄さまの別の手料理も食べたいです!」

「ふっ、まあいいだろう。俺の自炊スキル見せてやんよ」


 俺はノアとミュウラを落ち着かせると、鍋の具を追加でよそった。

 双子のトップアイドルが来世で妹になる、もし本当にそんなことがあり得るのなら、ドルオタにとってこれ以上の幸福はないだろう。


 でも今は……今はまだこの関係を続けていきたいと思う。


 なんてことを想った。

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