麗麗

第16話 アロングタイムアゴー

 間宮進を拉致した車の中。

 そこには三人の人物がいる。一人は運転役と思われる女。そして後部座席には青を基調としたチャイナドレスを着た美女と、手足を縛られ目隠しをされた進がいた。


 進はぐったりとしており、意識はないようだ。


「大小姐,顺利完成了呢。间宫进的捕获,辛苦您了。(お嬢さま、うまくいきましたね。間宮進の捕獲、お疲れさまでした)」


 ハンドルを握っていた女が、チャイナドレスの美女に話しかける。

 お嬢さまと呼ばれた女は、ふん、と顔をそらして窓の外を眺めた。


 麗麗リーリー

 STAR★FIELD☆GIRLの中で唯一、中国国籍のアイドルだ。

 

 本名はユー麗麗という。


 彼女は中国の芸能の世界で絶大なる権力を持つ、玉玲仙の一人娘である。


「本来不太想用粗暴的方式就是了。(あまり手荒なことはしたくなかったのだけど)」


「您还在想着间宫进的事情吗?(まだ、間宮進のことを想っているのですか?)」


 ハンドルを握っていた女が尋ねる。


 麗麗はその問いに答えない。ただ黙って、眠っている進を見つめるだけだ。その表情はどこか切なそうだ。


 その様をミラー越しに見た付き人の女は、やれやれと首を横に振る。


 それから車はスピードを上げていく。

 二人の乗る車は夜の街を走り抜けていくのだった。

 

 ★


(ここは……どこだ……?)


 俺が目覚めた場所は、どうやらどこか屋内のようだ。

 廃屋というわけではなく、花窓や、鳳凰が描かれた壺、中国風の絵画など、様々な美術品が並べられていた。


 それから俺は椅子に座らされており、手足を縛られていることに気づく。


(ら、拉致……されたのか)


 状況からそう判断するしかないだろう。だがいったい誰に?

 俺はなぜ拉致された? 


 自問するが、当然答えが返ってくることはない。


 やばいやばいやばい……


 その時だ。


 カツン……カツン……と足音が近づいてくる。


(拷問とか……されたら、どうしよ)


 瀟洒な扉を開けて部屋に入ってきたのは、青いチャイナドレスを身に纏った美女だった。


 顔には幼さが残るものの、それがまた可愛らしい印象を与えている。


 スリットから覗く脚は細くなまめかしく、雪のような白髪をシニヨンキャップで一つにまとめており、髪留めには鈴がついている。


「目覚めたアルね」


 チャイナドレスの美女は、鈴を転がしたような声で話しかけてくる。

 その仕草一つ一つに気品を感じさせる。


(誰だ……?)


 俺は混乱する頭で、彼女の顔を見つめる。

 おそらく日本人ではないだろう。流暢な日本語だが、どこかイントネーションがおかしい気がする。


 彼女は俺の前で歩みを止めると、すっとしゃがみ込む。そして俺と目線を合わせると、じっと俺の目を覗きこんできた。


 あれ、この顔……どこかで見たような……。


「あ……! 麗麗……キミ、麗麗か?」


 俺は思わず声をあげた。

 そうだ、この顔、見間違えるはずがない、STAR★FIELD☆GIRLの麗麗だ。


 STAR★FIELD☆GIRLが日本だけではなくアジア圏で活躍できるようになったのは、中国の国籍を持つ彼女の功績が大きい。


 でも、どうして、麗麗が……こんなところに。

 まさか……麗麗が俺を拉致したのか?


「進……ワタシのことを思い出してくれたアルか? 嬉しいネ」


 麗麗は嬉しそうに微笑む。

 その姿は、まさしくアイドルだった。


「俺とキミは初対面のはずだが。てか、どうして俺を……誘拐なんてしたんだ?」


 俺はとりあえず、思ったことを口にしてみる。

 麗麗は俺の顔から視線をそらすと、悲しそうに目を伏せた。


「やっぱり覚えてないアルか」


「その口ぶりだと……もしかして俺たちどこかで会ったことあるのか?」


「そうアル。あれは今から十年と少し前、ワタシと進は運命の出会いをしたアル」


 麗麗は遠い目をして語り始めた。


「え? 俺とキミが? そんなはず……」


「ワタシは覚えてるアルよ。幼い時、ワタシは駅で迷子になって泣いていたネ。進は、言葉が通じないワタシを見捨てず駅員室まで連れてってくれたアル。ワタシは名前を伝えて、アナウンスが流れて、両親と再会することができたネ」


「ああ、あの時の……」


 俺は麗麗の話を聞いて、やっと思い出した。

 まだ小さな頃、迷子の女の子を駅員室まで連れて行ったことがある。その時の女の子がまさか麗麗だったとは。


「あの時のワタシは、進に感謝を伝えることができなかったネ。でも今なら伝えられるアル」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。感謝を伝えるために、俺を拉致したのか?」


「それとこれとは別ヨ。感謝を伝えるだけなら手足を縛る必要はないアル」


「じゃあ、どうして……」


「間宮進。ワタシのものになるアル。あのマオが進のことを認めている、その事実だけで、ワタシが進へ抱いた気持ちはまちがってないことがわかるネ。ワタシは、進を愛しているアル」


「は……? いや、え……?」


 俺は麗麗の言葉に、呆然とするしかなかった。


「ワタシは本気アルよ」


「……悪いけど、俺には心に決めた人がいるんだ……。だから、麗麗の気持ちには応えられない。とにかくこれを外してくれ。話はそれからだ」


 俺は手足を縛っている縄をほどくよう要求する。


「それはできないアルね。進がユマを諦めない限り、ワタシは進を離さないアル」


「……そこまで調べがついてるのか」


ユー家の情報網は甘くないアルよ」


 麗麗は楽しそうに笑う。

 俺はその笑顔を呆然と見つめることしかできなかった。



 愛してる、か……子供の時にほんの一時だけ言葉を交わした、それだけの縁なのに。


 それがなぜ、ここまで拗らせてしまったのか。

 俺は頭を抱えたくなった。


 ユマといい、れおなといい、璃々愛といい、麗麗といい。

 

 国民的アイドルが揃いも揃って、どうして一般人の俺と関係を持とうとする。いや、ユマと親密な関係になれるのは素直に嬉しいのだが。


 神様が手引きでもしてるのか、どこかに黒幕でもいるのか。なんにせよ……この状況をどうにか打開しないといけない。


 俺は頭をフル回転させながら、麗麗に交渉を持ちかける。

 まずは拘束を外してもらうこと。そして、隙を見て逃げ出すこと。それが当面の目標だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る