第11話 推し続けると言ってくれから

 能上のがみマオの朝は早い。

 5時前に目を覚まして、シャワーを浴びて、朝食を摂る。

 そうしてから30分かけてジョギングに出て、帰宅して二度目のシャワーを浴びたら6時前になる。


 それから7時までに化粧を済ませて、身だしなみを整えてから事務所に出勤する。

 都内某所の、オフィスビルのワンフロア。


 大手芸能事務所アイリスプロジェクト。

 アイドル部門所属・STAR★FIELD☆GIRL専属プロデューサー、マオの一日が、今日もこうして始まる。


 マオ以外のメンバーは高校生の為、学業を優先させている。

 マオは、基本的には事務所に詰めており、メンバーのメンタルケア、そして練習やレッスンメニューの調整・管理が主業務だ。


 といっても昔から、このルーティーンに変わりはない。

 学生の頃から、ずっと、ずっと。誰よりもアイドルを研究し、誰よりもアイドルを愛し、誰よりもアイドルの為に働き続けてきた。


 それが彼女の生き甲斐。


 STAR★FIELD☆GIRLが一度解散した時も、マオは究極のアイドルグループを創り上げるため、奔走して、邁進していた。


 アンダーグラウンド。地下の世界。アイドルの真似事をしていた頃。


 理想だけを追っていたあの頃。


「懐かしいな。ユマと綺羅とボク。三人でSTAR★FIELD☆GIRLを結成したのが、もう随分と前のことみたいに思えるよ」


 マオは、事務所の椅子に腰を下ろし、デスクトップPCを操作しながら独りごちる。

 パソコンにはいくつものウィンドウが開かれており、その全てにアイドルたちのPVや配信動画が映し出されていた。


 それらの映像を、マウスをクリックして切り出し再生する。


 動画を視聴しながら、マオはユマのことを思い浮かべる。

 間宮進と、幸せそうな彼女を。

 

 羨ましいな、と思う。

 自分には手に入れられなかったものを、彼女が全て手にしたようで。


 しかしそれは当然だとも思う。

 彼女はあらゆる才能を兼ね備えた逸材であり、アイドルとしての素質も、歌唱力も、ダンスも完璧だ。

 

「なにをすれば彼が手に入るかはもうわかっている。だが、その領域はボクには手が届かない高みだ。ユマや綺羅のような生まれ持った天賦の才には逆立ちしたって敵いっこない」


 そう、何をすればいいかはわかっている。


 能上マオという人物は、生まれつき特殊体質だった。

 霊感、というのだろうか?

 いや、もしかしたら超能力の類かもしれない。

 ありとあらゆる情報や出来事を、彼女は感じ取ることができた。

 あらゆる事象を、視ることもできた。


 だからマオは、普通の人が経験するであろう人生の半分を、既に経験していた。

 成功が約束されているものは多い。


 ビジネスなんかはそうだ。

 それは裏を返せば――退屈となんら変わらない。


 この体質にも慣れたし、今更嘆いたりもしないが。


 ただひとつだけ思い通りにならないことがあった。


 アイドルだ。

 それは概念であり、名詞であり、象徴であり、記号であり、偶像である。

 

 音楽やダンス、歌唱、パフォーマンス。

 あらゆる要素から生み出される感情の伝達システム。


 それがアイドルという、存在。


 女優やモデルとは違う、完全なる偶像。

 もちろん完全というのは不完全なアイドルを指すものではない。


 歌唱力が低いだとか、ダンスが稚拙だとか、そういったものを指す言葉ではない。


 容姿ひとつ、何をとっても、完璧な存在。

 アイドルという定義を、極限まで拡張した存在。

 誰もがそれに夢中になり、熱狂し、崇拝する絶対の存在。


 そんなアイドルを創り上げるのがマオの夢だ。


「初めからプライドを捨てていれば。今頃、STAR★FIELD☆GIRLはもっと高みにいただろう。ボクが遅らせたぶんは、


 幼い頃から美容に気を遣っていた少女がいた。

 幼い頃から歌やダンスを習っていた少女がいた。


 誰よりも努力家だった少女は、自分こそがアイドルになるべき存在だと信じて疑わなかった。


 だが、現実は厳しかった。

 どれだけ練習しても、努力しても、ホンモノには届かなかった。


「……本当に、懐かしいね」





 地下アイドル時代、STAR★FIELD☆GIRLのセンターはユマではなくマオだった。


 自分でも不完全だと理解していた。

 それでもメジャーの打診は来た。

 

 しかし、マオはそれを断った。

 不完全な状態でデビューすることは、プライドが許さなかった。


 このままではいけないと思い至り、解散すると決めた。

 解散ライブに来た観客の中には、間宮進の姿があった。


 あの頃はお客さんとも話す機会があった。

 間宮進がユマのファン第一号であることはマオも知っていたし、前々から興味を持っていた。


 だからライブ後に、彼と少しだけ話をした。


「今日で解散だよ。今まで応援してくれてありがとう」


「あ、いえ。こちらこそ。いつも感動を貰いっぱなしでした……」


 間宮進はマオとの握手に緊張しているようだった。


「スタ女が解散しても……俺はスタ女を推し続けます」


「そう、か……。そういえばキミはユマを推していたね? ユマには別のアイドルグループに移籍してもらうつもりだ」


「移籍……?」


「そうさ。もうSTAR★FIELD☆GIRLを推し続ける必要はない。ユマは新しい場所、新しい環境で、もっと輝いていくだろう。キミが応援すべきは、ユマであってSTAR★FIELD☆GIRLじゃない」


「それでも俺は……STAR★FIELD☆GIRLの真宮寺ユマを推し続けるって決めたんです。曲もダンスも、全部、大好きで、憧れで、他のグループじゃきっとこうはいかない。できることなら、解散してほしくなかったです」


 間宮進は、マオにそう言い残して去っていった。




「全部、好き、か。あの時キミは、そんなことを言っていたな」


 当時のことを思い出しながら、マオは苦笑する。


(キミのその純粋な想いが、ボクの理想を打ち砕いた。夢を追うきっかけを作ってくれた。……だって、そうだろ。曲もダンスの振り付けも全て僕が考えたものだ。僕がプロデュースしたユマじゃないと認めない、キミはそう言い切ったんだ。キミが理想とするアイドルグループを、ボクは作ってみたいと思った。 

 それが再結成後いまのSTAR★FIELD☆GIRLだ)


 マオはキーボードをカタカタと叩き始める。


(キミが推し続けると言ってくれたから、ボクは、ボクの代わりとなる究極のアイドルたちを世に送り出すと決めた)


 ――私ではない誰かを、一番大切に想ってくれていい。

 ――ボクはその誰かの影に徹することだって構いやしない。


 マオのキーボードを叩く音が、静かに響く。


「ボクはワガママなんだ、間宮くん。昔からね。

 STAR★FIELD☆GIRLのメンバー全員を、。こんなボクのエゴを受け止めてくれるかい?」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ※補足


 当時のマオはまだ高校生ですが、

 法定代理人の同意を得て、個人事業主となり、

 STAR★FIELD☆GIRLのプロデューサーという肩書を手に入れました。


 プロデューサー兼社長のようなものですね。


 その後、大手事務所アイリスプロジェクトに吸収され、

 現在は、STAR★FIELD☆GIRLの現場最高責任者、


 文字通りプロデューサーをしております。


 

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