第9話 未解決案件『ランダールの魍魎』

 ウィスタリカ協商国首都『ミルズィオル』。


 魔導の最先端を行く街並みは、他国はおろか同じウィスタリカ内でも更に異質。

 訪れた者は、別の世界に迷い込んだかのような錯覚に襲われるという。


 そんな異邦の都市の中心にそびえる、ギルド総本部。

 その最上階の代表室で、1組の男女が向かい合っていた。



「『彼女』は魔人の手の中、と……まぁ、護衛と思えば上々か。聖導教会も、彼女を奪い返そうと躍起になっている頃だろう」



 恐らく、普通に話せば鈴の音のような可愛らしい声なのだろう。

 だが今は老獪さが滲み、まるで重たい鐘のようだ。


 精々10を数える程度の可憐な少女の顔に、海千山千の魔物の表情を貼り付けるのは、この部屋の主、『ギルド総代』レベッカ・M・マルグリッド。



 前世の記憶を引き継いだ、所謂『転生者』というやつだ。




「ああ、奴なら教会の『勇者』相手でも遅れは取らん。それより……ギルドの方はどう出るつもりだ?」



 相対するは、そんな魔物相手に不遜を貫く野性的な美丈夫。

 その眼光が見据えるのは何手先の未来か。



 グリムグランディア統合軍、作戦参謀次長、ギリアム・ケール・グランツマン准将。


 組織的には友好関係にあり、個人的な性根や求める結果も似通う2人。

 だが双方の纏う胡散臭いオーラが、無駄に腹の探り合いの様な毒々しい空気を作り上げている。



「こちらの方針は変わらんよ。彼女の人権と生活を保証し、最終的には一般人として生きられるよう支援する。それに際し、発生するリスクは可能な限り分散する」



 それはギルドの理念の一つでもある『共栄』の精神。

 責任の所在のないリスクはギルド全体に振り分け、個々人の被害を最小化するのだ。



「寧ろ統合軍はどうするつもりだ? 現状、身柄を押さえているのは貴様らだ」


「本人の意思を尊重……だがまぁ、全力で説得することになるだろうな」


「情けない……あんな幼子に縋ろうなどとは、『人類の盾』が聞いて呆れるな」


「うるせぇよ。まず死ぬのはウチの兵隊なんだ。ナイーブにもなるさ」




「だが、貴様はそうではない……だからここに来たのだろう? 彼女と魔人の小僧に何をさせるつもりだ?」



 レベッカの眼光がギリアムを貫く。

 そこに宿るは期待と好奇心、そして確かな威圧の光。



「世界を、人を見せる。人類を救うか見捨てるか……それくらいは自分で選べるようにしてやりたい。ついでにあのガキにもだ! 邪神殺しだけで2年も過ごしやがって。俺の手駒に、世間知らずはいらねー……なんだその顔は?」


「いやいや、わかるぞ? 私も前世では孫までいた身だからな。親心というやつか」


「黙れクソババァ。その口握りつぶすぞ」



 レベッカの前世は、神代末期を生きた女性、メアリ・アンダーソン。

 当時の世界経済を支配し『グランマ・メアリ』と呼ばれた怪老だ。


 そんなレベッカは現在、ニヤケ顔に目だけは慈愛を込めるという器用……いや奇妙な表情をしている。

 対するギリアムは、露悪的な態度の裏の図星を突かれ、非常に不機嫌顔だ。



「そうカリカリするな。こちらからも1人応援を出してやろう。白魔術協会でも指折りの術師だぞ?」



 白魔術協会は、ギルドが運営する回復魔術師専門の支援組織だ。

 このタイミングで出てくる『指折りの術師』……恐らく、噂の『兎』だろう。


 ギルドが統合軍の要請を蹴ってまで、今日まで抱え続けた最上位の白魔術師。

 随分な大盤振る舞いだが、相手は中身90歳超の女狐だ。

 

 ギリアムの目が、警戒を露わに細められる。



「目的は?」


「人の善意を素直に信じられんとは、心の貧しい奴だ。私はただ、心配しているだけだぞ? 最近は物騒な事件も多いからなぁ」


「『ランダールの魍魎』とかな?」


「はて、何のことやら」



「ちっ……好きにしろ。期待に応えてやる義理はねぇからな」



 実際のところ、これはギリアムにとってもオイシイ話だ。

 増援、特にクラリスの健康管理のため、医療術師は絶対に外すことはできない。

 いずれ聖導教会との争奪戦になるのなら、治療役も必要になるだろう。

 だがこの件に関して、軍内部で信用できる人間を探すのはかなり骨が折れる。


 レベッカの子飼いならば、その点の問題はない。

 しかもそれがあの『兎』ともなれば、これ以上の高条件はないだろう。


 何となく、主導権を握られているようで居心地は悪いが、ギリアムはレベッカの提案を受け入れることを決めた。




 ◆◆




 突然だが、『未解決案件』というものをご存知だろうか?

 その名の通り、世界各地にある解決していない問題だ。



 原因は、魔獣だったり犯罪者だったり超常現象だったり多岐に渡る。


 通常はその街の傭兵や、国の衛兵等が処理していくものなのだが、力量、予算、優先度、傭兵なら報酬の問題などで、据え置きにされるものも多い。

 それじゃあ困るってことで、我らグリムグランディア統合軍の『内地組』に白羽の矢が立った。



 内地勤務の兵士の本来の任務は、地下からの邪神襲撃に対する警戒である。

 が、近年そういった事態は極々稀になってきた。

 内地の統合軍兵士が暇になったのだ。


 するとどうだろう。奴らはこの状況を幸いに、給料だけ貰って遊び呆けるようになった。



 ゴミクズ共が。

 給料受け取らねえだけ、ニートの方がマシだ。



 そこで上層部は、暇な内地組を未解決案件の処理に回すことに決めた。

 人員稼働率を上げ、ギルドや国に対して貸しを作り、ついでに民衆に『働いてますよ』アピールもできると、いい事づくめだ。



 内地の穀潰し共以外にとっては。


 当然、奴らは猛反発した。



『そんなものは自分達の仕事では無い』



 昼間から酒飲んで惰眠を貪るのが仕事だと勘違いしてる奴らだ。

 そりゃ大騒ぎだったらしい。


 だが、上層部はそんな奴らの戯言を認めた。

 認めた上で、お望み通り統合軍『本来のお仕事』をさせてやったのだ。



 内地の、碌に戦えもしない雑魚共を、邪神犇く激戦区に送り込んだ。

 選ばれたのは特に素行が悪く、住民からの評判が悪かった部隊の幾つかだ。



 結果は勿論、全部隊壊滅。

 凡そ500人程の兵士が邪神の腹の中に収まる、間接的な大粛清を行ったのだ。


 この噂は上層部が意図的に末端まで広め、内地組は大人しく『事前活動』に精を出す様になった。



 めでたしめでたし。




 これが、『かつて』の未解決案件の話。


 言うても、脆弱な内地組に処理できる案件はたかが知れている。

 優先度や報酬額の関係で余った、本当に『何で俺達が』ってレベルの雑用の様な仕事だけ。


 前線の部隊や高ランクの傭兵でも手が出せない、真の『未解決案件』は未だ手付かずのまま残っている。




『アウストラ山脈の天空王』


『呪いの城マリアベル』


赤目あかめのモーゼス』



 そして……。




「『ランダールの魍魎』、ですか」


「うむ。参謀本部からの勅命でな……貴官にこの案件の処理が命ぜられた」




『ランダールの魍魎』


 現在のウィスタリカ協商国の抱える、最大の悩みの種だ。


 ウィスタリカの南部、ランダール盆地を囲む各都市で発生している猟奇殺人事件。

 現場に夥しい量の血痕と、稀に被害者の体の一部が残されるということ以外、犯人像も手段も一切が謎に包まれた怪事件だ。


 過去にS級の傭兵が調査に乗り出したのだが、調査開始から5日後に連絡が取れなくなり、現在も行方不明のままだという。


 事件の凄惨さ、S級傭兵の失踪という危険度もさることながら、被害が出ている街の一つがウィスタリカの産業の中心、工房都市レガルタであることも、ギルドがこの件を重く見ている要因となっている。



「了解致しました。グレン・グリフィス・アルザード中尉、現地に急行致します」



 どうやら、休暇は取り消しらしい。

 参謀本部も随分な難題を持ってきたもんだ。



「いや、任務開始は4ヶ月後……貴官の15歳の誕生日と聞いている。それまでは、件の少女を連れて休暇を楽しめむように、とのことだ」



 あ、取り消しじゃないんですね。

 閣下は何を考えて……クラリスを遊ばせることに意味がある、ってことか?


 それはいいんだが、最悪の誕生日プレゼントだ。



「まぁ、そうゆう指示が出ているのであれば、こちらは適当に過ごします」


「妙な指示だとは思うが、幸いなことにうちの参謀本部は、冷酷だが無欲で優秀だ。従っておいて間違いはない……と、こんなこと言われるまでもなかったか」



 ええ、こう見えても直属なんで。



「さて、この任務に先駆けて、アルザード中尉には一時的に部隊を率いてもらうことになる。増員は医療術師1名だが、参謀本部がギルドと交渉して引き出した凄腕の白魔術師だ……入ってくれ」


「失礼します」





 ――その声に、俺の『何か』がビクンと震えた。




 ガチャリ、とドアが開く。


 理性が『見てはいけない』と警鐘を鳴らす。



 だが俺は、本能のまま振り返ってしまった。

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