ワンマンアーミー・グレン中尉の子守り休暇~拾った幼女は世界を救う超VIPらしい

@kinugoshih

第一章 魔人と呼ばれた少年

第1話 グランディアの魔人

 蹴りだ。蹴りが飛んできた。



 それは、日課のトレーニングの最中。

 野営地の周りで走り込みをしていた俺の前に、取り巻きをぞろぞろ連れて、ローディ軍曹が現れた。


 そして、いきなり蹴りを入れてきやがった。

 無表情で、無言で、何の脈絡も無しに。

 まるで、それが当然のことであるかのように。



「おひょっ」



 理解不能な態度に驚いた俺は、咄嗟にそれを躱す。

 やめろよ、変な声出ちゃっただろ。



「っ!? てめぇ、避けてんじゃねぇよっ!」



 何故お前がキレてる? 情緒どうなってんだ……。

 言いたいことは色々あるが、取り敢えずこれだけは言っておこう。



「派遣とは言え、俺、上官だぞ? いきなり蹴りつけるとか、ふざけてんのか」



 そう、あっちは軍曹。

 ついでに取り巻きは、スペンス伍長に、アルソン兵長、他は全部兵卒だ。


 そして俺は、参謀本部付きの特務将校、グレン・グリフィス・アルザード中尉・・

 本来なら、舌打ち一つでボコボコにされても文句が言えない程度の階級差がある――のだが。



「は? それで?」


「まさか、俺たちに命令できるとか、思っちゃってる?」



 この有様である。



「『僕は偉いんだぞー』ってか? ウケるww」


「俺らそうゆうの関係ねーから」



 言動がもう、ヤバい。語彙がふっ飛ぶくらいヤバい。



 少年兵で中尉、しかも参謀本部付きの特務なんてやってると、無駄に絡んでくる輩は確かに多い。


 『人類の盾』たる、我らグリムグランディア統合軍。

 精強にして勇敢な兵士が集う最強の戦闘集団………と、言いたいところだが、残念ながら所属する全ての兵が、理想に燃える勇士ということにはならなかった。

 特に戦闘の殆どない内地には、何となく粋がりたいだけの『お山の大将』が、必ずと言っていいほど存在する。


 要は、自分の縄張りに土足で上がり込む『青二才将校』が気に食わないのだ。


 だが、それを踏まえてもコイツらは酷い。

 山賊にしか見えない不良兵士だって、もう少し言動は考える。

 書面に起こせば、ギリギリ『注意』で済むラインを外さない。


 だが、コイツらにはそれすらない。

 多分コイツらは、自分が兵隊だって自覚すらないんだろう。

 視界に収まる範囲では、自分が一番偉いとか思ってるんだ。


 要は粋がる場所が、路地裏から兵舎に変わっただけ。


 だから『村の喧嘩自慢』は採るなって、あれ程言ったのに……。



「あれ? ちゅーい君黙っちゃったよwww」


「ビビっちゃった? 階級マウントできなくて、ビビっちゃった?」


「だっせ! ちょーし乗ってた癖に! ウケるww」



 ――ギャハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!



 ウゼェ……!

 もう全員両手足折って終わりにしよう。

 あと採用部には、後で参謀本部経由で苦情送ってやる。



「あ? なにその目? なんか文句あんの?」


「おい、まさかやる気かよwww」


「無理すんなって~。小便ちびりそうなんだろwww」


「強がっちゃって! ウケるww」



 垂れ流すのはお前らだよ。痛みで、糞をな。


 全部で28人か。

 2人だけ残して、掃除させよう。


 てか、お前はさっきから、ウケるウケるうるせえよ!

 定期的に『ウケるww』挟まないと死ぬのか?

 そういやコイツの名前なんだっけ?



 ……知らね。『ウケル』でいいか。



 俺は鳴き声を名前にする、安直なセンスの人なんだよ。

 ああ、アクセントは『ウ』に付けてくれ。



「正気か? こっち何人いると思ってんだよ?」



 だから28人だろ。

 足りねえよ。俺をシメたいなら1万は連れてこい、クソ雑魚共が。



「大サービスだ。コイツは特別訓練ってことにしといてやる」



 じゃあ、ちょっとばかし……って、これはっ!?



「待て、敵襲だっ! 下から来る! 中央を開けて散開しろ!」



 接敵まで10秒ってところか? アホ共の足で間に合う……なっ!?





「ぶふぁっ!『敵襲だっ!』とか、ウケるwww」




 ――馬鹿共が……っ!




 奴らは、誰一人動いていなかった。



「そんなん、信じる奴なんて……あ、何だ、この揺れ……あぶがっ!?」



 あ、ウケルが死んだ。


 ど真ん中にいたウケルは、地中から現れた顎門に飲み込まれた。

 地面が弾けた衝撃と土砂で、密集していた奴らも弾き飛ばされる。



 爆心に佇むのは、1体の異形。


 全高は10m強。

 分厚い甲殻に包まれた、蜘蛛のような八脚に、そこから生えた灰色の肉塊。

 肉塊は中程で4つに割れ、びっしりと並んだ牙を見せつける。





 ――邪神。




 俺が生まれる10年くらい前に、突如現れた人類の天敵。

 コイツらを、一匹残らずこの世から消し去ることこそ、我らグリムグランディア統合軍の存在理由だ。


 だが……その統合軍の兵士達は今、民間人の様にパニックを起こし、逃げ惑っている。



「ひぃぃぃっっ!!?」



 邪神が食い残しを吐き出した。

 すぐ横に仲間の首無し死体を叩きつけられ、アルソン兵長が情けない悲鳴をあげる。


 本来、兵卒達の指揮をとるべきローディ軍曹は、あろうことかその部下達を邪神の方に蹴り出し、一人だけ逃げようとしていた。


 新兵が邪神の強襲を受けてから、パニックを脱するのに要する時間は、平均15秒。

 対してコイツら。


 そろそろ1分に届こうとしてるんだが、1人くらい正気に戻っても良くないか?


 邪神は大型とは言え、たった1体。

 しかも最初の食事以外、目立った動きはしていないというのに。



「……信じられるか? コイツら、お前らを殺すために集まった、兵隊なんだぜ?」



 目を覆いたくなる様な惨状。

 あまりのことに、邪神に話しかけちまった。


 当然返事は無い――と、思いきや、触手を使った威勢の良い返事が飛んできた。

 そうだな。始めるか。


 全身に魔力を満たし、体内に不可視の肉体を組み上げる。

 筋力、心肺、循環器、神経、骨密度、関節。

 全てが強化された肉体が唸りを上げた。


 向かってくるのは4本。

 若干タイミングをずらしての、波状攻撃だ。

 あと、手元に2本残している。


 一瞬の確認を終え、俺は腰の剣を抜いて、迫る触手へと駆け出した。



 1本目、左下から絡めとる動き。


 短剣を抜き、下に放る。

 それを靴底で踏み抜いて、触手を地面に縫い付ける。

 止められるのは凡そ2秒。十分だ。



 2本目、右上から斜めの打ち下ろし。


 短剣の柄を踏み台に、迎え撃つ様に跳躍。

 空中で上下に反転し、迫る触手に着地する。

 触手の勢いに飲まれる前に、左前方に跳躍。置き土産に2本目も切り飛ばしておく。



 飛んだ先には3本目。


 先端を捻っての突き刺し……何だが、盛大に空振ってる。

 足を止め、2本目を受けていたら串刺しだったが、俺が跳んだせいで当てが外れたらしい。

 勢いのまま、伸び切ったところを一閃。



 最後4本目。上からの打ち下ろし。


 これの相手はしない。

 急加速して前に躱せば、背後から地面が爆ぜる音が聞こえた。


 目標との距離、あと1m弱。


 先行した4本で俺を仕留め損ね、邪神が控えの2本に力を入れる。



 ――が、遅い。


 2本がしなるのと同時に、土煙を残して最後の距離を駆け抜ける。


『オォ……?』


 その間、時間にしてゼロコンマ2桁。

 邪神の体は、中の核ごと上下に泣き別れた。




 ◆◆




 この小隊の隊長、リドル・ダンケルク中尉は、目の前の光景を呆然と見つめていた。


 現れた邪神は10m超。

 まともにやり合うなら、遠近10人ずつの集団で戦うべき相手だ。


 ダンケルク小隊は40人編成だが、全員素人に毛が生えた様な――いや、毛すら生えてない素人集団。

 戦いにすらならないだろう。


 兵士が死ぬのは構わない。

 各国の税金から、少なくない額を徴収し支払っている彼らの給料には、その分も含まれている。


 だが目の前の光景は、中尉の予想を遥かに超えていた。




 地面に空いた大穴。


 逃げ惑う兵士。


 無残な首無し死体。



 上半身を失い、紫色の血を噴き出す邪神。




 そして――




「グレン……中尉……っ」



 その傍らに立つ、1人の少年兵。

 名を呼ばれた少年――グレンは、返り血でベッタリと濡れた顔を、ダンケルクに向けた。



「ダンケルク中尉」



 声色はごく普通。

 この惨状にあって、まるで日常の業務報告でもしているかのようだ。


 あまりに異常。ダンケルクの背筋を悪寒が駆け上がる。



「……何かね……」



 ダンケルクは、何とかその一言だけ絞り出した。



「頼まれていた件……兵達の戦力評価ですが、たった今完了しました」



 なぜ今? とは言わない。代わりにもう一度だけ、無様を晒す部下達を見渡した。




「一切、全く、使い物になりません」




 反論はない。ダンケルクとて、当然理解している。

 だからこそ上はこの、子供の姿をした化け物を送り込んできたのだ。



 参謀本部肝入りの少年将校、グレン・グリフィス・アルザード中尉。




 ――一人大隊ワンマンアーミー『グランディアの魔人』を。

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