13話 「鳥が来て」1

 翌日、泉の水量はさらに少し増えていた。このまま窪地を埋め尽くし、溢れ出しそうなくらいだ。この勢いなら、少し距離があるが集落の方まで水路を引けるかもしれない。この泉にも水汲み場を作れば毎日の水汲みも楽になるし、付近に畑を作れば農業ができるようになる(この村では、どこが誰の土地、という概念がないのだ。お屋敷を除き、だが)。リカルドが案を出し、兄弟と体が動かせる村人達が集まっては、あれこれと計画を立て始めた。


 ゴナンもリカルドについて、いろいろ手伝ったり質問をしたりしていたが、以前ほど旅のことを聞いてくることはなくなった。何も言ってこないが、ゴナンの中で、何かの区切りが付いたのかもしれない。いや、それは「諦め」なのかもしれない。


(結局、彼の心をかき乱すだけになってしまって、申し訳なかったな…)


 リカルドは、ゴナンに詫びたい気持ちはあったが、何をどう説明してどう詫びればいいのかが分からず、ただ普段通りに接していた。この水路作りや施設作りのこと一つ取っても、ゴナンはいろんなことをぐんぐん覚えていく。これだけでも、きっとリカルドが彼と触れ合った意味は、あるはずだ。リカルドはそう、自分の心に言い聞かせていた。


 数日後の夜。

一家が眠りにつく頃、リカルドはまたテントの外に出て、キィ酒の小瓶を開けた。なんだかんだで度々、ちびちびと飲んでいるので、もう瓶の半分はなくなってしまっている。

「今日も愉しい時間ですね」

 アドルフがそっと出てきた。

「あ、すみません。起こしてしまいましたか」

「いえいえ、なんだか、そろそろかな、と感づきましてね」

そう言って、アドルフは自分用の小さな盃を取り出した。リカルドはクスッと笑って、少しのキィ酒を注ぐ。そして、彼方星を見上げながら、盃を交わした。




「俺は元々、夜の方が好きなんですよ。昼間は日差しがまぶしくて頭が働かないけど、夜はスッキリ頭がクリアになって読書もはかどるし。外に出れば月や星の明かりで、結構明るいですしね」

アドルフが夜型人間、というところには妙に納得してしまう。

「この村は街の明かりがないから、なおさら明るく感じますね」

「はい…、星が好きなので、この土地の夜空は、とても気に入っています」

そういって、盃を傾けるアドルフ。


日差しが全てを枯らし茶色の土と岩しかない大地の荒々しさも、今は暗闇に隠されている。2人の目にとどくのは、果てしなく広がる星々の煌めきだけ。

「…水路も整ってきましたね…」

相変わらず雨は降らず、食べ物は足りていないが、水があるだけで村人達の様子は全く違った。少しずつ動ける人間が増えて、設備作りの進行も加速していっている。

「はい、本当に。この村に来ることができてよかったと、思っています…」

「こちらこそ、ですよ。リカルドさんが来てくれて、大きく変わりました、いろいろと…」

 照れくさそうに黒髪に手をやるリカルド。そしてふう…、とため息をついた。

「……ゴナンには、ちょっと申し訳ないことをしてしまったなと思っていて。結局、アドルフさんのおっしゃった通りでした」

「……ああ、まあ、仕方が無いですよ。ああ見えて兄はかなり頑固なんです。ゴナンも何も言わないけど、納得しているはずです」

「頑固…」


 リカルドはどうしても拭えない疑問を、アドルフにぶつけた。

「…あのときははっきり答えてもらえませんでしたが、お兄さんたちがゴナンをこの地に縛り付けようとしているのは、何故なんでしょう?」

「それは、兄が言ったとおり、『家族』だから、ここで一緒に住むべきだからと…」

「その答えは、はぐらかされたかのように感じていて」

そう言って、リカルドは盃を空けてしまった。


「……あの、井戸に岩を投げ込んだのは、お兄さん達ですよね?」


アドルフの表情が、ピクリと固まる。

「実際にやったのは双子のおふたりかな。お屋敷様の方も疑ったけど、今の状況であれだけの作業を一晩で行えるのはお兄さん達しか考えられないし。でも、水が出たことは喜んでいて、その後の設備作りなんかにもとても協力的だし、とても不思議なんですが…」

ここまで言って、リカルドはアドルフから視線を外す。


「…もう少し、独り言を言うと…」


「…」

「…意図はわからないけど、本気で水が出るのを妨げたかったようには見えなくて。なんだか中途半端な妨害でしたしね。僕に、もしくは僕とゴナンに、何かの警告を伝えたかったのかなあとか思っていて。で、それが何かというと、やっぱり、ゴナンが、自分たちの想定していない場所へと進むことをよしとしていないのかな、と見えてしまったんですよね…」

「……」

「アドルフさんが自力でこんなに勉学に勤しんでたくさんの知識をつけているのに、ゴナンが何かを得ようとすることには拒否感を示す、その理由も、僕にはわからない。けど、それはお兄さん達の『家族』としてのエゴに過ぎないのではないかな、と思ったりもするけど…」

「……」

「まあ、結局、僕は部外者に過ぎないし、この村やご家族のこれまでのことも知らないから、これ以上のことは言えないし、何もできないから、今はそんなことには気付かないふりをして、目の前の水路や畑の整備に少しでも尽くすしか、できないのかなあ」

ここまで呟いて、スッとアドルフの方を見るリカルド。

「……という、長い独り言でした」

「…リカルドさん……」

「あ、何も言わないでください。ごめんなさい、どうしても、口にせずにはいられなくて…」

リカルドはアドルフの言葉を手で制する。

「僕は根無し草の生活で、幼少期から家族と過ごした記憶がないので、きっと、その『家族』っていう感情がよく分かっていないんだと、思います…」

「……」

星の光が、無言の2人に降ってくる。その中で、彼方星の強烈な明かりだけが、頭上で輝き続けている。



「…リカルドさん、僕らは、この地で、自分たちらしく生きていきたい、それだけなんです。今は無理でも、いつかは、分かってもらえると思っています…」


 そう絞り出すように声を発したアドルフに、リカルドは微笑みかけた。

「…せっかくのこっそりお楽しみの会に、こんなお話をすみませんでした。楽しい話をしましょう。アドルフさんが興味のある星の話のこと、お聞きしても?」

「…ええ、もちろんです…」

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