12話「そして」3

 その日、村は祭りのような賑わいになった。体を動かせる者は皆、新しい泉のほとりに集まって、水を飲んだり、水を被って体を洗ったりした。騒ぎを聞きつけたのか、お屋敷の門番の男がご祝儀とばかりに、食べ物を持ってきた。


(水が出て、ようやく食べ物を提供するのか……)


 兄弟とリカルドは怒りの気持ちを抱いたが、ありがたく受け取る。お屋敷様は屋敷からは出てこないようだった。きっとこのスタンスは、これからも変わらないのだろう。

 そんなことを気にしない村人達は、豊かな食べ物を喜び、さらにお祭騒ぎになった。皆、泉から離れがたく、夜になっても方々に火を焚いて、泉を見ながら語り合ったり、そのまま眠ったりしている。

(もともとは陽気な人々なんだろうな…)

 火で浮かび上がる、幸せそうな笑顔の数々を眺めながら、リカルドはほうっと達成感を込めて息を吐いた。

「さて……」

 リカルドはオズワルドの姿を探した。都合良く、双子とアドルフも一緒だ。ユーイとミィは先に寝てしまったようだ。

「オズワルドさん、ちょっと、込み入った話があるのですが……。皆さんも……」

泉を囲む輪から少し離れるよう、手で案内する。アドルフだけは、何の話が為されるのか気付いたようだった。


「リカルドさん、まさかこんなにたくさんの水が出るとは思わなかった、改めてありがとう」

オズワルドが、力強く握手をしながらリカルドに礼を述べてきた。いえいえ……、とリカルドは恐縮する。

「皆さんのお力あってこそですよ。あとは、お屋敷様の“支援”もです、ね」

「ふっ」

兄弟達が皆、にやりと笑う。

「それより、話とは?」

「……あの、唐突な話になりますし、あくまで私の一存ではあるのですが……」

オズワルドと双子の表情が、少し張り詰めた。

「できれば、ゴナンくんを、私の旅に連れて行ければ、と思うのですが、いかがでしょうか…?」

「…………。なぜ、ゴナンを? アドルフではなく?」

 オズワルドが尋ねる。この1ヵ月の彼を見ていた人間なら、誰もが抱く当然の疑問だ。当のアドルフだけは、少し肩をすくめる。

「これは、私個人の印象ではあるのですが、アドルフさんは、いえ、オズワルドさんも、ランスロットさんもリンフォードさんも、その気になればいつだって、自力でこの地を離れてどこでも何でもできる力を持っているように思います。でも、ゴナンくんだけは違う。彼は非力で、でも献身的で、持って生まれたものを少しずつ削り落としながらこの地に沈んでしまっているように、見えてしまって」

「そりゃあ、こんな状況だったし」「あいつは弱っちいから」

双子がいつもの調子で口を挟む。

「……ええ、あなたがたお兄さん達が、あえてゴナンくんをそのように、そのままにしているように見えて、仕方が無いんです」

「……」

オズワルドは何も答えず、ゴナンとよく似た琥珀の瞳でリカルドの黒い瞳を凝視している。

「でも、彼の中のちょっとした輝きを、僕は感じました。村の外に出ていろんな出会いを経れば、きっと彼は大きく変わる。彼も、心の奥底で何かを望んでいるんです。彼を、託していただければ……」

「……ダメだ」

 オズワルドが、語気強く断った。強い拒絶を込めて。

「……なぜですか? ゴナンくんは、その、今はまだ、この家ではあまり大きな役割を果たしているようには見えない。正直、居なくてもこの家のことでそんなに困ることは、ないと思います。だったら一度外でいろんなことを知って帰ってきたら、皆さんのように、いろんな事に役に立つ人材に成長できる可能性だって、あるかもしれません」

 ことあるごとに「役に立たない」「役に立ちたい」と口にしていたゴナンを、リカルドは思い出していた。双子は顔を見合わせ、何か言いたげにオズワルドを見遣る。長兄はふう……、と嘆息した。


「……リカルドさん。こういっちゃなんだが、あなたの今の申し出は、旅先でたまたま拾った野良犬が懐いてくれたので、そのまま飼いたい、と言ってきているようにしか、私には聞こえません」

 リカルドはむっ、と不快感を示した。

「オズワルドさん……」

「……ええ、失礼だと承知ですが、それでもあえて言います。もちろん、あなたがきちんと保護者として見てくれる、信頼できる人だとも分かっています。ゴナンがあなたをとても慕っているのも知っています。でも、それでも、ダメです」

「……なぜ?」

 オズワルドはまたふう……、とため息をつき、冷たく言い放った。

「それは、我々が家族だから、です」

「……」




 今度はリカルドが無言になる。この兄弟達は知らないことだが、家族、という言葉を出されるとリカルドは弱い。彼は「普通の家族」を知らないからだ。


「これ以上の理由はないし、これで納得していただくしかないのです。私たちは父の希望でこの土地に来て、ここに住み続けることを覚悟した家族です。だから、ゴナンもここで生きるべきなのです。ゴナンを縛り付けているように見えるかも知れませんが、それも『家族だから』という以外に、説明のしようがないのです」

 淡々と、怜悧に答えるオズワルド。ここまで頑なだとは。

それでもリカルドは食らいついてみる。


「……あなた方は、この村では先鋭的な視野を持っている兄弟に見えましたが、この一点においては、恐ろしく保守的です。でも、それでは、その先はあるのでしょうか?」


「……先だとか、未来だとか、目に見えないものにとらわれすぎるからこそ、盲目を生んでしまうものです。目の前のことを一つずつ、ひたすらに行っていく、その大切さを我々は知っています」


そう言って、オズワルドは夜空を見上げた。


「ゴナンも、そうやってこの地で生きるべき人間です……。……もう、この話は終わりにしましょう」


 どうにも難しそうだ。リカルドはポリポリと頭をかいた。

「……わかりました、諦めます。私は、あなた方との関係を悪くしたいわけではないのです」

「もちろん、それは我々も同じです。ゴナンのことを気にかけてくれてありがとう。……ご理解いただけて、感謝します」

 納得はしていない……、それは誰が見ても明らかだったが、話はそこで収めた。アドルフだけが少し複雑そうな面持ちで、リカルドを見つめる。結果はアドルフの言うとおりだった。


(まあ、仕方が無いか…、残念だけど。せめて、アドルフさんに託そう。僕もまた、この村に立ち寄れば良いのだし)


 アドルフと目配せをして肩をすくめたところで、その背後で駆けて立ち去る人影を見つけた。茶色いバンダナの結び目が見えた、ゴナンだ。話を聞いていたようだった。


痩せ細った背中がさらに小さく見えて、リカルドの胸はチクリと痛んだ。


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