第11話「はげめよ士官候補生」

11.「はげめよ士官候補生」エル・ブロム・リズワン


 首星ヴィアゾーナ。ここにいる臣民は帝国全体の中でもめぐまれた者達と言われる。ヴェルシタス帝国では努力しない者、たいな者はどんなに高い地位にいたとしても、やがてその地位を失い、代わりの者がい上がってくる。進歩なき者に特権は必要ないのだ。そのため、首星ヴィアゾーナの臣民も新たな臣民にその地位や特権を奪われることがないよう、努力を欠かさなかった。


 高等軍事教育機関〈アゼノンス〉は帝国軍士官候補生を養成するための専門的かつ高度な軍事教育機関であり、入学には一般軍事教育機関〈バルセンス〉よりも厳しい適性審査、学力審査、愛国心審査が課される。そもそも、ボランティアで規定の名誉ポイントに達していなければ入学申請すら行えない。ただし、名誉ポイントに関しては免除要項ももうけられているため、年齢や種族、出身地による不公平さはある程度、解消されている。アゼノンスは標準教育機関フゼルセンスや一般軍事教育機関バルセンスと異なり、全ての惑星に置かれておらず、統治院が指定した惑星のみに置かれている。

 アゼノンスを卒業した者は曹長以上、中尉以下の階級が与えられ、艦隊や惑星規模の作戦部隊を指揮することになる。状況によっては現場責任者として保安局や衛生局の人員をちょうはつすることも可能。

 帝国軍で士官になれば例え侵略されたばかりの惑星出身の種族だったとしても、家族や一族が〝上級市民〟相当の地位を得ることができ、一気に勝ち組へと駆け上ることになる。国へのこうけんが臣民に還元される、非常に分かりやすい仕組みになっていた。

 各惑星のアゼノンスで行われる教育内容に差はないのだが、候補生、設備の質の高さによって差が出ているのが実情である。首星ヴィアゾーナのアゼノンス入学試験競争率は毎回、千倍を超える非常に狭き門であるため、ヴィアゾーナのアゼノンス入学だけでも履歴としては十分過ぎるものであった。



 深い森の中、ディオーズ(オオカミ系ヒューマノイド)の青年エル・ブロム・リズワンは士官候補生としてアンストローナ四人を引き連れ、周囲を警戒しつつ慎重に進んでいた。彼は犯罪都市として名高いログブレッタ・ケルツォがある惑星イリーシャの出身。長い間過酷で荒れた日々を過ごし、きょうじんな精神力がつちかわれた。

 体力、精神力の両方で自信ある彼だが、湿った土が重く、見通しも効かないこの状況は流石に厳しいと言わざるを得なかった。


 タンッ!


 一発の実体弾が近くの草むらへ飛んでいった。


「姿を隠せ。一時の方向だ」


 エルの命令に合わせて、アンストローナ兵は木の陰に隠れ、一時の方向を見た。視界をズームしていくと、小岩の横に伏せたの姿が見えた。LCP‐23レーザー・ロングライフルを持ち、長距離支援の役割を担っているようだ。アンストローナ兵は帝国内における様々な武器に対応でき、状況に応じて使用する武器も変えることがある。


「スナイパーだ。こちらの動きがばれたな。敵本隊は近くで待ち構えているはずだ」

「どうしますか?」

「左右二手に分かれる。スモークを張り左右から距離を詰めるぞ。指揮官を誘い出す。移動経路を計算し合図を待て」


 エルの考えを理解したアンストローナ兵らは木陰にひそみつつ、合図を待つ。


「スモーク、いくぞ」


 エルは右手でSE‐2レーザー・ライフルを持ちながら、左手でFZ‐4特殊白煙弾を投げた。この白煙弾は通常の白煙ではなく、帝国軍全般のスキャナーによる位置看破を防ぐいんぺい効果を持ち、アンストローナ兵のヘルメット内蔵スキャン装置にも一定の妨害効果があった。


「行け! 行け!」


 レーザー軽機関銃と思われる敵のとうのレーザー攻撃。煙にまぎれ、二手に分かれたエルの部隊は反撃しつつ、距離を詰めていく。


「俺が軽機関銃LMGをやる。援護しろ!」


 左腕の端末のボタンを押し、簡易シールドを起動したエル。敵のきょうれつなレーザーにひるまず、冷静に銃の狙いを定めて引き金を引いた。


 〝エネミー:キル〟


「敵を倒した!」


 〝フレンド:デス〟


 うるさいレーザー軽機関銃を倒したかと思った矢先、味方のアンストローナ兵一人が敵スナイパーに射抜かれ、死亡してしまった。


「ポイント・ラディア!」


 エルは敵の増援部隊を正面で視認した。すぐさま、敵の攻撃に備えて身をひるがえし、岩陰に隠れた。


「敵はこちらと同じ四人だ」

 

 ボトッ……


 球状の物体がエル達近くの地面へ。


「っ、グレネード!」


 とっさに左腕のシールドをPG‐2プラズマ・グレネードの方を向け、伏せたエル。側にいたアンストローナ兵一人がエルを守るため、身をていして壁となりグレネードの爆発に巻き込まれた。


 〝フレンド:デス〟


「……ああ、くっそ」


 アンストローナ兵は無限に供給される兵士とはいえ、目の前で死なれればいい気持ちはしない。


「お返しだ」


 敵の追撃を避けるため、移動するが、この時、エルもお返しにグレネードを投げ返した。


 〝エネミー:キル〟


「おっしゃ」


 さらに味方のアンストローナ兵が敵スナイパーを倒した。


 〝エネミー:キル〟


 ただし、状況が好転したわけではない。押されているのはエルの方だ。


 〝フレンド:デス〟

 〝フレンド:デス〟


 味方のアンストローナ兵はもういない。エル一人だけだ。


「来たか」


 MN‐34レーザー・ハンドガン二丁に持ち替え、光学迷彩を起動。短時間だが、姿を周囲の景色に同化させることができる光学迷彩は自分視点で自身の身体が透明になっているため、独特の違和感を使用者に与える。


(もらった!)


 残る敵は二人。エルは背後から忍びより、敵指揮官と敵アンストローナ兵へ銃を撃った。


 〝エネミー:キル〟


(なにっ……)


 倒せたのは敵アンストローナ兵だけ。

 敵指揮官の方はホログラム・デコイ……だった。


 カチッ。


 エルは後頭部に銃を突き付けられた。


「おいおい、どこに隠れていた?」

「木の上」


 相手はそう答えて見えないはずのエルの頭部を撃ち抜いた。


 〝模擬戦 終了〟

 〝勝者:エミッツィ・ラフォンヌ〟



〈アゼノンス 第三仮想演習場〉

 現実空間に戻っていきたエルは仮想訓練用ヘルメットを外し、身体や座席に装着された複数のケーブルを一つずつ外していった。


「今回の模擬戦は勉強になったでしょう?」


 目の前に来たジェルズ(背中に翼が生えた人種)、彼女こそエルと試合をしていた相手である。名前はエミッツィ・ラフォンヌ。惑星イリーシャの犯罪都市ログブレッタ・ケルツォで犯罪王ゲルタックに捕まっていた少女。

 彼女は自身の命を軍に救われた経験から軍への入隊を決意した。


「少ない装備でも立体的な戦闘を忘れるな、だな」


 差し出された手を握り締め、エルは立ち上がった。


「あの短時間でよくあんな機転を利かせることができたな。おまけに見えないはずの頭の位置をどうやって?」

貴方あなたの性格ならよく分かっている。追い詰められたら起死回生の奇襲。ほんと単純。あとジェルズは微細な空気の流れが分かるの。それくらい知っておくべき」

「はっ。なかなか言ってくれる」


 エルもエルでエミッツィと似た出来事があった。惑星イリーシャで犯罪王ゲルタックの殺し屋からアンストローナ兵に命を救われたのだ。これをきっかけに今までの自分を反省していちねんほっ、多くの人のため、国のために尽くそうと軍への入隊を決めたのだった。


「次の模擬戦は負けないからな」

「それはない」


 二人は廊下を歩き、第三仮想演習場を出ていった。

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