第9話「怪盗クィットの台頭」

9.「怪盗クィットの台頭」サレナス・ラウル


 オオロラーク(フォボナ星系)


  属 

  ラルハル・シエルトFH3317‐221

 (以下、略)星系


  属 

  ラルハル・ザウケンAB0000‐000

 (以下、略)銀河


  属

  ギューザン・ローケスAR0300‐005

 (以下、略)宇宙


  属

  ローケス・ユーヤナAQ007‐235

 (以下、略)インペリオーム


 同化政策 フェーズ4D(安定期)

 文明レベル 第四等級

 治安レベル B2


 太陽に照らされていない極寒の惑星オオロラーク。この惑星の居住地域としてはドーム・シールドによって覆われた都市トーラスが発展しており、シールドはマイナス70度以下のてつく外気から中の住人達を守っていた。ドーム内の自然光としては月明かりしか存在せず、基本的に人工照明もそこまで強くないことから、トーラスは一日中、夜の街として知られていた。

 ただ、街中には数多くのホログラム看板が映し出され、場所によっては非常に派手な明かりに包まれている。夜の街は夜の街でも眠らない街だ。未知なる刺激を求めて、訪れる旅行者や旅人が多く、独特の雰囲気にかれ移住してくる者も少なくない。構成種族も人間種をはじめ、実に多様。


《トーラスの主な知的生命種族》

 ヨルト(タコ系エイリアン)

 ウロダリ(カサゴ系エイリアン)

 オウン(ワニ系ヒューマノイド)

 ダージラス(アリ系ヒューマノイド)

 レブノ(アメフラシ系エイリアン)

 ゲンラ(クモ系ヒューマノイド)

 ムルティーク人

 ワルコタ人

 ヴェルシタス人

 地球人 他


 狭い換気ダクトの中をホフク前進で進むサレナス・ラウル。彼はゲート技術を生み出したとされるエディア人の少年だ。彼の両目には特殊なコンタクトレンズが装着されており、彼の思考に応じて拡張現実表示が出てきた。今、表示されているのは建物の立体構造図、進行方向、方位。彼の視線に合わせて、壁の奥が透過して見え、眼下には警備員と思われる人影が廊下を歩いていた。


「ほいほい、この僕が通りますよ」


 小さくつぶやくと、サレナスは目的地である宝石展示場へ向けて、さらにホフク前進していく。

 サレナスがいるのはジュリオン・タワー32階。すでにタワーの営業時間は過ぎている。タワーでは警備員と警備ロボットが巡回し、不法侵入者に備えていた。まあ、不法侵入者は頭上にいるのだが。


(5、4、3、2、1)


 三差路で前進を止め、頭の中で数を正確に数えるサレナス。換気ダクトの中を清掃している小型ロボットが右から左の道へ進んでいった。清掃ロボットの監視センサーにぎりぎり引っかからない距離を保ち、清掃ロボットが来た道である右の道へとサレナスは前進していく。


「さてさて」


 左腕のモニター画面を眺めるサレナス。モニターには空調システムの動作状況が映し出されていた。サレナスがモニター画面をタッチして空調システムの動きを変更する。


「ふふふー」


 換気ダクトから薄紫色の粒子が流れ出ていく。この粒子はエディア人の中でも最上位ゲート技術師のみが生成法を知り、操ることが可能とされるエディア特秘技術の一つにして、帝国最高機密に分類される物質〈フロアドネス粒子〉である。

 一定の粒子濃度はゲート展開を阻害するだけでなく、帝国内で使用されているあらゆる電子機器へ干渉し、正常動作を妨げる効果があった。さいわいなことにフロアドネス粒子は有機生命体に対する有毒性が無い。帝国におけるフロアドネス粒子技術の多くは軍事関連のものである。


「ちゃちゃっと済ませないとね」


 フロアドネス粒子自体は時間経過によって自然消滅してしまう、極めて不安定な粒子で、これを安定的に使用するには特殊な装置が別途必要になる。

 フロアドネス粒子によって監視モニターや衝撃感知センサー、熱源感知センサーといった侵入者警戒装置が無効化されているうちにサレナスは宝石展示会場へと下り立った。


「いえーい。トーラス最大のパラディア、頂き!」


 サレナスが超高周波カッターでパラディアを保護していたケースに穴を開けた。パラディアは受けた光の角度や量によって、赤色から紫色へと色を変える性質を持った希少鉱物だ。人工パラディアは工業機械やエネルギー変換器にも用いられることがある。


「いやあ、思ったより簡単に手に入ったなあ」


 簡単とは言っているが、ジュリオン・タワーの構造を全て記憶し、警備ロボットや警備員の巡回時間と巡回ルート、さらには警報装置や監視装置といった各所の保安装置まで正確にあくしているサレナスの頭脳が異常であった。彼はあまりにも優秀過ぎる頭脳を持ち、非日常的なスリルを求めて始めた暇つぶしが〝盗み〟であった。今までにトーラスで彼が行った盗みは二十件を超え、怪盗クィット(ヨルト語で忍び込む者の意)として世間では知られている。


「あとはここからおさらばするだけ」


 手に入れたパラディアをウエストポーチにしまい、左腕のモニター画面を見た。ジュリオン・タワーの最上階と一階の様子が映し出されているが、アンストローナ兵からなる保安隊が見えた。


「うわ、ばれてる。何で?」


 保安隊の到着が予想よりもかなり早い。


「保安局のマギラス伍長が頑張っているのかな?」


 サレナスが逃げる算段をしていると、タワー内に保安隊からの警告がカラーホログラムで映し出され、さらに音声出力がされた。


『こちらは保安局のマギラス伍長だ。怪盗クィットに告ぐ、大人しくお縄につけ。今回は逃げられないぞ!』


「来た来た、うわさをすればマギラス伍長。ほんと仕事熱心だな」


 もはやマギラス伍長とは顔なじみといってもいいだろう。マギラス伍長率いる保安隊は最上階と一階を封鎖。アンストローナ部隊が上と下の両方から宝石展示会場に迫っていく。


〝二階、クリア。三階へ移動する〟

〝怪盗クィット、出てこい。我々は保安局だ〟

〝奴は32階だ。急げ〟


「連中が来る前に準備しないと」


 窓に向かって歩くサレナス。


「クィット、そこまでだ!」

 

 後ろを振り向くとマギラス伍長率いる保安隊が低出力モードの銃を構えて立っていた。


「げっ! マギラス伍長……」

「クィット、両手を頭の後ろで組み、その場で両膝を付けるんだ」

「嫌だと言ったら?」


 サレナスはマギラス伍長の顔を見た。


「無理やり気絶させるだけだ」


 相手がエディア人の少年であろうとマギラス伍長は甘くない。


「はいはい。両手を組んで両膝を付ければいいんでしょ」


 もちろん、サレナスが素直に捕まるはずがなかった。

 彼のベルトのバックルから巨大なネットが発射され、マギラス伍長らを捕らえた。


「くそ、なんだ、これは!」


 単なるネットではなく、粘着性があり、もがけばもがくほど余計に身体の自由が奪われた。


「ミイラ取りがミイラってね」


 窓に向かって歩くサレナス。

 右腕の射出器からブラスト・ショッカー弾を撃ち、窓枠にはめられていたマカルニズ製透明プレートを粉々に破壊。彼が窓際に立つと、空中に浮かぶ反重力バイクが横についた。


「よいしょ」


 彼の愛車でもあるこのメタリックブルーの反重力バイクはサレナス本人を認証すると自動でスタンバイ状態になった。


「じゃあねー、マギラス伍長」


 ハンドルのアクセルを回し、サレナスはトーラスの夜景へ溶け込んでいった。



「伍長、今、助けます」


 マギラス伍長らは応援のアンストローナ兵に助けられ、何とか拘束ネットから脱出することができた。


「くそ、また逃げられてしまった」

「逃げられたのは今回で27回目ですね」


 冷静にアンストローナ兵がマギラス伍長に伝えた。


「奴は絶対にこの俺が捕まえてやる。アンストローナ、一応、ラントラ近郊まで検問所を設け、追跡部隊を送れ。我々は現場検証を行う」

「イエッサー」


 怪盗クィット、その名はトーラスで知らぬ者はいない。

 不殺の怪盗。盗んだ物は数日で持ち主へ送り返されるという。

 盗みの動機が謎の怪盗。

 マギラス伍長は保安局からクィット担当捜査官に任命され、彼の逮捕に全力を注ぐことになった。

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