第8話「空と海の狭間で」

8.「空と海の間で」ランクエッド・トウ・ステイン


 ウェザストリア(ブローデア星系)


  属

  ハーブケート・スケリュゼBI4349‐598

 (以下、略)星系


  属

  アグルファ・ゴウァックZA9002‐213

 (以下、略)銀河


  属 

  ブレゲルシダ・セブルケッツAA7302‐204

 (以下、略)宇宙


  属

  ローケス・アグルファFM010‐887

 (以下、略)インペリオーム


 ブローデア星系に属する惑星ウェザストリアは青い海洋惑星として知られている。惑星全体がこんじょう色の海で覆われ、知的生命体は存在していない。帝国はこの惑星に海中施設〈シー・アビス〉を建設し、帝国の膨大なデータを収めるデータ・ライブラリーとして使用していた。

 海中に広がるシー・アビスは主に軍事関係のデータ・バックアップを収蔵しているデータ・ライブラリーの一つである。個人用端末で帝国データバンクをえつらんできるこの時代、データ・ライブラリーへ直接訪れる一般人はほとんどおらず、軍事関係のデータだと情報によってはアクセス制限もあるため、なおさら訪問者はいなかった。

 

 海上の離着陸用プラットフォームを警備している二人のアンストローナ兵は訪問者に備えて、身動きせずに並んでいた。


 どこまでも続く青空。こんじょう色の海の底は見えず、少しばかり怖さを感じさせる。


 すると、上空に三機の可変宇宙戦闘機〈レイトアン〉をともなって、第一級A2カーディナル専用シャトル〈パラテックス〉がこちらに向かって飛行しているのが見えた。護衛機に囲まれたままパラテックスは第一プラットフォームに着陸。パラテックスから昇降タラップが伸長し、カーディナルのランクエッド・トウ・ステインが姿を現した。彼はバストラン(カマキリ系ヒューマノイド)で、複眼である二つの大きな目を持つ。


「お待ちしておりました、ステインきょう

「時間があったから来てしまった。アンストローナ、いつも警備の任務ご苦労」

「おめの言葉を頂き光栄です、ステインきょう


 ランクエッドは自分の護衛を付けることなく、一人でシー・アビスの中へと入っていった。彼にとって、ここシー・アビスで一人の時間を過ごすことがささやかなぜいたくとなっていた。ゲートで来ることもできるのだが、わざわざパラテックスで来るのも、ウェザストリアの景色を見るという彼の楽しみ方である。



〈シー・アビス(第四層)〉

 屋内はあえて全体的に暗くしてあり、海中ということもあって、下の階層ほど月下の夜のようなふんを感じられた。元々、データ・ライブラリーの訪問者はデータを静かにえつらんする場合が多い。施設全体が暗いことで時より揺れる水の影がおもむきを感じさせ、独特の心地よさを感じることができた。


「時には騒々しい世界から離れることも大切だ」


 窓ガラス(正しくはガラスではないが)近くの椅子に座り、ぼんやりと何もない外を眺めた。頭脳派カーディナルとして有名なランクエッドは国内の統治に関する業務を積極的に行い、特に占領初期の惑星や星系、銀河に対し、教育、通信、技術、医療、軍事といった多方面で調整を行っていた。

 彼は机のホログラム・データベースに文字を打ち込み、いくつかのカラーホログラムを表示させる。



〝犯罪者 検索〟


 氏名:ツゥケァル・ゲウス・ゲルタック

 ステータス:逮捕。ゼラスきょうの裁定によりフォーラスンへ移送

 取調担当官:オルヴィエート・ゼラス

 重要確認事項:ジェルズの少女を惑星イナウでゆうかい



そくでずるがしこいゲルタックが捕まったのか。フォーラスン行きは当然だな。報告書によるとサズウェル星系の反乱組織に武器の密輸を行っていたと。いいこんじょうしている」


 帝国による社会監視は厳しそうに見えて実のところ、臣民全体から見れば比較的ゆるやかな体制である。やろうとすれば一人ひとりを徹底的に監視することも技術的には可能であるが、これは帝国保安局の負担をいたずらに増やすだけで、徹底監視は費用対効果が悪いのも事実であった。

 しかし、そのへいがいとして帝国編入前から存在している犯罪組織や凶悪犯罪者への対応には問題があり、現状、犯罪発生への対応はじんそくだが、長期的、潜在的な犯罪への対処は苦手としていた。


「保安局はゲルタックから裏社会に関する、有益な情報を手にした。面白いことになるかもしれん」


 ゲルタックは犯罪の才に優れ、良くも悪くも部下を適切に使い、自らの姿を隠すことに長けていた。帝国保安局は今回の件を反省し、更なる社会的安定を保障するため、組織犯罪や長期潜伏犯罪者に対する捜査方法の見直し、ゲート管理局や生活局との連携強化を進めることになった。


「おっと、そういえば〈ヴェーガ〉についての性能評価報告を見ておかなければ。コアンで実戦投入する予定だった」


 データベースの中から帝国地上軍の項目を選択し、生命体兵器の項目でヴェーガの名を入れた。



〈ヴェーガ〉

 型式:ブレゲルシダXUA‐G8

 ステータス:性能評価試験中

 所属:地上軍(兵器開発局 生体兵器部門)

 分類:飛行型

 用途:制空及び対地攻撃



 ヴェーガは帝国軍兵器開発局で新たに開発された人工生命体兵器。大きな翼と長い尾持ち、空を飛ぶ姿は地球でいう飛竜をほう彿ほうとさせる。サイバネティックスとバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、マテリアルテクノロジーといった幅広い分野の技術を高い水準で統合した、アンストローナ兵とは異なる人造生命体である。


「見た目はドラゴンか? ファンタジーっぽい。見た目だけは。中身は普通の生き物をはるかに超える化け物だな」


 骨格は生体金属として使用されるロコデニウムを主構成として構築され、多くの惑星環境下で活動できるよう、体液中には多種多様な人工タンパク質、ナノマシン、遺伝子組換え細菌が含まれる。こうくう及びいんとうにはエネルギー収束・増幅器官を備え、口から高エネルギーのビームを出すことを可能にしている。さらに、翼には重力制御器官を付与し、高重力下や低重力下でも安定して飛行可能となっていた。また、脳には通信での命令を受信するための人工補助脳が存在する。


「知能は高く、命令を理解し、高度なコミュニケーションも可能。複数個体ならば連携による複雑な戦闘行為もできると。見た目こそ有機生命体だが耐久性の面でも申し分ない。トラービノでの戦いでも期待通りの活躍」


 無機質なアンストローナ兵や無人兵器とは異なり、原始的な文明や種族に対しては生体兵器であるヴェーガの方が高いあつ効果を期待できる場合もある。実際、惑星トラービノの戦いでは空を舞うヴェーガの姿を見たトラービノ人は早々に戦意をそうしつしていた。


「低俗な文明を制圧するには十分な力だ」


 左腕に装着された端末を触り、ランクエッドは首星ヴィアゾーナの軍兵器開発局へ通信を繋げる。


「局長、ステインだ。ヴェーガの性能評価試験の途中評価を見た。コアンでの実戦投入を許可する。戦果を挙げれば私の名で正式に配備と量産を認める」


 通信を終えると、次にカラーホログラムでとある領域の戦闘区域を表示させた。友軍、敵軍、両方合わせて表示され、リアルタイムで交戦状況が映し出されている。惑星名はコアン。


「ふむ。どれどれ」


 カラーホログラムの中に黄色のりんかくで強調された複数の輸送艇。これらの中には投入予定の試作型ヴェーガが収容されていた。



〈ホチキラサック、コアン〉

 惑星コアンのホチキラサック大森林上空に位置する空中都市ボウドス。ここはホチキラサックの原住種族オンス(イタチ系ヒューマノイド)が守る大都市の一つで、下にはあたり一面、森が広がっていた。


『全部隊へ。新型生体兵器ヴェーガが投入される。誤射するなよ』


 空中で護衛機とともに編隊飛行を行う帝国軍第二級E9軽輸送艇〈フゲ〉。ボウドスへ接近するとフゲの下部ハッチが開き、翼を折りたたんでいたヴェーガが放たれた。ヴェーガはフゲ船外へ出されるとすぐに翼を開いて、自立飛行を始め、敵の航空機へ襲いかかった。


「ジャアァァーー」


 鋭い爪が航空機の装甲を引き裂き、パイロットはそのまま即死。機体は宙でバラバラに散りながら森の中へと落ちていった。

 投入されたヴェーガは全部で六体。飛んで来る都市の対空機銃に当たることもあるが、基本は回避機動を行い、都市へ向かって口から高出力エネルギー・ビームを撃った。ビームは一直線に飛び、都市の防衛用砲台を次々と破壊、余りある威力で都市の建物も破壊した。

 制空権を確保するため、ヴェーガは敵軍の航空機を狙い、低出力で途切れ途切れにビームを連続で放った。敵航空機がヴェーガに攻撃を仕掛けようとするが、自在に空を飛べるヴェーガの方が単純に旋回性で優れており、急上昇、急降下、空中での急停止といった低文明航空機には難しい芸当も楽々できた。


『敵の航空戦力はヴェーガに任せておけ。爆撃部隊はボウドスへ精密爆撃を実行せよ』

『イエッサー』


 帝国軍はボウドスに展開している地上戦闘部隊への支援のため、宇宙爆撃機〈パヨット〉による爆撃を実施。装甲車や戦車を多数破壊した。もはやオンスらにボウドスを守る力は残っていなかった。


 大気圏内における空中機動戦が高く評価されたヴェーガは軍での正式配備が決定した。これによって、帝国軍は新たな戦術を取ることが可能となり、一層、効率的に惑星侵略を行えるようになるだろう。

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