第6話「帝国の女神」

6.「帝国の女神」ソルヴィーツ・エンストーラ


 ヴェルシタス帝国が侵攻している宇宙の一つ、通称ノレイド・フロッテア宇宙。さらにこの中の銀河の一つである通称〈ウェンデ銀河〉ではウェンデ銀河共和国とヴェルシタス帝国による銀河規模の戦争が行われていた。ウェンデ銀河共和国は不屈の民主主義を掲げ、ヴェルシタス帝国への編入を拒否し、帝国へ戦いを挑んだのだった。

 帝国はゲートによる超高精度の次元テレポートにより、ウェンデ銀河全ての居住惑星へ同時侵攻。数に物を言わせて各星系を艦隊により封鎖し、アンストローナ兵とボランティアからなるアバター兵で地上戦をすみやかに開始した。ウェンデ惑星防衛隊がゲートによる奇襲に対処できず、地上と宇宙の両面でウェンデ銀河共和国軍は大きな混乱が生じ、数時間で戦況は帝国有利となっていた。仮に長期戦となったとしても帝国優勢の状況は変わらないだろう。帝国軍による完全包囲戦だ。



《ウェンデ銀河共和国軍(正規軍)》

 推定地上戦力:約80兆

 (民兵、ようへいを除く)


 推定航空戦力:約100億

 (航宙機、潜水可能な機体、小型無人機を含む)


 推定宇宙戦力:約10億

 (兵員輸送船、小型艦船を除く)



《ヴェルシタス帝国軍(正規軍)》

 現在の地上戦力:約1020兆

 (士官、ボランティアを除く)


 現在の航空戦力:約370億

 (航宙機、潜水可能な機体を含む。艦載機を除く)


 現在の宇宙戦力:約380兆

 (兵員輸送船、強襲ようりくかん、小型艦船を除く)


 増援:ずい、追加戦力を投入




 オルゲアス(オルゲアス星系)


  属

  オグゼア・シエルトWL9372‐441

 (以下、略)星系


  属

  ラルハル・サスノスVB1030‐020

 (以下、略)銀河


  属

  ギューザン・ローケスAR0350‐921

 (以下、略)宇宙


  属

  ローケス・セブルケッツAA003‐233

 (以下、略)インペリオーム


 この戦争では恐ろしいことに帝国の女神の異名を持つ武闘派カーディナル、ソルヴィーツ・エンストーラが参戦している。ソルヴィーツは積極的に軍の指揮をり、前線で戦いを好むユラ(ネコ系ヒューマノイド)の女性だ。


「もっと私をふるい立たせて!」


 意志を持つかのように動く一本の鞭剣。次々と敵を串刺しにしていき、大きくしなるように振り飛ばした。彼女は現地語で〈オルゲアス〉と呼ばれる惑星にいた。護衛をともなわわずに。


「ほらほら、私を止めてみせて!」


 ソルヴィーツは気圧操作と地震を引き起こすことができる。オルヴィエート・ゼラスを始め、カーディナル達は一見、超能力にも見える力を行使するが、これらは帝国の高度な科学力によって実現している、れっきとした特殊戦闘技能である。断じて魔法ではない。カーディナルらが持つたくえつした戦闘センスと合わさることで驚異的な力を発揮している。


 オルゲアスにはウェンデ銀河共和国軍の最高司令部があった。残念なことに、この銀河を統治しているウェンデ銀河共和国政府はカーディナルが行使する特殊戦闘技能について、全く理解が追いついていなかった。つまり、その程度の科学力ということである。


「情けない。一人相手にこの程度?」


 ひさびさの銀河国家との戦いにソルヴィーツはこうようしていた。数え切れないほどの宇宙を侵略してきたヴェルシタス帝国だが、高度な文明、それも銀河系政府と出会う機会は割合として非常に少なかった。


「全く、どうしてばんじんは我々の統治を素直に受け入れないのか理解に苦しむ。命と時間を捨てるだけの戦争を選ぶ意味が分からない。やっぱりばんじんだから?」


 帝国最強の武闘派カーディナル、オルヴィエート・ゼラスには届かないが、ソルヴィーツの戦闘能力はずば抜けており、星間航行できる文明レベルであっても、彼女を止めることは難しい。基本的にカーディナルには高次元多層シールド及び強化型エネルギー変換戦闘服が採用され、カーディナルへ傷を付けることができるのは同じくカーディナルぐらいである。


「エネルギー兵器は無駄」


 ソルヴィーツの周囲にはエネルギー反射パネルが十枚浮遊している。これらのパネルはソルヴィーツの思考操作によって位置を変え、飛んで来るエネルギー兵器を反射していた。光速で飛んで来るものは光速でそのまま返すため、相手は自ら放った攻撃で死ぬことになる。きっと自分が死んだことにも気付かないだろう。

 かといって、実体弾兵器も無意味である。実体弾兵器の持つ力学的エネルギー程度では高次元多層シールドを突破できない。仮に突破できたとしてもフレニアン製エネルギー変換せんからなるカーディナルの戦闘服が銃弾の衝撃エネルギーを吸収、シールド・エネルギーに変換する。

 理論上、皆で集中砲火を絶え間なく浴びせることができればカーディナルにもダメージを与えられるが、動き回るカーディナル相手にそれは不可能だった。


「こちらからいくよ!」


 ソルヴィーツを中心にして、大規模な地震が発生。地面が割れ、ウェンデ銀河共和国軍の本部が崩れ落ちていく。さらにそこへ、強烈な風を飛ばし、逃げ出てきた兵士や将校を吹き飛ばした。加速粒子ビーム砲台や人型兵器といったウェンデ銀河共和国が誇る兵器も単なるがれきの山と化し、カーディナルの強さをソルヴィーツは見せつけた。


「さ、これで終わり」


 最高司令部の建物で傷が付いていない部屋が一つある。わざとソルヴィーツが手を付けずに残しておいたところだった。


「アンストローナ」


 彼女の呼びかけに応じてアンストローナ兵が十名、この場にゲートで現れた。銃を構えたアンストローナ兵が部屋を開け、中にいる者達を拘束リングで拘束した。ウェンデ銀河共和国の大統領とその側近らである。


「全員拘束しました、エンストーラきょう


 大統領らは自分達がこれほど早く帝国に追い詰められたことを信じることができない様子だった。無理もない。彼らが誇る軍隊も帝国の前ではたる戦力だ。


 帝国軍が採用している〈イグシアス・ドクトリン〉は次元テレポーター、ゲートによる大量戦力の投入及び即時展開を基本とした戦闘ドクトリンである。宇宙及び陸海空といった全次元で敵軍を圧倒する戦力を即時投入、敵軍を完全包囲した後、こちら側の戦力をちく補強することで持続的な戦線の維持を行い、敵軍を防戦へ強制させるとともに敵国中枢機能の無力化を目的としている。


 イグシアス・ドクトリンを実行できるのは戦力の即時大量投入と即時展開の両方を同時に行えるヴェルシタス帝国以外に存在せず、帝国軍は驚くほど短時間で効率的に宇宙、銀河、星系、惑星を征服することが可能だった。


「よくやったアンストローナ。大統領、降伏を宣言してちょうだい。宣言してもらわないと、我が軍は共和国軍兵を一人残らず、殺すことになる。ま、私はそれでも構わないけど」

「……分かった。ウェンデ共和国は降伏する」


 カーディナル、そして帝国軍の前にウェンデ銀河共和国は一日も持たずかんらくした。大統領の降伏宣言はその日のうちに共和国軍全体へ伝達され、共和国軍兵士は完全武装解除が命じられた。



〈ポルカトーガ、オルゲアス〉

「本日をもってウェンデ銀河全域はヴェルシタス帝国の支配下に置かれる。ウェンデ銀河は固有の軍隊を持つことを禁じ、宗教の信仰も禁ずる。治安維持のためにちゅうとん部隊が置かれ、全臣民には個人データの登録が義務付けられる」


 オルゲアスの首都ポルカトーガではカラーホログラムでヴェルシタス帝国国旗がけいようされ、アンストローナ兵が街中で共和国軍兵の武器を回収、破壊された建物の復元、現地の書籍やデジタルデータから衣食住、動植物、微生物、神話、伝説に関する詳細データの収集を行っていた。他にもアンストローナ兵は市民から何かの聞き取りを行ってもいた。


「民主主義、自由主義、聞こえはいいけどらくした政治家と民衆で容易たやすく壊れてしまう。自由は競争を生み、平等はこんとんをもたらす。浅はかな思想と覚悟で我々帝国に勝てると? 偉大なる皇帝陛下はお前達の国よりもはるかに長い期間、国を治められていらっしゃる。思い上がりもはなはだしい。今回の戦いにおける責任は全て、お前達の指導者、そしてその指導者を選んだお前達にある」


 問題なのは降伏後も武器を取ろうとする者がいることだ。そのような者達はかつて共和国議事堂があった広場に集められ、ソルヴィーツの前に整列させられた。いまだ敗北を受け入れられず、帝国の恐ろしさを理解していない者達である。彼らの顔には憎悪や憤怒の感情が読み取れた。


「ここにいる者達は軍人であるにも関わらず、旧最高司令官であった大統領の命令を聞かなかった、この上なく救えない者達だ。これは帝国に対する明白な反逆行為である」


 ソルヴィーツの右横には拘束された大統領、政府高官、元共和国軍将官ら。帝国の占領方針で支配を円滑にするため旧指導者層は生かされていた。


「カーディナル、ソルヴィーツ・エンストーラの名のもとに反逆者へ銃殺刑を言い渡す。アンストローナ、構え」


 処刑執行役の銃撃隊が並び、反逆者達に向けて銃を構えた。


「撃て」


 合図とともに一斉に銃の引き金が引かれた。この見せしめも兼ねた公開処刑はソルヴィーツの楽しみな瞬間であった。敗北した国の末路、おろかな指導者が後悔の念と憎悪をにじませ、苦悩に満ちた表情を浮かべる。これを間近で眺めるのが最高に気持ちのいいものだった。

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