第5話「ロステック・コロニーの怪」

5.「ロステック・コロニーの怪」アッシュ・レレイ・ソルゾ軍曹


 ロステック・コロニー(ロステック星系)


  属

  ユーヤナ・シエルトPP3309‐221

 (以下、略)星系


  属

  ラルハル・サスノスAB3525‐624

 (以下、略)銀河


  属

  ギューザン・ローケスAR0300‐001

 (以下、略)宇宙


  属

  ローケス・ユーヤナAQ007‐235

 (以下、略)インペリオーム



「ロステック・コロニー管制、応答願います。こちらは宙域しょうかいかん。どうぞ」


 三せきのゼイナートからなる宙域しょうかい艦隊はロステック・コロニーからの救難信号を受けて、ロステック・コロニーへ接近していた。ロステック・コロニーは元々、この宙域を支配していたカエストラ(キツネ系ヒューマノイド)によって建造された星間航行船用の中継拠点コロニーである。現在は医療センターとして改築、運用されており、救急患者の受け入れを行っていた。


「ロステック・コロニー管制、応答を」


 ゼイナートのブリッジでは通信オペレーターがコロニーへ呼びかけている。しかし、コロニー側からの応答が全くない。


「提督、ロステック・コロニーからの応答がありません」

「なぜ誰も出ない。海賊に襲撃されたようには見えないが」


 てっきりコロニーが宇宙海賊に襲撃されたと思っていたヴィズ提督はコロニーの外観が傷付いていないことに違和感を抱いた。コロニー全体の動力源は問題なく作動している。コロニーが救難信号を出すのはほどの事態におちいった場合だ。コロニーに何らかの事故が起こった可能性はぬぐい切れない。


「念のため、コロニーをバブル・シールドで隔離だ。オペレーター、コロニーの状態を常にモニタリング。軍曹、アンストローナを率いてコロニー内の調査に行ってくれ」

「イエッサー」


 カエストラであるアッシュ・レレイ・ソルゾ軍曹は格納庫ハンガーへ向かい、アンストローナ兵二十名とともに第一級D5兵員輸送艇コートスへ乗り込んだ。



〈ロステック・コロニー(第三ハンガー)〉

 兵員輸送艇コートスは何事もなくロステック・コロニーへ着艦。アッシュは銃を構え、周囲を確認した。


「誰もいないな。そして、誰も来る気配がない。どうなっている?」


 彼が見ている光景はゼイナートへ常時送信されている。普通、ハンガーには宇宙船を管理するエンジニアやクルーがいるはずだ。軍がコロニーへ来たというのに関係者が誰一人様子を見に来ないのも不自然だった。


「軍曹、このハンガーには誰もいません」


 アンストローナ兵も付近に誰もいないことを確認した。第三ハンガーは驚くほど静かだ。耳に入ってくるのは空調システムの音ぐらいだ。


「四名はここに残れ。あとは先に行くぞ」


 警戒しつつアッシュは通路のドアに近づいた。本来は自動で開くはずなのだが、ドアは開かない。


「ロックされている」


 左腕の端末からケーブルを伸ばし、ドア・コンソールへ接続。セキュリティ・コードを解読してロックを解除した。


「何かあったのは間違いないようだ」


 目の前に広がる通路は明らかに損傷を受けていた。塗装ががれ、様々な箇所が欠けている。銃撃戦とは考えにくいが、争いのこんせきであるのは間違いない。


「エントランス・ホールへ向かう。警戒をおこたるな」


 細心の注意を払いながらアッシュは先頭を進む。



〈エントランス・ホール〉

 エントランス・ホールにはコロニー関係者のものと思われる衣服が散乱しており、受付台、待合室などもひどく荒れていた。コロニー内の案内ホログラムも欠落しており、異様な光景だ。警備室も壁が破壊されて、室内が見えていた。


「嵐が過ぎ去ったかのようだ。アンストローナ、保安システムへアクセスしてみろ。何か分かるかもしれない」

「イエッサー」


 アッシュに命令されたアンストローナ兵一人が警備室の中へ入る。


「軍曹、最新の保安記録を見ることができます」


 保安システムにアクセスしたアンストローナ兵はコロニーの保安記録ファイルを見つけ出した。


「見せてくれ」


 アッシュは画面をのぞき込んだ。


〝第一治療室にて異常発生〟

〝非常事態プロトコル発動〟

〝コロニー封鎖を実施〟

〝救難信号を発信〟


「こいつは……」


 状況は非常によろしくない。無数の宇宙を治めている帝国では様々な生命体を確認しており、有害生命体と認定された生命体も数多く存在している。特に攻撃的で環境や臣民に多大な被害が予想される生命体は危険生命体に分類され、帝国のデータベースにまとめられている。


「提督、コロニーにスティグレイが入り込んだようです。必要な情報を収集後、すみやかに退避します」

『分かった。くれぐれもしんちょうに』


 危険生命体の一種であるスティグレイは多種多様な有機生命体へしんしょくし、寄生するヒドラ型寄生生命体である。しんしょくされた有機生命体は細胞に変異を引き起こし、身体が半液状化、新たなスティグレイが出芽する土壌となる。


「アンストローナ、スティグレイが侵入した経緯を調べるんだ。医療カルテを探せ」

「イエッサー」

「残りは生存者がいないか見てこい」

「お任せください」


 スティグレイは一体でも文明を滅ぼせるだけのきょうとなりうる。再生能力に優れ、宿主となった有機生命体の記憶を取り込み、知識を習得。帝国は星間航行できるような文明であっても、スティグレイによって滅ぼされた文明を数多く見てきた。


 ただし、ヴェルシタス帝国は違った。帝国が誇るアンストローナ兵は完全な有機生命体ではない。スティグレイにとってアンストローナ兵は寄生できないやっかいな存在だった。スティグレイの危険性を重大視した帝国統治院は軍に命じ、彼らの母星〈オウルハウ〉を反物質兵器によって完全に消し去ったのであった。


「軍曹、スティグレイはバスチール発セルトナン星系行のコルベットから救急搬送された患者に寄生していたようです」

「急いでデータを衛生局と保安局に転送だ。スティグレイはこのコロニーを狙ってもぐり込んだ可能性もある。コロニーは惑星よりも警備が手薄だからな。連中は帝国をうらんでいる」


 寄生生命体とはいえスティグレイにも知能、そしてプライドがある。帝国によって母星を消されたスティグレイは細々と生きながら、帝国領内で同胞を増やそうとしていた。ただし、高度な医療技術を持つ帝国領内で軍関係者に見つからず、増殖するのは彼らにとって至難のわざであった。実際、今でも帝国では衛生局を中心としてスティグレイの徹底駆除に努めており、スティグレイによる社会的混乱を起こした星は存在しない。


『軍曹、どこの区画にも生存者はいません。スティグレイの姿も見えません』


 生存者の捜索部隊から連絡が入った。


「コロニーには相当数の職員がいたはずだ……スティグレイも数を増やしているはず」


 アッシュは嫌な予感がした。


「しまった! 我々は罠にかかった! アンストローナ、すぐにハンガーへ戻るぞ!」


 すぐに銃を構え、周囲を確認するアッシュ。

 それを合図にしたかのように半透明状の触手を生やした元コロニー職員の肉体が続々と配管や空調システムからすべり落ちてきた。


「こいつは罠だ。コロニーから救難信号を出したのはスティグレイだ」


 アンストローナ兵とともにレーザーを撃ち、後退していく。


「狙いは非アンストローナの俺だ。くそっ!」


 帝国軍のほとんどはアンストローナ兵で構成されているが、アンストローナではない一般兵もいる。スティグレイはそれを狙っているのだ。軍内部で増殖し、帝国に損害を与えようとしている。


「軍曹! 背後は危険です! かいしましょう」


 第三ハンガーへ繋がる通路はスティグレイで埋め尽くされている。ここを突破するのは不可能だった。


「第二ハンガーへ急げ。船を第二ハンガーへ回してくれ」


 迫り来るスティグレイの集団を避け、別の通路へと走るアッシュ達。生存者を捜索しにいったアンストローナ兵と合流し、第二ハンガーに続く通路を進む。

 天井からスティグレイが染み出してきていた。おそらく、コロニーはすでにスティグレイによって支配されている。コロニーの生存者は残念ながらいない。


「軍曹、援護します」


 アンストローナ兵がアッシュの側面と背後を囲み、防御陣形を展開。スティグレイの奇襲からアッシュを守る。通路は半液状のスティグレイが触手を伸ばし、行く手を塞ごうとしていた。


「くそっ!」


 触手へ向けレーザーを撃つと、スティグレイは大きくひるみ、道が開けた。


「軍曹! こっちです!」


 第二ハンガーへ到着したアッシュはアンストローナ兵が守る兵員輸送艇コートスへたどり着いた。スティグレイが迫る中、残るアンストローナ兵もコートスへ搭乗し、コートスはすみやかに離陸、第二ハンガーをった。


『軍曹、聞こえるか? 君らが安全圏に退避した後、エリミネーターを発射する』

「了解です、提督」


 コートスがコロニーから十分な距離を確保すると、ヴィズ提督が搭乗しているゼイナートから一発のミサイルが放たれた。このミサイルは反物質兵器に分類されるついしょうめつ弾頭〈エリミネーター〉だった。

 エリミネーターがロステック・コロニーへ命中すると、弾着箇所から徐々にコロニーがついしょうめつ反応を起こし消えていく。コロニーもろともスティグレイを完全に駆除するための対応だった。


「残念だ」


 三秒ほどでロステック・コロニーは影も形もなくなった。

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