花園の女王蜂③
ここからは、生きている俺達のエピローグだ。
「お腹が空いちゃった。ファミレスでチョコレートパフェが食べたいわ」――などとぬかしやがった咲弥のワガママに折れて、最寄りの適当なファミレスに入店した。
「チョコレートパフェ一つ、お願いしまーす!」
「……ドリンクバーを一つ」
「あ、ボクもドリンクバー!」
「じゃあ、ドリンクバー二つで」
……適当な上着に着替えたせいで、より一層パパ活臭くなり、痛い視線を気にしないようにして注文する。
「遠野綿花の話は本当?」
消去法で選択したコーヒーを啜っているところで、咲弥はそんな疑問を呈してきた。
「半分本当」
「つまり、半分嘘?」
「そりゃそうだよ」
「うっわぁ~」
草薙さん曰く、母親から来栖五百奈を慕っていた話は聞けたらしいが、あくまでそこまでだ。結果的に洗脳フェロモンを
俺が咲弥をどう思っているのか、草薙さんですら全容を掴めないのだから、真実は藪の中から出てこない。
「半分は本当だからいいだろ」
「半分は嘘じゃない。嘘つき」
「半分、な」
苦々しい顔をして、口直しにチョコレートパフェをかき込む咲弥。
真実はさておき、彼女が病んだ果てに自ら親愛もなにもかもかなぐり捨ててしまった事実は、揺るぎようがない。その果てに、洗脳フェロモンという『変質』と、年かさの増した女性の生きづらさという『病因』を有するようになってしまったのは、大層皮肉な話だが。
――「やっぱりあたしが選ばれた人間だってことじゃない!」
歓喜の勝利宣言に含まれた、一連の発言がどうにも気にかかった。それが【エス】を引き起こす、重要な秘密に関わっている気がするような。
……とはいえ、それも改めて問いただすことはできない。彼女はもういないのだから。
「人間なんて永遠じゃないんだから、大切な気持ちなんてもっと早くに伝えておくべきなんだよ」
生きているのが苦しいとか、
あの人が好きだとか、
……助けてほしいだとか。
「へぇ、ならボクも伝えておこうかしら」
舌なめずりをしながら咲弥はチョコレートのように甘ったるい声で、
「ボクはヤマトに嫌われたい」
「そうかよ」
「ボクはヤマトに憎まれたい」
「そうかよ」
「ボクはヤマトに――殺されたい」
「そうかよ。なら老婆心ながら言ってやるけど――」
意趣返しとばかりに、これ以上なく神妙な顔つきをして。
「――そのチョコレートパフェ、イチゴ入ってるぞ」
「えっ!?」
指し示したのは、グラスの中ほど。
スプーンは目前まで迫っていたとあって、咲弥の渋面は輪をかけて酷いものだった。
カルボナーラベーコン抜きよろしく、こいつは肉食を忌避しているのだが、それだけではなく、イチゴも嫌いらしい。一般論なら甘酸っぱくて旨いが、当人曰く、「赤くてぐじゅっとしたところが生理的に受け付けない」とのこと。「じゃあトマトも嫌いなのか」と聞いてみたことがあったが、加熱されている分には平気らしい。ケチャップなら大丈夫だという、よくある主張だ。
「その矛、今日のところは収めるって言うんなら、俺が食べてやってもいいぞ」
「ぐぬぬぬ……」
人間が本当に困った時、「ぐぬぬぬ」ってマジで言うんだな……。
しばらくの間、「チョコレートなら、普通はバナナでしょ」だの「イチゴパフェが他にあるんだから、イチゴは余計でしょ」だのと葛藤を繰り広げていた。しかし、食べられないものをこのまま放置するのも据わりが悪かったらしく、行儀と育ちのいい咲弥はとうとう折れて、パフェグラスを俺へと押し付けた。
「なーんで嫌いかねぇ」
イチゴが好きそうな顔してるくせに……というのは
「好きなものが人それぞれ違うなら、嫌いなものも人それぞれ違うのは道理でしょ」
「そりゃそうか」
一般論という蜘蛛の巣に囚われて、そんな当たり前の道理も忘却してしまっていたのが、来栖五百奈だったのだろう。
生クリームとチョコレートソースに
一般論どおり、甘酸っぱくて旨い。
「というか、人の食べたものをそのまま食べるって、抵抗感ないの?」
「あったら食ってねぇだろ」
「それもそうね」
ふふふふ、と咲弥が屈託なく笑う。
その笑みがあまりにも年相応に甘いもので、俺は後味をコーヒーで流し込んだ。
◇
「人間なんて永遠じゃないんだから、大切な気持ちなんてもっと早くに伝えておくべきなんだよ」――なんて、どの口で言っているのだろう。
恋人の仇を前にして、殺意も憎悪も口にしていない俺が。
「…………っ」
苦々しく唇を噛んだのは、コーヒーカップに隠れて誰にも見えなかった。
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