花園の女王蜂①



「――そもそも、ボク達は最初から間違えていたのよ。まあ、探偵でもないんだから、素人考えが誤ってても当然だけど」


 壇上に上がった咲弥は、踊るように推理を謳う。


遠野綿花クラスメイトの自殺。そして、吸血鬼の存在を知らせる告発文。おそらくは血を吸った現場を目撃して、脅迫を恐れて自他を守るために自殺した……あるいは、口封じに殺された」


 それが始まり。

 そこまでは、そう間違ってはいまい。


「吸血鬼と聞いて、動揺すら見せなかったクラスメイトの中に、犯人たる吸血鬼がいる――そう、思ってしまったの」


 問題は、ここからだ。

 遠野綿花とは幼馴染で、同じ中学入学組リーダー格の墨染薫。高校入学組リーダー格の織田澪子。


「違和感を覚えたのは、フジワラ・シキがハツネの家を襲撃する……なんていう暴挙に出た時」


 ……そして、織田澪子の後輩で同じ陸上部所属の藤原紫貴。彼女が乱入したため、俺達は『犯人はやはりクラスメイトか、その関係者』だと思い込んでしまった。


 いやはや、恥ずかしくなるぐらいに、浅慮がすぎる。

 とはいえ、吸血鬼がこのことを見越して采配を行ったかは不明だ。それくらい、場当たり的な犯行だったと言わざるを得ない。


「犯行時刻は、学校の昼休みだった。欠席していた織田澪子はさておき、墨染薫が学食を利用していたのは、目撃証言が取れてるわ。それも複数ね」


 『証言者を金で買った』『「全身変質」タイプの【エス】なら、わずかな時間で往復が可能だ』などと言われては立つ瀬がないが、さりとて人の口には戸が立てられないし、人の目に蓋をすることもできない。現代の監視社会は、完全に逃れるのは難しい。


「アンタが体調不良を理由に学校を早退していてるのは、証言は元より、記録が立証してくれてる……でも、これだけじゃ証拠は足りない」


 アリバイがないだけでは、犯人と断定することはできない。


「死人に口なし。ボクを吸血鬼スケープゴートにして殺すつもりだったんだろうけど、失敗して馬脚を露した形になっちゃったわね」


 そう、暴挙に及んだことではなく、暴挙に及べたこと――それがなによりの証拠だった。


「ボクがハツネの家にいるなんてことが分かる人間なんて、クラスメイトにいるはずがないのよ。だって誰にも話したことなんてないんだから」


 自他共に認める爪弾き者が、そんな込み入った事情を……ましてや、入り浸っている家の主が車椅子ユーザーで配信業を営んでいるなど、話すはずがない。「もっと早くに気づくべきだったのにね」と咲弥は悔しがる。

 これが一つ目の証拠りゆう


「そして吸血鬼【エス】は、フェロモンで誘惑した生徒を少しずつ捕食して、快楽物質で口封じを行っていた。半ば麻薬じみた依存性もあったのかもしれないし、織田澪子の口振りからして、それ以外にもリップサービスを重ねていたようだけどね」


 「永遠に若く、永遠に美しく、永遠に過ごせる楽園を貰える」――そのようなことを、織田澪子は言っていた。「同じ吸血鬼になれる」などと、うそぶいていたに違いない。


 だが一つネックがある。教祖にカリスマ性が求められるように、この吸血鬼も、魅了に説得力を持たせられる存在でなければならない。それがもう一つの証拠りゆう


 ……そして、俺達は密告を受けており、そして相手と対峙して、ハッキリと確証を得た。

 眉間にツンと来るほど充満した、あの匂い。フェロモンの香りが、目の前の人物から漂ってきている。追い詰められた緊張からくる発汗か、確認するまでもなく雄弁な語り口に、推理が佳境に差し掛かっていることを知る。


「じゃあじゃあ、まとめましょーか!」


 咲弥は景気よく手を打つ。


「『ボクがハツネの家にいると知っている、あるいは調べられる人物』『藤原紫貴の一件の際、アリバイがない人物』――そしてなにより、『吸血鬼であるという嘘すら実を持って語れる人物』」


 それこそが、吸血鬼の正体。

 「永遠に若く、永遠に美しく、永遠に楽園で過ごせる」などという売り文句を、


 犯人は墨染薫でも織田澪子でもなく、ましてや藤原紫貴や、遠野綿花などではない――「ねえ、そう思うでしょ?」


 猫撫で声で振り返りながら、咲弥はけだものじみた笑みを浮かべる。


「――


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