合同親睦会 第3話、第4話

 駅のすぐ隣にあるアーケー街の一番奥、徒歩二分の所にカレー屋はあった。外観は、よく言えば趣のある老舗。悪く言えばただただボロい老舗。そんなカレー屋さんに如月さんが先導して入り、ドアに付けられていたベルを鳴らした。

 

「いらっしゃい」

 

 いかにも店主と思しき白髭を生やした老人が僕らに向かってそう言った。その老人は僕らを席に案内することはなく、カウンターの奥で何やら作業をしていた。カウンターが邪魔で何をしていたのかまでは見えなかった。

 如月さんは右に左に首を向けて右側の奥の席、外がよく見えるガラス張りの窓が隣にある席に僕らを案内した。ここからの景色が海や木々が見えるならいい席を取ったと言いたいのだが、ここはアーケード街の中で、しかも一階だ。窓から見られる景色は、ただのアスファルトとたまに歩く人や犬。それだけだった。

 そんな席に僕ら男子は、窓に背を向ける形で座った。一番奥は岡澤君が座り、その隣は中村君、そして中村君の隣に僕が座った。僕の正面には相澤さん。中村君の正面には山河内さん。岡澤君の正面には堺さんが座り、余った如月さんは僕の左斜め前。椅子だけ用意してもらい、はみ出す形で座った。

 

「これメニュー表。決まったらまた呼んで」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 白髭の老人は僕らのテーブルに水とメニュー表を運んできた。二冊のメニュー表を受け取った如月さんは、一冊を僕にもう一冊を相澤さん渡した。

 なるほど。男女で一冊ずつ見ろということか。

 僕は無言で中村君の前にメニュー表を広げた。岡澤君もそれを察したようで前屈みになってまじまじとメニュー表を見ていた。僕も中村君もどちらも我が強い方ではない。だから、メニュー表は岡澤君がほぼ独占状態になっていた。

 

「そう言えば、歌恋はメニュー表を見なくて大丈夫なの?」

 

 山河内さんが素朴な疑問を口にしていた。

 

「私は常連客なので、何を食べるのかもう決めていますのでみなさんで見てください」

 

 さすが常連客。さっきから岡澤君は、何度も何度も同じページを行ったり来たりしている。中村君もページをめくるたびに右に左に顔を動かしている。そう、ここのカレー屋メニューが多い。これだけメニューが多いのにメニュー表も見ずに決めるとは、常連客でなければなしえない技。その証拠に、女子も誰一人決まっておらず、悩んでいるようだった。そんな中僕は何にするか決めた。たまたま視界に入っただけだけど、山河内さんの後ろの壁に貼られているポスターの揚げ野菜カレーに一目惚れをした。

 

「みなさん。何にするか決まりましたら私に言ってください。代表して伝えてきます」


 如月さんがそう言うので、僕はみんなを置いて一人先抜けた。

 

「僕は揚げ野菜カレーで」

 

 一番初めに言ったのに、何故か如月さんには睨まれた。

 

「ほんなら、俺はエンビフライカレーにするわ」

 

 そんなメニューあったけ? と頭を捻れせていたが、僕以外の特に女子は皆分かっているようだった。

 

「懐かしね。おばあちゃんがエビの尻尾を食べてむせるやつだよね。あれ、タイトルなんだっけ? 真咲なら分かるんじゃない?」

 

「うん。覚えているよ。三浦哲郎の『盆土産』だよ。私は中二の秋に習ったよ」

 

「私も同じくらいの時に習ったよ。ねえ歌恋」

 

「碧ちゃん。私たちの友情は中三の秋からですよ。私は中二は県外だったので、もう少し早くに習った記憶があります」

 

「私は碧ちゃんと同じ時に習った。と言うか同じクラスだったし……」

 

「懐かしいね。一花ちゃんのギャップには驚いたよ」

 

「途中から転校して来た私もあれには驚きました。学校では完璧で優等生なのに、私生活がこんなにも体たらくとは思いませんでした」

 

「だよね。私もそれまでは話しかけずらかったけど、案外面白い子で話しかけやすくなったよ」

 

「もう、その話止めようよ。恥ずかしいよ」

 

「そうですよ。話してばかりではなく、メニューを決めてくださいよ」

 

 女子の方は会話がかなり盛り上がっていたが、男子は誰も話すことはなかった。

 

「私、チーズナスカレー」

 

「碧ちゃんがチーズナスカレー……。他の方はどうですか?」

 

 如月さんは急に皆を急かし始めた。男子で唯一決まっていない中村君はメニュー表を立ててずっと睨めっこをしていた。

 

「私のおすすめは温野菜カレーです」

 

 如月さんはさらに急かす。

 

「じゃ、じゃあ、僕は温野菜カレーで」

 

 これで男子は全員決まった。あとは、中村君同様に頭を抱えている堺さんと何を考えているか分からない相澤さん。

 

「じゃあ、私はナスカレーにする」

 

 相澤さんが決まり、あとは堺さんだけになった。

 

「歌恋ちゃん?」

 

「はい、何ですか?」

 

「チーズカレーとシンプルなカレーとベーコンエッグカレーで悩んでいるのだけどこの中ならどれがおすすめ?」

 

 如月さんは珍しく悩んでいた。顎に手を当てて俯きながらに考えていた。でも、確かに悩むのも分かる。実物は見ていないけど、名前を聞くだけで美味しそうだ。たったの三択だけど、選択するのがこれほど難しい三択が今まであっただろうか。さて、如月さんは何を選ぶのだ?

 

「私のおすすめは、チーズカレーです。モッツァレラチーズ、ゴーダチーズ、チェダーチーズ、パルメザンチーズと拘った四種のチーズを使ったカレーです。そのチーズがとろけてカレーと合うんですよ」

 

「歌恋ちゃんがそこまで言うのなら、私はチーズカレーにする」

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