出会いの形は最悪だ 第13話、第14話

 朝から彼女の影響でいいことが一つも起きていない。ここまでの厄日は初めてだ。このまま穏便にことを済ませたいけどそうはいかないらしい。

 

「もう一度そこのユー。ユーは、宇宙の星の中でどの星が一番好きかね?」

 

 乃木先輩は、適当な理由でこちらに来た僕を見透かしているのか、僕が何よりも答えづらい質問を繰り出した。

 適当にあしらいたいけど、僕が知っている星の名前なんて高が知れている。有名どころを答えるだけじゃなんとなくこの部に来たことがバレる。適当だけどテキトーじゃない回答。

 

「シ、シリウスで、です……」

 

 夏の大三角はどれも有名だから避けたとはいえ、それ以外に知っている星なんて冬の大三角しかなかった。

 テキトーに言ったことがバレるのも時間の問題だと思ったけど、乃木先輩の反応はそうではなかった。

 

「おおいぬ座のシリウスか〜。君案外いい線をつくね! シリウスいいよね! やっぱり星を見るなら季節は冬だよね! 冬の大三角と言えば、みんなオリオン座のベテルギウスのことばかり語るけど、太陽を含めなければシリウスが一番明るい星なんだよね! ベテルギウスとプロキオンに比べると小さい星だけど、太陽よりも大きくて何より名前がかっこいいよね!」

 

 乃木先輩の話は早口で、しかも語尾に“ね”がつきすぎて碌に頭に入ってこなかった。だけど、僕を注視しながらすごく同意を求めるような視線を送ってくるから、首を上下に相槌は細やかに打っていた。

 乃木先輩の真剣な話を笑う奴は流石にいなくて、今回ばかりは火傷を受けずに過ごすことができた。だけど、僕のことを揶揄うのは乃木先輩だけではなかったのだ。

 

「へえー、シリウスが好きなんだ。一番明るくて綺麗な星だもんね。やっぱりロマンチストなんだね」

 

 しっかりと聞こええていたけど、あたかも聞こえていないような反応をとって山河内さんのセリフは無視した。そのことに関して。山河内さんは何か行動を起こすことはなく、地学部の部活紹介も無事に終わったのであった。

 地学部の部活紹介が終わった途端、僕の隣の席の山河内さんの席には人だかりができていた。そんなこともあって僕はわざわざこの人だかりをかき分けて地学部の部室から出たのだ。何かに巻き込まれる前にさっさと帰ってしまおう。そう思っていたけど、今日の僕は何かと絡まれる運命のようで、どうやら僕は彼女に待ち伏せされていたようだ。地学部の部室を出てすぐの角を曲がったところに彼女はいたのだから。

 

「同じクラスの中田大智さんですよね。ちょうどいいところに、少しお話がしたいので途中まで一緒に帰りませんか?」


 どうしても帰りたい僕は、適当な言い訳を並べた。

 

「今日は料理当番だから早く帰らないと」

 

「まだ五時前です。時間は裕にあるのではないですか?」

 

「そうでもないさ。僕の家は夕飯は五時半からという決まりがあるからね」

 

「ご両親は共働きでどちらも六時前に帰ってくるとお聞きしましたけど、妹と二人でご夕飯ですか? その妹も部活が忙しくて帰るのは一番遅いはずですよね」

 

 言い返す言葉はいくらでもある。だけどそれができなかったのは、単純に彼女が気持ち悪かったからである。

 僕らは今日が初対面のはずなのに、何故彼女は僕の個人情報をそこまで知っているのだ?

 

「いくら考えても答えは出ないと思いますよ」

 

 僕は昔から顔に出やすいとよく言われていたが、そこまで考え込む仕草や表情を浮かべたつもりはない。ただ単純に彼女の言動に引いていたのだから。

 

「では、私が代わりに正解を発表しましょう。何故、私が中田さんの個人情報をここまで知っていたのかと言いますと、その犯人は佐古さんです。佐古さんから全て聞きました」

 

 全く予想していなかったが、佐古ならやりかねない。何よりその回答は僕が一番納得できるものだ。

 

「それで話って何?」

 

「おやおや、やっと話を聞いてくださる気になりましたか」

 

「ええ、まあ、不本意ながら」

 

「そんなことを言ってもいいのですか? 佐古さんから聞いた中田さんのお話を十分までに語ってもいいのですよ?」

 

 彼女のことを名前しか知らなかった僕は、今日彼女について一つ分かったことがある。彼女は、如月歌恋は敵に回すと厄介だということ。ああ、それと性格が悪いというところも付け足しておこうか。

 樹のバカは一体何を喋ったのだ。隠したくなるような秘密はないとは思うけど、彼女のその不穏な笑みを前に自信なんてものはない。

 

「それよりも話があるのじゃなかったのか。時間に余裕があるのは確かだが、僕だって帰ってゲームの一つでもしたいものさ」

 

 どんな話をされるのか分からないけど、曲がり角でする話ではないのは確かだ。大した距離ではないけど、僕らは渡り廊下の窓から外を望むように隣に並んだ。

 

「……なんで何も言わないのだ?」

 

「こんなに綺麗な夕日を前に無駄話なんて必要ですか? 綺麗だと思う心は人それぞれですが、私は一方の豪快な夕焼け空と宵の始まりである紺色の空の間に僅かだけ現れる薄紫の空が一番好きなんです。芸術的で幻想的な言葉で表すのが難しいところも魅力だと感じています」

 

「そんな話をするためにわざわざ呼び止めたのか?」

 

「いいえ違いますよ。まあ、話と言われまして無駄話であることには変わりないのですけどね」

 

「帰る」

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