フェイタリズム
倉木元貴
出会いの形は最悪だ
出会いの形は最悪だ 第1話、第2話
桜の花びらが舞う道中。初めて会った君は道行く人の視線を早くも集めていた。
一目惚れ。そんな簡単な言葉で片付けてはいけないほど、僕の心は大きく波打っていた。
それともう一つ……新入生という言葉を具現化したように、大きな意気込みが……というか大きな腕振りに、力強い踏み込み、ワクワクとした感情が全身から溢れ出していて、笑いの的としても注目を浴びていた。
僕はその真後ろを歩いていて、面白おかしく笑いそうになるが、よく考ええろ。ただ道を歩いているだけなのに、ニヤけながら歩いていたら初日から変人扱いされかねない。目の前に注目の的がいるのだから、僕も視界の隅には入っている。できるだけ平常心を貫いて、不思議そうな顔を浮かべよう。
そう思っていたけど、ダメだった。実際に見たわけじゃないから正確なことは言えないけど、笑いを堪えきれずに吹き出す寸前まで行っていたのが自分でも判った。と言うか、笑いを堪えていたせいで横腹が痛い。
一瞬だけ目を瞑り大きくあくびをしている時だった、前を歩いていた女子が視界から消えていたのだ。これが漫画や映画ならば(良い子は真似しないでね)なんてテロップが表示されるかもしれないけど、人生はそうはいかない。確かに余所見をしていた僕も悪いけど、川の流れのように絶え間なく動く人波の真ん中で立ち止まるのにも非はあると考える。
具体的に何があったのかというと、僕が余所見している間に前の女子は何か落とし物をしたらしく、しゃがみ込んでいたのだ。タイミングは最悪。右足を一歩踏み出していた僕には躱すという選択肢以外選べない。でも今、僕の右足は地面を離れて空中だ。これはもう中学の時に陸上部で培った左足に賭けるしかないな。
僕は右足を踏み出したところで、一秒にも満たない時間停止して、左足を挫きそうになりながらギリギリのところで衝突を回避した。
「あー、危ない。ごめんねー」
咄嗟の判断だったとはいえ、よく回避できた。本当に危なかった。入学初日から女子を蹴ったなんて噂になれば、下手をしなくても退学。最悪警察や裁判沙汰に……。はあー、いきなりこんな事件があるなんて幸先悪いな。これからの僕の高校生活、大丈夫かな?
入学初日にも関わらず、僕には心には、不安の文字しかなかった。
やっとの思いで靴箱に着いたのはいいものの、心臓の鼓動は近くにいる人にも聞こえているのでは? と疑いたくなるくらい胸で響いていた。それに、あちらこちらで行われている会話に紛れて、さっきの僕を見て噂を広めている奴がいないか不安で、奇妙に視線を感じている。気のせいだと分かっているけど、一度気になったらお終い。廊下を歩いている時もずっと見られている気がして寒気までも感じていた。 教室に着くと、入った瞬間に全員の視線が一気に僕に向いた。ただその視線は一瞬で散開した。偵察というか、どんなやつが来るかみんなが気になっているだけの注目だ。そうと分かっているけど、さっきの一件があった僕にはその視線は痛かった。背筋が凍りそうな勢いの寒気に襲われた。
はあー。僕のこれからの高校生活、本当に大丈夫なのか?
自然と漏れていた溜息を、一番と言っても過言ではないやつに聞かれてしまった。
「よう! 大智! 溜息なんて吐いてどうしたんだ? 相変わらず朝から暗いな!」
このやけに明るくてバカなやつは中学からの同級生、佐古樹。悪いやつではないのだけれど、バカ全開のペースに付いていけない時だけはしんどい。特に、朝イチと放課後、それに疲れている時。
「大智おはよう。入学早々樹に絡まれているんだね。災難だね」
明るいバカとは正反対のこの落ち着いた雰囲気、正真正銘のバカである樹を唯一自分のペースに巻き込むことができる樹の幼馴染、うちの中学じゃサッカー部のエースだった小南綾人。こんなベストタイミングで現れてくれるなんて救世主呼ぶ他ない。
取り敢えず自分の席に荷物を置いた二人は、僕の机を囲うようにに集まった。
「なあ、そう言えば、大智さっき知らない女子と話してなかった?」
突然何を言い出すかと思えば、さっきの樹に見られていたのか。これは少しまずい。いや、大分まずい。こいつバカなんだけど、昔から妙に勘だけはいいのだ。索敵能力というのか、同じ部活だったけど、顧問の先生が隠れながら姿を現しても必ず気付いていた。たとえ物陰に隠れていようとも、何故か樹が見つけていた。そのおかげで何度も救われたけど、まさかここで足を掬われるとは。でも大丈夫だ。万策尽きたわけではない。何度も言うがこいつはバカなのだ。適当に誤魔化せばそれを信じる。問題があるとすれば綾人の方だろうな。普通に頭が良くて顔もいい。幼馴染の樹のことを一番分かっているやつだから全く信じない、と言うことはないだろう。綾人が信じそうな嘘……
「ああ、落とし物していたみたいだから、大丈夫って声をかけてみただけだよ。そしたらそいつ、すっごい顔で睨みつけてやんの。怖いから何も言わずに慌ててやって来たってわけだよ」
名も知らないどこかの女子ごめん。心臓の音が煩すぎて、頭がちゃんと回らなかった。
「なーんだ、つまんねえの。大智に春が来とたのかと思ったのに」
「大智に僕より先に春が訪れるなんて絶対にないよ」
「確かに。大智女子と話せないもんな」
誤解だけは解けたようだけど、何だろうこの気持ち。二人に笑われるのは慣れているのに過去一番にムカつくし、心が傷つく。
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