向谷栞はビビらない2



「……へぇ、なるほどね。カツアゲから生徒を守って、その時の所持金の1割を報酬として受け取る……。なかなかいいアイデアじゃない」

「だろ?」



 向谷は椅子に座りながら頭のてっぺん付近の角髪を取り戻したリボンで結わいて整えている。どうやら頭にリボンが戻ってきたことでいつもの強気を取り戻したらしい。そんな強気を取り戻した女の前には先ほど不良を蹴散らした男、俺たちと同じ高校、翡翠高校2年生の大野おおの海翔かいと先輩がいる。



 一時はどうなるかと思ったが、どうやら大野先輩は話を聞こうとしない向谷に対し敵意がないことを示すためにスマホを蝶々結びでプレゼントみたいにして返すという奇抜な行動をしたらしい。いや、敵意がないことを示すにしてもそうはならんだろ、普通。



 そんな先輩のぶっとび行動で、逆に冷静さを取り戻した向谷を連れて俺たちはとりあえず思考部の部室へ戻ってきた。本当はさっさと帰りたかったのだが、先輩が向谷と話がしたいと言ってスマホを返してくれなかったのだから仕方がない。付き合うことにした。



 ここへ来るまでの間、リボンを失った向谷は、「ん、ねぇ……ど、どこに行くのよ? ……ま、まさか……く、組の事務所……とかじゃない……でしょうね?」とかビビりまくって俺と多野さんの腕にしがみついていたが、ようやくここまで連れてきた。まったく、リボン1本ないだけでこのヘタりよう。こいつはどんな身体してんだか。おかげで外はすっかりと日が暮れている。



「ゆくゆくはこのカツアゲビジネスで会社を立ち上げて、全国の中高生を雇おうと思ってるんだが……どうだろうか?」

「ふぅむ……」



 そんな目の前の2年生。どうやらこの人も向谷に負けず劣らずの変わり者らしい。先輩は先ほどのカツアゲまがいの行動を、カツアゲビジネスと名付けてビジネスであると主張し始めたのだ。説明を受ける向谷の首がかしげる。



「どうだろうか? 俺のこのビジネス、成功するだろうか?」

「そんなこと……なんであたしに聞くんですか?」

「いや、お前ここの部長なんだろ? なんつったっけ……その」

「思考部です」

「そう、思考部。この思考部をカツアゲビジネスのための部屋として提供してもらおうと思ってな……」

「は、はぁ!? そ、そんなこと勝手に――ひゃん! や、やめてぇ……り、リボンにさ、触んないでぇ……」



 なんと先輩はこの場所を先ほど行っていた非合法にしか見えんカツアゲビジネスの拠点とするとのこと。もう色々めちゃくちゃで突っ込むのも面倒なので俺も多野さんも会話には一切参加していないのだが、向谷だけは椅子から急に立ち上がり果敢に先輩に詰め寄ろうとする。が、すでに弱点であることがばれた髪を結わいているリボンを握られて急にしおれた。



「俺はこのカツアゲビジネスで世直しをする」

「世直し? ひゃ、ひゃぁん!」

「そうだ。カツアゲに困っている学生たちを救ってその一部の金をもらう。カツアゲからも救って金も儲かる。最高のビジネスだろう? その金を使って俺は他校にも拠点をつくって全国にこのカツアゲビジネスを展開していく……」



 表情1つ変えることなくリボンを強く握りしめたまま、目の前でふにゃん、としおれている向谷に淡々と言葉を続ける。



「び、ビジネス……として……ぜ、全国……に? ……ちょ、ちょっと……その話、詳しく……聞くから、手ぇ、は、放して……ふゃあんっ!」



 しおれた向谷は必死に声を振り絞っている。そんな向谷の言葉を聞くと先輩はリボンから手をパッと放した。



 それから先輩は自身の考えるビジネスモデルを向谷に語り始めた。先輩の話によると学生時代にカツアゲという恐喝を行っている不良学生たちを社会人になる前に殲滅せんめつするというのが、このビジネスの主たる目的らしい。



 そこで得られたあくまでとして巻き上げた金は会社の維持やカツアゲを行っていた不良学生たちの雇用、不良学生の更生のための施設建設などに使うのだという。聞いてみるとなかなかに悪くないような気もする。



 不良学生を懲らしめ、そしてまっとうな道へと更生を支援する。どちらかというと企業というよりもNGO、NPOに近いのかもしれない。俺の隣の多野さんもいつものように「はぇ~」て感じで先輩の話を聞いている。



「……なぁんだ。なんか……微妙なビジネスね……」



 そんな中でただ1人。退屈そうな目をしてその語られたビジネスモデルについて感想を述べていたのは向谷だ。



「微妙? 俺の考えたビジネスのどこか微妙なんだ? 言ってみろ……」



 自分のビジネスモデルをコケにされた大野先輩も心穏やかではないのだろう。再び右手が向谷のリボンに狙いを定めている。



「だって……なんか儲からなさそうだし。つまんなさそうですもん! どうせならその不良学生たちを集めて組でも作ったらいいんじゃないかしら?」

「組……?」

「そっ! それで大企業の用心棒になって厄介ごとから大企業を守るの! で、その大企業が巻き上げられそうだったお金の1割を拝借する。どう? 手法は先輩の考えたカツアゲビジネスの規模を大きくしただけです!」

「なるほど……カツアゲみたいなことをされてる企業を守る用心棒……か」

「あっ、そうだ! 実はあたしもRTCって企業を立ち上げようと思ってるんで良かったらあたしのとこの用心棒になりません?」

 


 ――は? 今、こいつなんて言った? この人を、思考部に入れる、だと?



 おいおいおいおい、何をいいだすんだこいつは。用心棒っつってごまかしているけど早い話それって反社みたいな組織じゃねぇか。組って言っちゃってるし。さっきまでお前が「屈しません!」、とか言ってた組織とニアリィイコールだろ、それ! 今のこのコンプライアンスとか言う横文字を毎日見聞きする昨今。どこの世界でもそんな繋がりがあったら1発アウトなんだよ。



 そんな関係が露見ろけんすれば、たちまち週刊誌に掲載されて終わりだ。〖独占スクープ!! 新進気鋭しんしんきえいの女子高生起業家 黒い交友発覚!!〗とか。そんなことになったら俺のRTCでの役員報酬はパー。それどころか黒い組織との交流と瞬く間にネットの調査班に調べ上げられ、顔写真をさらされ、俺はたちまち私刑に処されることだろう。



「お、おい! 何言ってんだよ、お前。そんな非合法みたいな組織を用心棒になんてできるわけないだろうが」

「えっ、どうして?」

「どうしてって――お前なぁ。それがさっきまで反社会的勢力には屈しませんとか言ってたやつの言うことか?」

「確かに言ったけど……それとこれとは別。先輩の立ち上げようとしてる組織はまだ法を犯してないんだから。それに新しく立ち上げるRTCにはこれから既存の色んな企業が邪魔をしてくるに違いないわ。そんな邪魔な企業たちを蹴散らすにはこういう人ともになっておいた方がいいと思うの」

「はぁ……なっちゃダメだろ。お友達に……」



 まったく、一体何をしたいんだこいつは。そんなお友達がいるような企業、今の時代存在しな――いよな。――あれ? もしかして、存在してんのか? し、してないよね。なんかしてるような気もしてきた。向谷の発言を聞いて俺は今ある企業はどうなんだろうと途端に怖くなってきた。



「ふふっ、冗談よ。今のご時世、そんな関係はただのリスクでしかないわ、先輩。そんなビジネスはうまくいきません!!」



 そんな俺を放置して向谷は大野先輩と話し始めていた。



「やっぱり、まずいか……」

「発想は面白いと思うけど、やってることはカツアゲに近しいもん。相手が納得すればビジネスになるかもしれないけど、色々と揉め事が起きると思いますよ?」

「そうか」



 どこが面白い発想だ。どういう感性してんだよ、こいつ。



「それに、先輩がそんな気がなくたってそのカツアゲビジネスはきっと先輩が望まない方向にどんどん進んでいくと思いますよ?」

「……望まない方向? ならお前は俺の考えたビジネスがどんな風になると思うんだ?」



 すると向谷はすっ、と椅子から立ち上がり教室の前の黒板の前に立つ。いつものこの部室での独裁者スタイルだ。



「戦後、敗戦した日本では警察の行動が制限されて国内の治安を維持できなかったんです。そんな中、日本各地では多くの市民を狙った犯罪が横行していた。そんな当時の日本の治安を警察の代わりに守っていたのが各地で結成された自警団じけいだんだったんです」

「……自警団」



 急によう分からん話にすり替わったが、この際つっこむのはもうよそう。自警団。それは俺も聞いたことがある。もとは荒れた地域の治安を維持するために立ち上げられた地域の集団。戦後の日本では警察が対処できなかった犯罪に対応するために各地では自警団が警察の代わりを担っていたのだという。向谷は黒板の前に設置された教卓に両手を下ろす。



「当時結成された自警団の目的は、日本の治安の維持。でも、かつてそんな正義の味方だったような存在は今、暴力団と呼ばれるようになってしまった。なぜだと思います? 先輩」

「えっ、さ……さぁ……わからん」

 


 そんなの急に聞かれても困るだろうに。またいつもの1人語りが始まった。暦のときもそうだった。自分が考えた思考を淡々と正しいかのように話していく。それが向谷のスタイルだ。大野先輩も向谷に主導権を握られすっかりと話に聞き入ってしまっている。どうせまた変なことを言い出すんだろうが、話の邪魔をすると怒られるので面倒だ。黙っておこう。



「あたしはみんなが感謝をしなくなったからだと思います」

「感謝……?」

「そっ、感謝です。戦後の復興が進むにつれて治安は安定し、人々は物質的に豊かになっていった。治安維持は警察だけで事足りるようになる。そうなるにつれて自警団の存在意義はなくなり、人々は感謝をしなくなった」

「なるほど……」

「存在意義を失った自警団は当初の理想を見失い、次第に暴力団と名を変え、人々からうとまれる存在になってしまった。あたしはそう思います」

「なるほど……で、その話と俺の考える組織、どんな関係があるんだ?」

「わかりませんか? 戦後の焼け野原を復興するために経済、経済、経済! 資本主義一辺倒でやってきたこの国では金こそがすべて! それが今のこの国なんです! 理想が失われたとき、そこに残るのは金の亡者だけ。資本主義の犬だけなんですよ。先輩」



 資本主義の犬て。お前、それ資本主義が嫌いな共産主義者が使う言葉だろう。やっぱりこいつは共産主義万歳の思考をしているのだろうか。



「そんな今の日本では上手く軌道に乗った企業には瞬く間に資本主義の犬が集まってくる。そんな資本主義の犬たちは先輩の崇高すうこうな理想を食い散らかし、そこに残るのは当初の理想とはかけ離れた、ただただ金を集めることを目的とした極悪組織が出来上がっちゃいますよ」

「そ、そうか……それは、困るな」 

「そう! 今の日本は金さえ稼げれば平気であくどい行為に手を染める資本主義の豚ばっかりなんです」



 ――犬は豚に進化した。



「あたしはそんな銭ゲバ資本主義から脱却した、新しい企業を作る予定なんです! 人が人らしく、楽しく生きられる国をつくるために!」

「楽しい……国。そんなこと……できるのか?」

「できます! だから、そんな理想をなくさないようにあたしの部活に入りましょう、先輩!」



 はいはい。ま~た話が飛躍して。もう勝手にやっ――ん? 今、なんて? 部活に入りましょうって言ったか? こいつ。



「おいぃい!! 何勝手に決めてんだよお前ぇ!」

「何よ千賀? 急に話に入ってくんじゃないわよ」

「入ってくるなって! いや、お前正気か!? こ、この先輩……か、カツアゲビジネスとか真面目に言ってた人だよ? 絶対ヤバいって!」

「あたしの部活なんだから誰を入れようとあたしの自由でしょ? 部長特権よ?」



 えっ。今、こいつ「あたしの部活」って言った? 言ったよな。――ダメだ、こいつは部活という組織を理解していない。たぶん、自分の所有物だと言う認識なのだろう。おそらく俺や多野さんのことも。



「カツアゲビジネスってのはちょっと非合法でグレーっぽいけど、そんな奇抜な思考ができるその頭脳、ぜひともうちに欲しいわ」

「まじか……」 

「まじよ? どうです? 先輩、あたしの部活。入りませんか?」

「……俺、柔道部に入ってるけど……掛け持ちでもいいか?」

「あっ、と……う~~ん。OK!」



 向谷は2秒ほど時間をかけ、珍しいにっこりスマイルで大野先輩の思考部入部を許可した。てか、カツアゲビジネスとか考えてた人が柔道部って。色々ヤバいなこの人も。ぜひともこの思考部でまっとうな思考が身につけられることを願いたい。もっともこいつが部長である限り、さらにこじらせてしまいそうではあるが。



 くそっ!! なんでこんなことに――。



 俺が思考部ここに入ったのはこいつが立ち上げるというRTCの役員にありつくためだ。大野組に入組にゅうしょするためではないのだ。カツアゲビジネスなどというやばいビジネスを考えるこの先輩。こんな先輩を思考部に引き入れて、こいつはこれからこの部活をどうしていこうというのだろうか。大きな抗争でも起こそうというのだろうか。先行きが不安で不安でしかたがない。


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