向谷栞、不良を思考する

 


「はぁー。今日は充実した1日だったわね。。3つも新たなオノマトペを誕生させてしまったわね!」

「はい。私もアリさんに素敵なオノマトペを付けられて良かったです」



 日も沈みかけ、俺たちは学校近くの商店街を歩いている。今日のテーマ、何の意味があったんだ? 確かこいつは思考部で優秀な部員を集めてRTCとかいう訳分からん企業を作るとか言ってたけど。こいつは一体何がやりたいんだ。前をと元気に腕を振って歩く向谷を見ながら考える。



「ん? なんだ、あれ?」



 商店街の脇道。薄暗い小道の中に人影が見えた。暗闇にまだ慣れない目をよく凝らすとそこには人影。1人を3人が囲むような形に見える。その様子に耳をすませる。



「や……やめてください…………」

「へへっ、やめて欲しかったら財布出しな? 金持ってんだろ?」

「そうそう。大人しく金出せば何もしねぇから」

「ひ、ひぃ!! た、助け――」

「おらぁ!! 逃げんな!!」

「うわぁ!」



 1つの人影が慌ててこちらに駆け出すが、すぐさまもう1つの大きな人影に捕らえられた。 



「ふむふむ。なるほど、カツアゲね」

「うぉ! 急に前に立つな!」



 路地を見ていた俺の前にいきなり割り込んでくる向谷。頭頂部で結わいているピンクのリボンがひらひらとあごをくすぐる。



「カツアゲ? って……何ですか?」

「人からお金を巻き上げることよ? 一般的には不良のやる行為と認識されているわ」

「……冷静に説明している場合か」



 ってか、多野さんはカツアゲとか知らないんだな。品がよさそうだし、どこかのお嬢様なのかな。



「まったく……しょうがないわねぇ」

「ん? 何してんだ?」



 ふと視線を下にずらすと向谷はスマホでどこかに電話をかけようとしていた。



「何って……110番よ、110番。警察に通報するのよ?」

「け、警察って……カツアゲで110番なんてしていいのかよ?」

「あら、カツアゲは恐喝きょうかつ。立派な犯罪よ? 目の前で犯罪を目撃したら110番をするのがあたし達善良な市民の義務なの」

「そ、そういうもんか。――って、あれ?」



 気が付くと何か急に背後に気配を感じた。振り向くとそこには1人の男が立っていた。特徴的な黄色ズボンに水色ブレザーの学生服。そう、俺たちと同じ翡翠高校の制服だ。


 

「…………どけ」

「あっ、と。は、はい……」



 男にそう呟かれ、俺は咄嗟に路地への道を空ける。すると男はゆっくりと路地の奥へと入っていき、不良らしき3人と捕まっている1人のそばで立ち止まった。



「んだ、てめぇ!!」

「俺たち今取り込み中なんだよ」

「……助けてほしいか?」

「へ?」



 男は不良たちの言葉を無視し、捕まっている1人の生徒にそう問いかけた。



「は、はい!! た、助けてください!!」

「……良し。契約成立だな」

「何ごちゃごちゃくっちゃべってんだ、ごらぁ!!」

 自分たちを無視し、話を続ける男に業を煮やした不良たちは一斉に男に殴りかかる。が――



「うっ!!」

「うがっ!!」

「あがっ!」



 男が襲い掛かる不良3人に、ゴスっ! バキ!! ドゴン!! と鈍い音の拳を一発ずつお見舞いすると、不良たちをあっという間に倒してしまった。



「つ、強ぇえ……」

「ひ、ひぃい!」

「お、覚えていやがれ……」



 不良たちは負け犬のお決まりのような捨て台詞ぜりふをはくと、いそいそと路地からこちらへ走ってきた。俺たちは咄嗟に路地から離れ、不良たちにからまれないように退避する。



 退散した不良たちをお見送り後、俺たちはすぐに再び路地の様子を確認する。そこには先ほど不良を蹴散らした長身の翡翠高校の制服を着た男とカツアゲにあっていた生徒がいた。



「……大丈夫か。怪我は、ないな」

「は、はい。あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」

「……救い料」

「…………へ?」

「へ? じゃねぇよ。助けてやったんだから金払え」

「そ、そんな……」

「感謝してるんだろ?」

「そ、それは……そうですけど……」

「だったら金、払いな」

「そ、そんなぁ……」



 2人の様子を見ていると男はなんと先ほどカツアゲされていた生徒に対し、金銭を迫っている。カツアゲしてた不良を蹴散らしたのは自分がカツアゲするためだったのかよ? 流石同じ翡翠高校の生徒だと思ってみていた俺の尊敬を返しやがれ。



 と、とにかく何とかしないと。このままだとあの生徒は結果的にカツアゲに合う運命に変わりはないのだから。が、そんな俺の横で何やらにやにやと笑みを浮かべている悪魔のような女がいた。



「おやおや? 一難去ってまた一難。これは面白そうなことになりそうねぇ♪」

「何でそんなに嬉しそうなんだよ。目の前でまたカツアゲが起きてんだぞ」

「面白そうだし、もうちょっと見てみましょう!」

「お前なぁ……」



 向谷はそう言って先ほどまで110番の準備をしていた通話画面を消し、スマホを制服のポケットにしまってしまった。


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