第5話 お着替え
それから夜まで2人はオレに付き合ってくれた――のはいいんだけど、せっかくお洋服買ってきたのに〜と梓ちゃんがむくれて言うので、お着替えタイムというかオレのファッションショーが始まる。
「ねねね、忍さん。最初はやっぱり紺ブレとプリーツスカートと黒ニーソ、着たいでしょ?」
「べ、べつに着たくはないけど、どうしてもって言うんなら……」
「うんうん、着て着て〜」あ〜なんかいつも冷静な梓ちゃんとはえらい違いだな……。
「じゃ、着替えるから~」と秀明をリビングに残して、梓ちゃんが買い込んできた洋服が大量に入った紙袋を持って寝室に移動する。
「やっぱり着なくちゃだめかな……?」
「はい、これからのこともあるんで女の子の服、着慣れておいてください~」
「え〜明日には戻ってるかもしれないじゃないか〜」
そんなオレの言うことを無視して「じゃ、スウェット脱いでブラウスを――」
しょうがない。言う通りにするか……。
「あ、男ものと合わせが逆なんだな……ボタンはめにくい……」
「そうなんですよね~ まずはそこから慣れなきゃです。ちゃんと着れました〜? じゃ、ジーンズを脱いでスカートに……」
「う、うん……え、これえらく丈短くない? パンツ見えちゃうよ?」
「それくらいがちょうどいいんですよ〜 それでなきゃニーソで絶対領域にならないですから〜」
梓ちゃんも、もしかしてオレ以上の絶対領域マニアか?
う〜スカート、スースーする……。
「うん、いいですね〜じゃ、ニーソ履いてくださいね〜」
ニーソ――それもオーバーニーだ――を履くと、たしかに絶対領域が出来上がる。うん、完璧なスカートの丈:絶対領域:膝上ソックス=4:1:2.5の黄金比だ!
「いいねいいね〜」と言いながらブレザーを羽織る。
「わぁ〜 やっぱり忍さんその恰好素敵ですぅ〜あ、大きい黒リボンがついたバレッタも買ってきたんで、ポニテにしましょう!」と、後ろにまわって髪を束ねてくれる。
「ポニテできた……きゃーかわいい〜!」あ〜やっぱり梓ちゃんもアレだなぁ……と思ってると、前にまわった梓ちゃんに、いきなり抱きしめられる。
たしか身長が170センチあるんで、ちょうど大きな胸の位置に顔が……元童貞現処女には嬉しい拷問だぁ〜!
「あ、梓ちゃん苦しい〜!」
「あ、失礼しました〜!」
お互い顔真っ赤だ。
「ね、梓ちゃんさ、この身長で紺ブレと茶色系チェックのプリーツスカートってもろJK……ちょ〜っと会社には行けないよね?」
「そうですか〜?」
「うん、そう思うけど……ん~とりあえず秀明にも見せてやるか」
「あ、その前に写真撮らせてください! 金髪ロング黒リボンポニテ絶対領域の子なんて尊すぎます!」
「……」
とりあえずスマホで写真を撮らせるけど、目線こっちです! とか、そこで1回転してくださ〜いとか注文が多い――しかも鼻息荒いし。
ひとしきり写真を撮り終え梓ちゃんは大満足らしかったけど、オレはぐったりだ。
リビングに戻ると、「お〜、忍もやっと女子らしくなったな〜」とスマホをいじりながら秀明はそっけなく言う。
「秀明くん、なんでそんなにそっけないの? 忍さんは尊いんですよ!」と梓ちゃん。
「そんなもんかねぇ。俺はいつもの迷彩服で、あのどでかいの背負って、金髪赤眼のスナイパーの二つ名で恐れられている格好のほうが似合ってると思うな」と相変わらずだ。
『どでかいの』とはASM338(AWSM)で、今オレがVRMMORPG BulletS内でメインアームとして使っている全長1,230ミリ、重量6.9キロのボルトアクション式狙撃銃。.338ラプア・マグナム弾を使用すれば、射程距離1,500メートルは余裕だ。
けど、オレにとっては結構重いから通常は銃だけ背負い、実体化させた弾丸他はシューメイに持ってもらってることが多い。
今のアバターと一緒に購入したんだけど、その合計がさっき梓ちゃんに説明した、日本円だと装備含めておよそ2千万円ってやつなんだ。VRMMORPG BulletS内のゴールドは、オンライン通貨を含めてリアルマネーに換金できないから、ゲーム内で消費するしかないんだよね。
「迷彩服って……秀明くん、ほんっとセンスないわねぇ。ね、忍さん!」
「べ、別にオレはどっちでもいいんだけど……他の服も着てみよっか?」ちょっとその気になってきたぞ。
「そうこなくっちゃです〜!」と再び張り切る梓ちゃんはオレの手を引っ張り寝室へ。
ああ、なんか女の子の手って柔らかいなぁ〜ってオレも今は女の子か……。
「じゃ、次このワンピとカーディガン着てみてください!」
「ワ、ワンピースか……難易度高そうだな……」
薄い黄色のコットンカーディガンと、グレーのワンピースの組み合わせ。
「あ、これだとローファーじゃ合わないですね……低めのパンプスも用意しなきゃ……いきなりハイヒールじゃコケちゃいますしね~」
「そ、そこまでしなくても……ん〜これなら会社に着ていってもおかしくはない……かな?」
「あ、あと夏ならサンダルにして……」
「そんなに長い間このままなわけ……明日には戻ってると思うんだけどな……でも、なんか自信なくなってきたな〜」
「そうですね……」と梓ちゃん。
「ま、それならそれで女の子で生きていくしかないよな〜」
ワンピース姿を見せにリビングに戻ると、「あ〜それなら会社にいけそうだな」と相変わらずの秀明。
「そういえば忍。さっき気がついたんだけど、運営のユーザーページにログオンできなくても、ユーザー宛になんかしらメール来てねぇ?」
「そういえばそうだ……気がつかなかった」
早速スマホでメールを見ると――「あ、来てる……」
「何か進展あったんだろうか?」
「ちょっと待って。タイムスタンプは、さっきの発表より1時間くらいあとだ」
『Title:VRMMORPG BulletS 重要なお知らせ
【高岡忍】様
いつも本VRMMORPG BulletSをお楽しみいただきありがとうございます。
XX月XX日23時00分の緊急メンテナンス開始時に、ログオフが間に合わなかった4,096名のプレイヤー様に強制ログアウト処理を行い、全員ログオフが完了したことを確認しております。
その中で1,024名が、「2重ログオンできません」のメッセージが表示され、ログオンができない状態となっておりますが、本事象につきまして原因が判明いたしましたので、本日23時00分を目処に対応を行なっております。
しかしながら、128名の方が、アバターとご本人の同期が切断されておらず、現実世界においても、アバターの姿となっているとのご報告を、数名のプレイヤー様から受けております。
【重要】
現在、安全な手法での同期切断処理を行なっておりますので、対応が完了するまで決してギアを使用してのログオンを試みないでください。最悪の事態として、生命に危機を及ぼす事象が発生する可能性がございます。
現在のプレイヤー様ご本人の状況把握を行いたく、大変恐縮ですが本メールへ現状を大至急返信いただけます様お願い申し上げます。
1.ユーザーページにログオン:できる/できない
2.ギアを使用してダイブを:試みた/試みていない
3.現在のプレイヤー様の外見:本来の状態/アバターの状態
重ね重ねこの度はプレイヤー様にご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。
今後とも、本VRMMORPG BulletSをよろしくお願いいたします。』
「だって。これかなりヤバい状態じゃない? これって、ギアでダイブしようとして亡くなったプレイヤーがいたってことかな……?」
「忍、そんなこと気にしてないで、早く返信したほうがいい」
「そうですね〜忍さん早く返信しましょう!」
2人にせかされ、「うん。じゃ、Re:っと。
1.ユーザーページにログオン:できない
2.ギアを使用してダイブを:試みていない
3.現在のプレイヤー様の外見:アバターの状態
で、いいかな?」
「ああ」
「はい」
「じゃ、送信っと……あ〜なんか疲れた」
「そうだな〜 そろそろ俺ら、帰るわ」
「忍さん、今日はゆっくり寝てくださいね~」
「うん、ありがと〜」
「忍、絶対にギア付けようとするなよ! それと23時過ぎたらユーザーページにログオンできるか、結果教えてくれよな」
「うん、わかった……」
「じゃ、また明日来るからな」
「え、いいの?」
「いいってことよ。今後のことも考えなきゃいけないし。あ、夕飯どうする? なんか買ってくるか?」
「いや、なんか食欲ないし、食べたかったらカップ麺でも食べるよ」
「ん。わかった。じゃな〜」
「忍さん、おやすみなさ〜い。また明日来ますね〜」
「ほんと、ありがとね〜」
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