第3話 二重LOGONできません

 トイレを済ませ落ち着いたので、やっとなんか頭がまわり出した。

「で、オレ女になっちゃった……というか、生身がアバターとおんなじって、これどうすりゃいいんだ?」

「……原因はやっぱり昨日の緊急メンテナンス時の強制LOGOUTか?」

「それしか考えられないんだよね〜。でもオレ以外にも強制LOGOUTされた英明が元通りなのは何故なんだ? 何でオレだけかわからん……」

「あ、俺はシノブがトリガー引く前にLOGOFF……」

「うわ、裏切り者め!」

「え? 強制LOGOUTされたらヤバいって感じだったし、俺は時間あった。第一お前が欲搔いて最後まで粘ってるからだろ!」

「なに〜!」

「二人とも少し落ち着いてくださいよ〜」とそれまで話を聞いていたアズサちゃん。

「あ、ごめん」

「すまん、アズサ。少し落ち着いて考えてみよう」

「ああ」とちょっと仏頂面で答える。

 英明が持ってきてくれたビールを飲みながら話し込むことに。

「つまみは柿ピーしかないけど、いい?」とオレ。

「充分!」

「は〜い」


「時系列で起きたこと書き出していくか」と英明。

「うん」

 オレは寝室に行きプリンターから用紙を数枚取り、ボールペンと一緒に英明に渡す。

 仕事でも、ミーティングの中心になるのはグループリーダーの英明だ。

 オレとアズサちゃんはそれに対し、別視点からの考えでディスカッションしていくってやり方。

「え〜っと、」英明がオレが話したことを箇条書きしていく。

 1.昨日金曜22時にLOGONし、ダイブした。

 2.約1時間後、緊急メンテナンスのアナウンスあり。

 3.内容は60秒以内にLOGOFFしないと強制LOGOUTする。プレイヤーデータの保証はできない。

 4.メンテ開始前にシューメイはLOGOFFしていた。

「う〜!」

「お前が欲搔くからな〜」

「はいはい、いい加減にしてください」

「はい、続けるぞ、」

 5.緊急メンテナンスが開始される。

 6.メンテ開始時にLOGOFFしていないシノブは強制LOGOUTされた。

 7.戻ったらアバターの姿だった。

「ん〜6と7の間に、頭の中で閃光が走ったような感覚と、めちゃくちゃ頭痛がして、全身に激痛が走ったんだよな〜。それからアバターの姿に気づいたのは朝起きてからで、戻ったと同時に猛烈な睡魔に襲われて寝落ちしてたんだ」

「そっか。じゃ、」

 6.メンテ開始時にLOGOFFしていないシノブは強制LOGOUTされた。

 7.頭の中で閃光が走ったような感覚、激しい頭痛と全身に激痛が走った。

 8.戻ったら猛烈な睡魔に襲われ寝落ちする。

 9.朝起きたら忍はアバターの姿だった。

「こうか?」と英明。

「そうだね……うん、こんな感じかな。7と8って普通にLOGOFFした英明はなかったんでしょ?」

「ああ、なかった。1から6は、システムログにもおんなじ様なことしか記録されてないだろうな」

「前に自分のシステムログ見たときは、LOGON時間、HPとMPの推移。使用した銃器、弾数、ヒット率、被弾率、発動スキルとその効果。倒した破壊可能NCPやモンスターとプレイヤー数。それに獲得したゴールドとアイテムが時系列に記録されてるだけで、最後LOGOFF時間くらいしかなかったと思う」

「あ、そうか。レアスキル持ちだからMPもあるんだな。とりあえずシステムログ見てみ?」

「うん」昨晩から起動しっぱなしのノートPCをリビングに持ってきて、運営のユーザーページにLOGON――できないぞ!

「え? LOGONできない! 『二重LOGONできません』だって! オレ、まだあっちにいるのか? 英明、LOGONしてみて」

 自分のIDとパスワードを入力した英明の答えは「うん……普通に入れる――何でだ?」

「んんん〜? 何で?」

「普通、LOGONできない人がいたら運営が報告とか上げるんじゃないですか~?」とアズサちゃん。

「そうだな〜。通常メンテナンスの時間とか結果報告は、通常なら運営のサイトに上がってるから――」と英明が、あちこち運営のサイト内を見ても、特にそれらしい発表はない。

「あら~? 障害が発生したら『障害報告』、緊急メンテナンスがあれば『緊急メンテナンス』の報告とか上がってるはずですよね〜?」とアズサちゃん。

「普通ならね……」と英明。

「え?」「え~?」オレとアズサちゃんが聞き返す。

「これ、どう見ても普通じゃないし、もし運営が掴んでたとしても公式には上げないんじゃないかな?」

「これって、オレのこの状態のこと? うぅ〜たしかに上げにくい事象だよな」

「ね、秀明くん」

「ん?」

「このゲームって、同時LOGONしてる人って何人いるの?」

「アクティブプレイヤーは2万から3万人……金曜の夜だったからそれ以上じゃないかな」

「じゃ、忍さんみたいな人もいるはずですよね……でも公式に運営に上がってない……あ、SNSなら何か書き込みがあるんじゃ~?」

「SNSか! さっすがアズサちゃん。じゃ、『フルダイブ』『VRMMORPG BulletS』『強制LOGOUT』『アバター』あたりのワードで……」と自分でもスマホで検索してみる。と、

「うん、ある。『戻れない』とか『アバターのまんま』とかの結果もある! 件数は648件――」

「じゃ、きっとこれって、」

「うん。間違いなくオレと同じ、緊急メンテナンスの強制LOGOUT被害者だな」

「書き込んでない人もいるし、もしかすれば千人以上――もっといる可能性もあるってことですね~」

「だろうな。でも二重LOGONできませんって……」と何か考えている様子の英明。


「な、忍。試してみたいんだけどVRMMORPG BulletSにいるときみたいにメニューって出せるか?」

「え? このリアル世界で? 出るわけないじゃん!」

「まぁいいからやってみ」

 半信半疑で、ゲーム内と同じように右手人差し指を上から下へ、何もない空間をスイープする。

「出ないみたい」

「ん〜そっか……じゃ今度はレアスキル……えーっとなんだっけ?」

「あ~『天の秤目』?」

「そう、それ。それ使えるか?」

「えーっと、じゃぁ……」自宅は高台のマンション6階だから、遠くが見通せる。

 西の方角に富士山があるので、ベランダに出てちょっと曇天だけどシルエットはわかるので試してみる。

 今度も半信半疑でVRMMORPG BulletSにいるときと同じに、標的を狙う様に目を凝らしてみる。

 ――右の利き目の視野内に見慣れた『レティクル(reticle)』が現れ、そこに捉えた富士山をズームアップ。距離が表示される。

「え? あっちとおんなじにズームと測距ができるんだけど……」

「ん〜」英明は唸り続ける……。

「あくまでも仮定なんだけど、『アバター』内に『忍』の精神が入り込んだままなのか、『アバター』と生身の忍が『一体化』してしまったのか……少なくともアバター固有の能力は引き継いでるみたいだな」

「こ、これって……何であっちの能力まで……この身体どう見ても生身だし脈もあるし呼吸もしてるし、第一おしっこだってできたし、ビールだって飲めるし、それにお……」と言ったところでアズサちゃんに睨まれる。

「……そうですねぇ……忍さん、身体はどう見ても生身ですよね。さっき着替えた時に身体を触らせてもらったんですけど……体温だって普通だし、赤目金髪、色白でちょっと変わってますけど生身でした~」とアズサちゃん。

「じゃ、オレみたいな状態のヤツが千人単位で……」

「いや、そうとも限らないかもな。さっきの書込みをよく見てみると、ただLOGONできないってのが大多数で、忍みたいなアバターのまんまって数件だし、レアなケースなんじゃないか?」

「そ、そんなぁ〜」思わず床にへたり込む。

 さっきまで胡座かいてビール飲んでたのに、いつの間にか『ぺたんこ座り』になっていた。そんなことを気にしてる場合じゃないんだけど、なんかこっちの方が座りやすい……骨格の違いか?

 それからしばらく運営サイトを見ていた英明が、「お! タイミングよく運営に『今回の緊急メンテナンスについてのお知らせ』ってのがアップされたぞ」


 三人で画面を食い入る様に見ると、そこには――。


  Title:いつも本VRMMORPG BulletSをお楽しみいただきありがとうございます。

  緊急メンテナンスついてお知らせいたします。

  20XX年XX月XX日23:00より翌05:00まで、緊急メンテナンスを行いました。

  開始前に『60秒以内にLOGOFF』をしていただく旨システムアナウンスを行いましたが、間に合わなかった約4,000名のプレイヤー様について強制LOGOUTを行い、現在正常にLOGOFFが完了したことを確認しております。

  しかしながら、該当プレイヤー様のうち、若干名において、『二重LOGONできません』のメッセージが表示され、再LOGONができない状態となっており、本事象につきまして現在原因究明と修正対応を行なっております。

  プレイヤーの皆様にご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げますと同時に、早急なる正常運用再開に取り組んでいく所存でございます。

  本件につきまして、進展あり次第お知らせさせていただきます。

  この度はプレイヤー様にご迷惑をおかけし大変申し訳ございません。

  今後とも、本VRMMORPG BulletSをよろしくお願いいたします。


「だってさ。通り一辺倒で内容ぼかした発表だな」と英明。

「オレみたいにアバターの姿のままって把握されていないのかな?」

「いや、把握はしていてもアバターの姿のままっての運営がそれを公式発表したら大問題だし、もしかしたら忍と同じ状態ってほんの数人だけなのか……『若干名』がそれなのか……?」

 またなにやら考え始める英明。

 他にやることもなく、オレは朝から何も食事を摂らずに空っ腹にビールを飲んだんで眠くなり、しばらくテーブルに突っ伏して寝てしまったようだ――。


「……ん~」

「あ、忍。起きたか?」と英明。

 目が覚めても元の姿には戻っておらず、相変わらずアバターの姿のままだ。髪が顔に絡みつく。

「まだ眠いか? 寝てる間にコンビニだけどサンドウィッチと飲み物買ってきたから、これ食え。俺たちはもう食べた」

「あ、ありがとう」

 野菜ジュースでミックスサンドをもそもそ食べる。

「あと、アズサにはジーンズ以外に当座の服を買いに行ってもらってる」

「ええええ、いらないよそんなの」

「でもなんか長引きそうだし、第一会社どうすんだよ」

「そ、そうだね……会社に『女性アバターの姿のままになっちゃいました〜』なんてこの格好で行っても、いきなりは信じてもらえないだろうし……」

「その辺は、しばらくは体調不良とか俺から伝えてなんとか凌いで、在宅勤務してもらうけど、食料買いに行くにも着替えないと困るだろう?」

「ううう~なんか、英明優しくね?」

「そ、そんなことない……と思うぞ。中身は忍ってのはわかってるけど、外見が女性だからやっぱり女性に対する態度をとっちまうんだろうな」

 英明のこういったところ、性格が良くモテる部分なのかな……とふと思う。

「あ、そうだ。俺、さっき忍のギア借りてダイブしたんだけど、」

「うん」

「フレンド登録してるシノブ、メニュー上ではLOGOFF状態になってた……」

「え? じゃ運営が発表しているのは一応本当だったんだ」

「運営の対応で復旧して、忍がアバターの状態から戻れる可能性出てきたな。けど、ちょっと考えたんだよ」

「?」

「今は面倒だからLOGONシークエンスアナウンスをスキップしてすぐダイブしてるけど、初めてダイブしたときのこと覚えてるか?」

「ん〜、最初は『視覚が制御下に入って――次に身体感覚がアバターと同期します』とかなんとか……」

「そう、それ。神経にシステムが直接干渉?接続?してきてるだろ? LOGOFF時はその逆をしているんだけど、強制LOGOUTされたことで、『頭の中で閃光が走ったような感覚』ってのがそれかはわからないけど、それで忍はアバターと同期が切断されずに『こっち』に戻ってきたんじゃないか? それから激しい頭痛と全身に激痛ってのは、身体が女子化したときの痛みだと思う」

「ってことは……アバターとオレが一体化した説か。こりゃやっぱり解決まで長引きそうだ……」


 と話し込んでいるところにアズサちゃんが戻ってきた。

「忍さん、お嫌でしょうけど普段用のスカート。会社用のブレザー、ブラウスとスカート。それから替えの下着。あとは23センチのスニーカーとローファー。それと生足じゃ嫌でしょうから、ニーソックス買ってきましたよ〜」

「なな何でニーソ、なんかJK……」

「え、だって秀明くんが忍さんJK好きだからって……」

「いやいやいや、す、好きだけど、それ自分がなるんじゃなくて『愛でる』ものであって……」

「いちいちうるさい童貞だな。好意には感謝しろって」

「あうぅぅ~好きで童貞やってるんじゃないんだってば〜」


 それから夜まで二人はオレに付き合ってくれた――のはいいんだけど、せっかくお洋服買ってきたのに〜とアズサちゃんがむくれて言うので、お着替えタイムというかオレのファッションショーが始まる。

「ねねね、忍さん。最初はやっぱり紺ブレとプリーツスカートと黒ニーソ、着たいでしょ?」

「べ、べつに着たくはないけど、どうしてもって言うんなら……」

「うんうん、着て着て〜」あ〜なんかいつも冷静なアズサちゃんとはえらい違い様だな……。

「じゃ、着替えるから~」と英明をリビングに残して、アズサちゃんが買い込んできた洋服がえらい大量に入った紙袋を持って寝室に移動する。

「やっぱり着なくちゃだめかな……?」

「はい、これからのこともあるんで女性の服、着慣れておいてください~」

「え〜、明日には戻ってるかもしれないじゃないか〜」

 そんなオレの言うことを無視して「じゃ、トレーナー脱いでブラウスを――」

 しょうがない。言う通りにするか……。

「あ、男物と合わせが逆なんだな……ボタンはめにくい……」

「そうなんですよね~まずはそこから慣れなきゃです。ちゃんと着れました〜? じゃ、ジーンズを脱いでスカートに……」

「う、うん……え、これえらく丈短いくない? パンツ見えちゃうよ?」

「それくらいがちょうどいいんですよ〜。それでなきゃニーソで絶対領域にならないですから〜」

 アズサちゃんも、もしかしてオレ以上の絶対領域マニアか?

 う〜スカートだとスースーする……。

「うん、いいですね〜。じゃ、ニーソ履いてくださいね〜」

 ニーソ――それもオーバーニーだ――を履くと、確かに絶対領域が出来上がる。うん、完璧な『スカートの丈:絶対領域:膝上ソックス=4:1:2.5』の黄金比だ!

「いいねいいね〜」と言いながらブレザーを羽織る。

「わぁ〜やっぱり忍さんその恰好素敵ですぅ〜。あ、大きい黒リボンがついたバレッタも買ってきたんでポニテにしましょう!」と、後ろに回ってポニテにしてくれる。

「ポニテできた……きゃーかわいい〜!」あ〜やっぱりアズサちゃんもアレだなぁ……と思ってると、前に回ったアズサちゃんにいきなり抱きしめられる。

 たしか身長170センチあるんで、ちょうど大きな胸の位置に顔が……童貞、いや処女? には嬉しい拷問だぁ〜!

「ア、アズサちゃん苦しい〜!」

「あ、失礼しました〜!」

 お互い顔真っ赤だ。

「ね、アズサちゃんさ、この身長で紺ブレと茶色系チェックのプリーツスカートってもろJK……ちょ〜っと会社には行けないよね?」

「そうですか〜?」

「うん、そう思うけど……ん~とりあえず英明にも見せてやるか」

「あ、その前に写真撮らせてください! 赤目金髪ロング黒リボンポニテ絶対領域の子なんて尊すぎます!」

「……」

 とりあえずスマホで写真を撮らせるけど、目線こっちです!とか、そこで一回転してくださ〜いとか注文が多い――しかも鼻息荒いし。

 ひとしきり写真を撮り終えアズサちゃんは大満足らしかったけど、オレはぐったりだ。


 リビングに戻ると、「お〜忍もやっと女の子らしくなったな〜」とスマホをいじりながら英明はそっけなく言う。

「秀明くん、何でそんなにそっけないの? 忍さんは尊いんですよ!」とアズサちゃん。

「そんなもんかねぇ。俺はいつもの迷彩服で、あのどでかいの背負って『赤目金髪のスナイパー』の二つ名で恐れられている格好の方が似合ってると思うな」と相変わらずだ。


『どでかいの』とは、ASM338(AWSM)で、今オレがVRMMORPG BulletS内でメインとして使っている全長1,230ミリ、重量6.9キロのボルトアクション式狙撃銃――.338ラプアマグナム弾を使用すれば射程距離1,500メートルは余裕だ。

 けど、オレにとっては結構重いから通常は銃だけ背負い、実体化させた弾丸他はシューメイに持ってもらってることが多い。

 ちなみに以前はシューメイと同じM16A3、自動小銃をメインで使っていた。

 軽いし――といっても3.5キロはある――完成度の高いアサルトライフルだけど、有効射程距離が最大500メートルと短かったので、賞金やドロップしたゴールドとリアルでの課金で今のアバターと弾丸他を購入した。

 その金額がさっきアズサちゃんに説明した『日本円だと装備含めておよそ2,000万』ってやつなんだ。

 VRMMORPG BulletS内のゴールドは、オンライン通貨を含めてリアルマネーに換金できないからゲーム内で消費するしかないんだよね。

「迷彩服……秀明くんって、センスないわねぇ。ね、忍さん!」

「べ、別にオレはどっちでもいいんだけど、他の服も着てみよっか?」ちょっとその気になってきたぞ。

「そうこなくっちゃです〜!」と再び張り切るアズサちゃんはオレの手を引っ張り寝室へ。

 ああ、なんか女の子の手って柔らかいなぁ〜ってオレも今は女の子か……。

「じゃ、次このワンピとカーディガン着てみてください!」

「ワ、ワンピースか……難易度高そうだな……」

 薄い黄色のコットンカーディガンと、グレーのワンピースの組み合わせ。

「あ、これだとローファーじゃ合わないですね……低めのパンプスも用意しなきゃ……いきなりハイヒールじゃコケちゃいますしね~」

「そ、そこまでしなくても……ん〜これなら会社に着て行ってもおかしくはない……かな?」

「あ、あと夏ならサンダルにして……」

「そんなに長い間このままなわけ……明日には戻ってると思うんだけどな……なんか自信なくなってきたな〜」

「そうですね……」とアズサちゃん。

「ま、それならそれで女の子で生きていくしかないよな〜」


 ワンピース姿を見せにリビングに戻ると、「あ〜それなら会社に行けそうだな」と相変わらずの英明。

「そういえば忍、さっき気がついたんだけど運営のユーザーページにLOGONできなくてもなんかしらメール来てねぇ?」

「そういえばそうだ……気がつかなかった」

 早速スマホでメールを見ると――「あ、来てる……」

「何か進展あったんだろうか?」

「ちょっと待って。タイムスタンプは、さっきの発表より1時間くらい後だ」


  Title:VRMMORPG BulletS 重要なお知らせ

  【高岡 忍】様

  いつも本VRMMORPG BulletSをお楽しみいただきありがとうございます。

  20XX年XX月XX日23:00の緊急メンテナンス開始時にLOGOFFが間に合わなかった4,096名のプレイヤー様に強制LOGOUTを行い、全員LOGOFFが完了したことを確認しております。

  うち、1,024名が『二重LOGONできません』のメッセージが表示され、再LOGONができない状態となっており、本事象につきまして原因が判明いたしましたので、本日23:00を目処に対応を行なっております。

  しかしながら、128名の方が『アバター』とご本人の同期が切断されておらず、現実世界においても『アバターの姿となっている』とのご報告を数名のプレイヤー様から受けております。

  【重要】

  現在、安全な手法での同期切断対応を並行して行なっておりますので、対応が完了するまで、決してギアを使用してのLOGONを試みないでください。最悪の事態として、生命に危機を及ぼす事象が発生する可能性がございます。

  現在のプレイヤー様ご本人の状況把握を行いたく、大変恐縮ですが本メールへ現状を大至急返信いただけます様お願い申し上げます。

  1.ユーザーページにLOGON:できる/できない

  2.ギアを使用してダイブを:試みた/試みていない

  3.現在のプレイヤー様の外見:本来の状態/アバターの状態

  重ね重ねこの度はプレイヤー様にご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。

  今後とも、本VRMMORPG BulletSをよろしくお願いいたします。


「だって。これかなりヤバい状態じゃない? これって、ギアでダイブしようとして亡くなったプレイヤーがいたってことかな……?」

「忍、そんなこと気にしてないで、早く返信した方がいい!」

「そうですね〜忍さん早く返信しましょう!」

 二人にせかされ「うん。じゃ、『Re:』と、

 1.ユーザーページにLOGON:できない

 2.ギアを使用してダイブを:試みていない

 3.現在のプレイヤー様の外見:アバターの状態

 で、いいかな?」

「うん」

「はい」

「じゃ、送信っと……あ〜なんか疲れた」

「そうだな〜。そろそろ俺ら、帰るわ」

「忍さん、今日はゆっくり寝てくださいね~」

「うん、ありがと〜」

「忍、絶対にギア付けようとするなよ! それと23時過ぎたらユーザーページにLOGONできるか、結果教えてくれよな」

「うん、わかった……」

「じゃ、また明日来るからな」

「え、いいの?」

「いいってことよ。今後のことも考えなきゃいけないし。あ、夕飯どうする? なんか買ってくるか?」

「いや、なんか食欲ないし、食べたかったらカップ麺でも食べるよ」

「ん。わかった。じゃな〜」

「忍さん、おやすみなさ〜い。また明日来ますね〜」

「ほんと、ありがとね〜」


 ワンピースのままだったので、トレーナーとジーンズに着替え、しばらくぼーっとしていた。

 なんか長い一日だったな……23時まで時間あるな。お風呂でも入るか……お風呂……そう女性の身体での初風呂!

 ――こりゃ童貞にはハードル高いぞ!

 ん? これもTSFのイベントの一つだ。まさか自分がやることになるとは……そういえば『ある!ない?』はやったし、着替えは有耶無耶のうちに済ませたし、水着を着るにはまだ季節的に早い――。

 VRMMORPG BulletS内では戦闘するだけで、ダイブは長くても5時間。アバターはそもそも汗をかかないから、服を脱いで自分の身体を見ることもなかった。あ、THX-1489のカタログは確か服を着てなかったけど、単なるホログラムだったし。

 風呂は元に戻るまでほぼ毎日入るわけだから……まぁ『ある!ない?』をしたから少しは自分の身体には慣れたといえば慣れたけど……『これだから童貞は』と英明に咲われそうだ。

 湯船にお湯を張りながら意を決して全裸になるけど、いざ裸になっても全身が見えないから、ま、こんなもんだろって感じだ。

 掛け湯がわりにシャワーを浴びる。男のときより約20センチ近く背が低くなってるんで、シャワーヘッドが遠い。

 お湯が溜まったので湯船に浸かる。おお〜今まで少し狭く感じた湯船が広いし深い! 下手すると沈んじゃいそうだ。

 賃貸マンションとはいえ、ユニットバスじゃない物件を選んでよかったな〜。

 ゆったりと手足を伸ばして、リラックス……。

 髪を洗うにも、長いからシャンプーをいつも以上に使ってしまった。女の子は大変だなぁ……あ、リンスは普段使ってないから、明日にでも買いに行かなきゃな。

 次に身体を洗う。一応女の子の身体だから、いつも使っているボディタオルだと傷がつきそうなのでスポンジで洗うことにした。

『大事な』ところ――アズサちゃんが言うところの『つるぺた』と胸は手でよく洗って、変な気にならない様に注意注意……身体をよく見て触りたいけど今日はそんな気分じゃないし、23時にユーザーページにLOGONできるかが気になるからやめておいた。

 もう一度湯船につかり、考えを巡らす。

 もしLOGONできなかったら……このままアバターの姿で過ごすことになったら……さっきアズサちゃんには『ま、それならそれで女の子で生きていくしかないよな〜』とは強がってみたものの不安しかない。

 気を取り直して、バスタオルで身体を拭く。あ、パンツは替えを買ってきてもらったけど、パジャマがないぞ。

 仕方なくいつも着ているパジャマの上だけを羽織る。う、なんか男くさい。自分のだから仕方ないか……しかもデカイ! これ、リアル『彼シャツ』だなぁ。

 髪を乾かすのも一苦労だ。ドライヤーで乾かさないから持ってない。タオルでごしごしして乾かすしかないな。

 ほんっと、女の子は大変だ……。

 時間を確認するともう23時を過ぎてる! やばいやばい。ユーザーページに行ってLOGONできるか試してみなきゃ。

 昼間、英明がLOGONしてたから改めてIDとパスワードを入れ直す――やった、LOGONできた!

 これで第一関門は突破だな……。


 ん?『今回の緊急メンテナンスについてのお知らせ』に追加報告がある。


  Title:いつも本VRMMORPG BulletSをお楽しみいただきありがとうございます。

  緊急メンテナンスの不具合対応完了をお知らせいたします。

  20XX年XX月XX日23:00に下記不具合の対応が完了いたしました。

  若干名のプレイヤー様が『二重LOGONできません』のメッセージが表示され、再LOGONができない状態となっておりましたが、修正がすべて完了し正常にLOGONが可能となりました。

  プレイヤーの皆様にご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げますと同時に、このような不具合が発生しないよう、更なるシステム強化に取り組んでいく所存でございます。

  重ね重ねこの度はプレイヤー様にご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした。

  今後とも、本VRMMORPG BulletSをよろしくお願いいたします。


「……何これ? こんだけ? すべて完了だって?」思わず声に出してしまう。

 タオルで髪の毛を乾かしながら英明にビデオ電話をかける……も、しばらくコールが続くがすぐに出ない。やがて――。

『もしもし?』

「英明? オレ、」

『お、おう、忍。サイトにLOGONできたか?』あら~英明ったら上半身裸だし。

「うん。できたにはできたけど、運営の不具合完了報告見た?」

『わりい。ちょっと立て込んでて、まだ見てない。今、見てみるから……』

『あ、忍さんだ〜』ってアズサちゃんの声がする……なんだよこいつらやっぱり一緒だったか……立て込んでてって……ま、いっか。

『……え、これだけ?』完了報告を見た英明も同じ感想だ。

「だろ? アバターの姿のままってのやっぱり非公開なんだね。メールの返信来てるか見てみる」

『そうだな、まだギア使っていいかわからんしな』

「うん……あ、来てる」

『なんだって?』

「ちょっと待ってね」そこには――。


  Title:VRMMORPG BulletS 重要なお知らせ2

  【高岡 忍】様

  いつも本VRMMORPG BulletSをお楽しみいただきありがとうございます。

  不具合完了報告にも記載させていただきましたが、プレイヤー様1,024名が、『二重LOGONできません』のメッセージが表示され、再LOGONができない状態につきまして、本日23:00に対応が完了し、正常にLOGONが可能となりました。

  また、先ほどメールに記載させていただいた現実世界においても『アバターの姿となっている』状態のプレイヤー様128名のうち112名の切断処理が完了いたしました。

  しかしながら、いまだ切断対応中のプレイヤー様が、【高岡 忍】様を含む16名となっております。

  【重要】

  現在、引き続き安全な手法での同期切断対応を行なっておりますので、対応が完了し、御報告さしあげるまで、決してギアを使用してのダイブを試みないでください。最悪の事態として、生命に危機を及ぼす事象が発生する可能性がございます。

  重ね重ねこの度はプレイヤー様にご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。

  今後とも、本VRMMORPG BulletSをよろしくお願いいたします。


「だって。オレ以外にもアバターの姿のままのプレイヤーが15人いるらしい」

『まじか……』

「うん……まだ引き続きアバターとの同期切断を行なってるらしいから、最初の128人から16人になったってことはさ、戻れる可能性あるんだよな、英明?」

『……あ、ああ。そうだな』なんとなく歯切れが悪い。

『忍、冷静になってよく聞いてくれ……』

「……」

『強制LOGOUTされてアバターとおまえの接続が切断されずに、もうかれこれ24時間経つよな』

「うん、」

『運営システムの技術者が徹夜してるかは知らんけど、ずーっと対応してるわけだろ? これって通常じゃ考えられない状態だよな……』

「……」

『128人が16人に減ったとしても、それってもしかしたら簡単に接続が切れたプレイヤーが112人、残りの16人って……』

「英明、言いたいことはわかった……オレもオンライン系じゃないけどSEの端くれ……」

『うん……』

「覚悟はしておいたほうがいい……ってことだろ? わかった」

『すまん、今はこれくらいしか言えない。変に望みを持たない方がいいかと思って……』

「そうだよな、システムは常に最悪の事態を想定しておかなきゃいけないもんな」

『ああ』

「……疲れたから、今日はもう寝るわ」

『うん。明日またそっちに行くよ』

「うん……じゃな、英明。サンキュー」

 いっそのこと、ギアでダイブしようとしたが思いとどまり、寝ることにした……。

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