大学生活

ユッピー

一話完結

彼は大学生です。高校生の時や浪人生の時は夢にまで見た大学生活でしたが、入学してから1ヶ月もすると彼はその大学生活に幾分かの不安を覚えるようになりました。その不安とはもちろん学業についてのこともありますが、大半は人間関係におけることです。しかし勘違いなさってはいけません。彼にとって、人生初めての大学での1ヶ月は、むしろ楽しいことや心躍らせることで溢れていて、それを彼は楽しんでいましたし、嫌なことなど取るに足りないほどでありました。現に、彼が人に現状を報告する時には彼は生き生きと楽しげに語ります。しかし、そんな彼にも不安の種はあるのです。せっかくですから、この1ヶ月に起こったことを、良いことも悪いことも書き留めておきたいと思います。

 

彼の家に友達が遊びにきた時のことです。確か数は彼も含めて5人でありました。彼はその4人と仲良くしておりまして、大学からの友達の中では最も仲の良い友達です。違う言い方をするなら最も進んだ友達とでもいうことができましょうか。その進んだ友達と焼きそばを作っている時でありました。彼はふと「キャベツとレタスの違いがわからない」と言いました。彼は別段意識することもなく言ったわけでありますが、彼の友達は彼のその言葉を聞き逃しませんでした。彼の友達は何をしたでしょうか。そう、彼を笑ったのです。しかも馬鹿にしたような笑い方です。彼はそんな風に笑われたことを驚きました。

そんなことがその後も何度かありました。彼が有名な俳優の名前を知らなかったこと、彼がオリオン座を知らなかったこと、彼が化学の用語を知らなかったこと、これらは全て笑われました。その度に彼は笑われたことを驚きましたし、またそのことを悲しくも思いました。

彼がなぜそんな感情を抱いたのか説明しておく必要があります。まず、彼がその4人の友達を、優しい人たち、と認識していたことが関係しています。彼はこれまでの小中高時代にも笑われることはたくさん経験していましたが、彼を笑ってきた人たちというのは、決して優しい人たちではありませんでした。彼を馬鹿にする人はいつも決まった人で、優しい人たちは彼を馬鹿にしませんでした。

もうお分かりでしょうか。彼にとっては、自分が優しい友達であると思っていた人たちが自分を笑ったことは、一種の裏切りのように感じられたのです。そうです、裏切りだと感じました。彼はこれからの生活においても彼らに馬鹿にされるのではないかと不安に思っているのです。さらに言いますと、彼はその4人の友達を最も進んだ友達と考えていましたから、言ってみれば他の新しい友達もいずれはその進んだ友達のように、自分を馬鹿にしてくるのではないかと考えました。進んだ友達が他の新しい友達の将来の姿である、彼はそう考えたのです。ええ、わかります。彼には少し神経過敏なところと言いますか、気にしすぎるところがあります。誰かが言った言葉を今でも心に抱いていることもあります。それが彼の心の弱さであるのでしょう。

しかし彼はこの出来事から重大に思われる教訓を学びました。それは、無知は恥である、ということです。特に彼が在籍している大学では特にそのようです。彼にはこれまでにも、教養や知識が欠けていることを痛感させられる出来事は数多くありました。彼のダメだったところは、自分の無知を笑い話にすることによって、その場面場面を切り抜けてきたことでしょう。彼はひょうきん者として振る舞うだけで、自分の無知と真剣に向き合うことがなかったのです。ここにきて彼の化けの皮が剥がれた、といったところでありましょうか。

無知は恥だが、その無知を改善しようとしないのはさらなる恥であると、彼はそう考えるようになりました。知らないことがあれば自分で調べて、そして自分の知識の箱を大きくしようと誓いました。


彼には悩みがあります。いいえ、彼女ができないといった小さい悩みではありません。少なくとも彼にとっては大学生活を大きく左右するように思われる悩みです。それは、道の選び方に関連するものです。

彼には二つの道があります。

1、大学生活を何か大きなことをするための絶好の機会と捉えてそのための勉強に邁進するという道。

2、大学生活を人生の夏休みと捉えてこれ以上ないほど遊ぶという道。

前者の道をとった場合を考えましょう。何か大きなこととは、資格を取ることであったり、留学することであったりします。そうしたことに向けて勉強し、そして目標を達成できたならば充実感を得られるでしょう。それに目標を達成できたという自信も獲得できるでしょう。もしかすると将来の選択肢が増えることになるかもしれません。

後者の道をとった場合を考えましょう。遊べるだけ遊べば、毎日が楽しいと感じられるでしょうし、いわゆる「大学生してる」という感覚も得られるでしょう。彼の偏見では世の中の大学生の大半が知らず知らずのうちにこちらの道を選んでいるように思われます。

しかし彼は考えます。どちらの道をとった場合にも後悔が残るのではないだろうか、と。すなわち、前者と後者のいずれの道を選んだとしても、もう片方の道を経験できなかったことを後悔するのではなかろうか、ということです。前者の道をとれば、もっと遊んでおけばよかったという後悔を、後者の道をとれば、もっと有意義なことに時間を使えばよかったという後悔をするのではないでしょうか。彼は生まれつきの方向音痴ではありますが、ことにこの選択に関しては、どちらの道の様子さえも知りません。彼は全く不案内であるのです。彼には到底正しい選択をできそうにありません。彼自身もそのことは重々承知しています。

そこで彼は知り合いの何人かにこの選択についての質問をしてみましたが、どうにも納得できる答えは得ることができませんでした。知り合いはみんな、「それは自分の好きなようにするべきだ」と言うのです。彼もそうするべきだということはよくわかっています。彼はただヒントが欲しかったのです。加えて、彼の知り合いはどこか上の空で、真剣に考えてくれている様子はありませんでした。スマホをいじりながらであったり、眠たげな目をこすりながらであったりしました。知り合いの一人は彼にこんなことを言いました。「大学生活なんて流れ作業だ」。彼の目には、彼らが後者の道を無意識のうちに歩んでいるように見えました。それが悪いことだとは彼は思いませんが、彼は一度この問題を考え始めたからにはしっかりと考えた上で結論を出したいと考えているのです。白状するなら、正直なところ、彼もしっかりと考えなくてはいつの間にか後者の道をとっていることになりそうなのです。彼のこの疑問は今もまだ解決はしていません。これからじっくりと考えていくことになりそうです。


ええ、気持ちはわかります。これだけ読むと、彼は日々悩んでいるようです。しかし、彼は人並みかそれ以上に大学生活を楽しんでいますし、最初に述べたように楽しいことで毎日が溢れています。彼は毎日よく笑うものです。

とりわけ彼にはとびきりの楽しみがあります。彼の家からは時々ダンボール箱が送られてきます。その中には、いつもこれでもかというほどのお菓子が詰め込まれています。彼の好物ばかりです。それが届いたときには、毎日少しずつそのお菓子をニヤニヤしながら食べていくのです。彼はそのダンボール箱が楽しみでなりません。ああ、早くこないかなあ。

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