第5話 生殺しなんて聞いてない!

 俺は目を覚ました。

視界には木目のある天井が若干暗いがうすぼんやりと映っている。

(俺の家の天井って確か白い壁紙だった気が…そういえばあの後どうなったんだ?)

(俺は寝る前、というか倒れる前花園さんと一緒にラーメン屋に行ってそれから塩ラーメンを食べて…えっと…?)

先ほどからお腹辺にかけて何かが巻き付く感覚がある。

俺はおそるおそる誰がかけたかもわからない掛け布団をめくった。

(!!!??)

俺が猫だったら尻尾がたぬきのように膨らんでいただろう。それぐらいビビった。


 俺のお腹に抱きついたまま寝息をすーすーとたてる花園さんが布団の中にいた。部屋の唯一の灯りである橙色の豆電球がぼんやりと仄かに花園さんの横顔の輪郭を暖めるように照らす。

無防備な黒髪、いつ見ても長いまつ毛、ぷるっとした艶のある唇、整ったパーツひとつひとつが艶めいて見える。

俺の心臓の鼓動は身体の外まで聞こえてしまいそうだった。

(本人は本当に寝ているだけなのにっ…!)

その瞬間花園さんは俺の身体を抱き枕のようにをぎゅうっと強く抱きしめた。

女性の柔らかい感触が俺に襲いかかる。

(花園さん…ガッツリ!当たってる!!!)

当然『俺の俺』は急激に成長した。


(み、身動きが取れない…こ…これからどうしたら…)

「…さん、…れんやさん…」

花園さんは泣きそうな細い声で俺に抱きつきながら俺じゃない誰かの名前を呼ぶ。

(元カレとかの名前か…?綺麗な人だもんな、そりゃ一人や二人いるに決まってるよな…)

なんだかがっかりしている俺がいる。

そんなモヤモヤを抱えたまま俺はもう一度眠りについた。


ビビビッビビビッ

スマホの目覚まし時計の音が大音量で寝室に鳴り響いて目が覚めた。朝の7時

昨夜は流石に眠りが浅かったのかちょっとアレな夢を見てしまった。

(俺って最低だ…)

そう頭を抱えているとドタドタ走ってくる足音が襖の向こうからする。

スパンッ

勢いよく襖が開いた。

「だだっだだ大丈夫ですか!今ッ変な音が鳴ってましたけどッ!?」

割烹着姿の花園さんがおたまを持ったまま部屋をキョロキョロしていた。

「あはは……俺は大丈夫です」

「あっ…神無さんおはようございます…朝ご飯できてますから食べて行ってください」

そういうと花園さんはパタパタと早足で戻っていった。

花園さんの住む家は年季の入ったアパートではあるものの、和室の2部屋に加え台所や風呂もちゃんと付いており花園さんの整理整頓が上手なおかげで部屋が広く綺麗に見えた。

俺はとりあえず布団をできる限り綺麗に畳んで居間に向かった。


 ちゃぶ台の上にはご飯にワカメと豆腐の味噌汁そしてだし巻き卵と菜っ葉のおひたし

とてつもなくメジャーなラインナップの朝ごはんに俺は軽く感動した。

「うふふ…神無さん昨日のラーメン屋とおんなじ反応してる」

こんな奥さんが欲しかったなぁと俺は結構本気で思った。

「食べましょうか」

「いただきます」「いただきますっ」

俺はまず味噌汁を一口飲む。

浅い眠りで身体に残ってしまっただるさが一気に吹き飛びどこか懐かしい気持ちになった。

(あれだ、田舎のばぁちゃんの家に帰省した次の日の朝に飲む味噌汁の味だ)

「神無さん美味しい?いつ起きるか分からないから急いで作っちゃったのよね〜しょっぱくない?」

「めちゃくちゃ美味しいですっ!ありがたやー…」

「うふふ…あ、そうそう」

「?」

「今日久しぶりにちゃんとしただし巻き卵作って見たのよ!いつもは忙しくてスクランブルにしちゃうんだけどね、よければ食べて」

「じゃあ…!遠慮なくいただきます!」

俺は八つに切られた綺麗な形のだし巻きを一切れ食べた。

「あ!」

「どうかした?」

「花園さんのお家は出汁多めのちょっとしょっぱいだし巻き卵なんですね」

「神無さんの家はどんな味なの?」

「俺の家はオカンがとにかく甘党だから結構甘めのだし巻きです!あれは疲れた身体に沁みるんだよな…」

花園さんはそういうとなぜか嬉しそうな、寂しそうな顔をしたように見えた。


 ビビビッビビビッ

「!?」「!??」

俺のスマホのアラームが突然鳴り出した。

花園さんはまたもや何が起きたのか分からずあたふたしてる。

「あ…ごめんなさい食事中に…」

「いいいいいいのよ……!」

「………」

思わず思考がフリーズした。そして一瞬で俺の顔には冷や汗が浮き出る。

「あの…一つ大事なこと言ってもいいですか?」

「大事なこと?」

俺はスマホの画面を見せながら大声でこう言った。

「俺たち、大遅刻です!!!」

「!!?」


 俺は急いで支度をする、時刻はもうすでに八時を回っていた。

それでもこんなにドタバタで、しっかりした朝は俺にとっては久しぶりだった気がする。

そんな俺はすでにハイヒールで爆走する花園さんを後ろから追いかけながら会社に向かって走るのだった。

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