第19話 密室のふたり

シェルターの鍵は開いていた。

「ーーマオ?いるの?」

室内は人がいる気配がない。

マオが落とし物をしたと言っていたので、何かあるかもと、暗い中探してみるけれども、何もなさそうだった。

はぁ……どこにいったのかしら。



背後から急に人の気配がして、心臓が跳ねた。

「リリアーナ!」

先程まで散々聞いていた声の主を間違えるわけがない。


「ウィリアム殿下、どうしたのですか?」

「ん?手紙をくれたのは君じゃないか。」

話が噛み合わないのは殿下の得意技ではあるけど、違う違う、そうじゃ、そうじゃない。


「ごめんなさい、手紙は出していません。」

「ーーーふむ。」


殿下は、気がついたら胸元のポケットに手紙が入っていたそうで、その手紙を見せてくれた。

まず、手紙を気付かせずに送り込むなんて、私にはそんな芸当は出来ない。


『大切なお話があります。シェルターまで来てください。リリアーナ』

きれいな字で書かれているけど、私の字ではないわね。

「殿下、これは私の字ではありませ」



「ガチャン!」

急に扉の閉まる音がした。

雨の音も消えて、窓一つ無い真っ暗な密室になった。

空気を循環する装置の、赤く小さなランプが一つ、一定の間隔で点滅している。


壁の厚いシェルター内は布ずれの音が響くほどシーンとしている。


「《ライト》……ふむ、外側だけでなく中も魔法無効なのか。」

「はい、確か備品の中に蝋燭があったのですが……」

「これでは探すことも出来ないな。」

ドアまで少しの距離を、真っ暗な中、手を広げぶつからないように進む。


「一先ず、屋敷に戻ろう。」

「はい。」

ガチャガチャ……ガチャガチャ……


「ーー開かない。」

え、ガチャガチャ……ドンドンドン!

「誰か居るの?開けて!」ドンドンドン!



「待て、リリアーナ、私達は嵌められた。」

「でも、マオが!マオが具合が悪いかも知れなくて…行方不明なの。探さなきゃ。」

マオが今、この雨の中苦しんでいるかも知れない。


「ふむ……。それは、誰かから聞いたのか?」

「ユーリア様から、マオがシェルターに戻って、それから行方不明だと……」

ん……?は…嵌められた……?


「ーーまぁ、今は出ることが先決だな。」

「はい。」 


それにしても殿下はアレだけど、意外としっかりしてるのね……。









洞窟や洞穴なら、音が反響したり、風の音や水の音が反響したりするんだろうけど、このシェルターは外の音も何も聞こえない。

私達の呼吸音や、布擦れの音が微かにする程度。


それに陽の光も入らないから、長く居たら時間もわからなくなるだろう。



「私達が居ないことはすぐに気付くだろう。私の兵は優秀だ。すぐに見つけられるだろうからな、安心するんだ。」

「はい、この様なことになってしまい、申し訳ありません。」

殿下がこのような事件に巻き込まれるなど、本来なら屋敷での警備の問題と責められてもおかしくない。


「リリアーナ、君が気にする事ではない。私も迂闊だった。君に手紙をもらったと思い、少し浮かれていたようだ。ハハハ。」

「殿下……。申し訳ありません。」






オーベル領は、夏でも朝晩は凉しく過ごしやすい。

それにしても、今日は寒い。雨に濡れたからかしら……。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 



「リリアーナ、触れてもいいか?」

「えっ?だめです!」

「すまない。」

すると、強引にも殿下は私の肩、それから顔、そして額に触れた。




「やはり熱があるな。」

「え?私……。」

緊張していて気づかなかったけど、すごく寒い。


「ずっと呼吸が浅かった。結構な高熱だ。」

「だ、大丈夫です……。」 


「いや、このままではいけない。君はドレスが濡れている。私は、ここまで防御魔法を使ったので濡れていないんだ。私のシャツを着るんだ。」

そう言うと、真っ暗で何も見えないけれども布擦れの音がした。


「そんな、殿下が風邪を引いてしまいます。」

「ハハハ、私は風邪を引かないんだよ。」

なるほど、◯◯は風邪を引かないとか、そういう事ですか?


殿下からシャツを受け取る。

「まずは、ドレスを脱ぐといい。私は離れるから、怖がらなくていい。まずは体調を優先するんだ。」

そう言うと、殿下が離れていく気配がする。


「ありがとうございます……。」

私はまだほのかに温かい殿下のシャツを置き、ドレスを脱いだ。

今日のドレスは脱ぎやすくて助かった。

見えないけれど、きっと泥だらけでびしょ濡れのドレスはとても重たく、肩から降ろすとドサっと床に落ちた。



殿下のシャツに袖を通したら、体から少し寒気が引いて、楽になった。私は固い床でそのまま眠りについていた。


「はぁ…はぁ…はぁ…マオ……マオ……」

「マオ……」





ーーーーーー




ガチャン。

急な眩しさに両目をギュッと瞑った。ゆっくり薄く目を開ける。

ドアが開いて、陽の光が差し込んだ。

やっと助けが来たんだ、と思った瞬間。


「貴様!! 何をした!!」

マオの声だ、と起き上がる。

マオが数人の兵に止められている。


「落ち着け、何もしていない。リリアーナは熱がある。まずは救護を!」



するとマオは兵達から抜けて、私を抱き上げた。

「マオ……。マオ……! 大丈夫?」

マオはまるで何のことが分からない様な顔をしている。


言葉がうまく出てこない。

「……マオが、行方不明に…ヒック…なって……私……ヒック」

ポタポタとシャツにシミができて、涙が出ていることに気付く。


「リリー……。王太子から、何もされてないか?」

「うん、シャツを貸してもらっただけよ。」


マオに抱きかかえられたまま、外に出ると、土砂降りだった雨は止み、陽の光が木の葉に付いた水滴をキラキラ輝かせていた。

ずっと寝ていたのに、眩しさにまた目が開かなくなる。


マオは魔法で私を温めて、そのまま屋敷まで走った。



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