第2話 嘘つきの演者

 スーパーで買った、カップ型のいちごアイスを家に帰って早々、スプーンを使って食べる。

 それから、スーパーの帰りに五歳くらいの男の子から貰ったクッキーをアイスにのせて食べた。

 

 公園の前で、貰ったクッキーをスーパーの袋に入れて

「ありがとう」

と言うと、無邪気に笑って手を振って、お母さんであろう人の方に走っていった。

「愛されてるんだなぁ」

 俺は、男の子が羨ましかった。自分と比べて男の子を見た。

 俺は愛してくれる人の代役を探すために、スカウトされたのをきっかけと言って、芸能活動を始めたようなものだ。本当は誰かも、本当の自分を愛してもらえてない癖にと、自分の頭の中で自分の声がただただ響いていた。

 自分の存在がここにいいと言ってくれる存在を、ずっと求めていた。幼児向け食育番組に出れるのだって、期限がある。それが終わったら、俺を必要としてくれる場所はあるのだろうか?

 

 アイスを食べ終わって、作文だけはなんとしてでも終わらせないとと思い至り、再び作文用紙と睨めっこした。

『この世が最後の日の予定を決めよう』ってどんな風に書けばいいのだろうと、頭を掻く。

 タメだ、振り出しに戻った。全く思いつかない。

 いや、初めから意気込んではいるものの、全く本文は書けていないけど。

 俺は、スマホを持ってベランダに出た。夏の蒸し暑い風が頬を撫でた。

 後、三時間くらいすれば涼しくなるのだろうかと、目を瞑って考える。

 そして、一つため息を吐き、スマホの連絡先からクラスメイトで唯一異性でよく話す友達に電話をかけた。

「よぉ」

と、向こうは陽気に電話の向こうで言ってきた。

 俺も、挨拶を交わし、時間はあるかと訊いた。電話の相手のクラスメイトも芸能人だ。

 最近、映画の出演が決まったとか言っていたので、電話をしていいか正直なことを言うと迷っていたのだ。

「へーき! 何? なんか用があるのかい? 珍しいじゃん、健司が電話かけてくるの」

 雑な口調や、男勝りな性格を、彼女は数人にしか見せない。普段は清楚キャラを見事に演じている。この、雑な口調で話すところをメディアで報じられませんようにと祈るばかりだ。

 でも、ギャップ萌えとか言ってファンが倍増したりするのだろうか?

 いずれにしても、彼女は武器使いのようで要領がよくて、器用だ。尊敬はしている。

「いや、聞きたいことあってさ」

彼女は、改まって聞いてくる俺を笑った。

「言っとくけど、私、健司と付き合うとかは考えてないからね」

「いや、告白する気はないから、心配するなよ」

俺は、面倒な口調ですぐさま否定する。すると彼女はまた清楚感がない笑い方をして

「で、何?」

と言ってきた。

 俺はなんだか全てがどうでも良くなったような気がするが、あくまで参考にしようと思い

「『この世が最後の日の予定を決めよう』の作文、なんて書いた?題材とか、そう言うのでもいいから」

俺は、少し自分の弱点を見せているのを恥ずかしくなって、声が小さくなる。

 彼女は、少し茶化すように

「んー、夏休みもう終わりますけど?」

と言ってきた。

「別に教えたくないならいいけど」

俺がそう言うと、彼女は

「最後まで自分を演じる」

と言ってきた。

俺が、どう言うことか訊くと

「え、そっちが聞いてきたんじゃん、恥ずかしくなってきた」

そう言ってきたので、俺はなんとかヒントをもらうために、詳しいことを教えてもらうことにした。

「私は、嘘つきなの。本性なんて滅多に見せない。健司は例外だけど」

「はぁ、そうすっか」

俺は、ため息を吐きながらも笑った。

「最後まで、嘘つきを演じ切る。人を幸せにできる嘘ならついてもいいって思ってるの。本物の私なんて、きっとこの世界では馴染めない。みんなそんなもんでしょ?」

俺は、その問いにうまく答えられないと思ったので

「だから、役者になったの?」

と、質問で返した。彼女は少し間を置いて

「みんながそうだとは思わないけどね」

と、濁された。

「じゃあ、最後の日は嘘つきのままでいるって書いたの?」

「ううん、最後だけは正直者でいようと思いますって書いたの」

矛盾。と言う言葉が脳裏に浮かんだ。彼女は続ける。

「別に、バカンスしたいとか、恋愛したいとかは思ってない。ただ、最後の日は、自分の弱い部分受け入れてもらえるように、嘘は吐かないって」

「本当の自分を、最後の日くらいは知っててほしいから?」

「ま、そんなとこ。参考になった? 健司は私とは違う家庭環境だから、違った作文が書けそうだね」

彼女は、四人兄妹の末っ子。兄も姉も優しいと楽しそうに女友達と喋っているのを聞いた。

「うん」

俺は、少しまた、他人を羨ましく思った。俺も、嘘を吐き続けているのかもしれない。

「じゃあ」

「うん」

 そう言って、電話を彼女から切った。

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