第19話 トレイヴォンside2
「……している」
「なら、どうしてまだファビオラ嬢は婚約を解消するつもりでいるのでしょう」
「…………っ」
マスクウェルは悔しそうに顔を伏せている。
「ファビオラは……っ!」
「……」
「ファビオラは僕と目が合うだけで変な声をあげるし、名前を呼んだだけで紅茶を吐き出す。そんな状況にして僕が想いを伝えたら彼女はどうなる?また失神して夢だったのかしら、とか言い出すに違いないっ!」
「は……?」
「そんな状態でどう想いを伝えろっていうんだ!ファビオラが好きなのは僕の顔だろう?本当は僕自身、見ていない。ましてや、結婚するつもりはないんだ」
「……」
「それに僕がファビオラを好きではないと決めつけている。離れるつもりは一生ないのに……。やはり逃げられない場所に囲って、よく話をした方がいいのかもしれない。ファビオラに僕の想いを聞いてもらうしか関係は進まないからね」
マスクウェルはファビオラのことをよく見ているのだと思った。
乙女ゲームのことをファビオラから聞いていないはずなのに。
「……ファビオラから聞いたよ。僕と婚約しなければ君と婚約するのだろう?」
「ファビオラ嬢がそう言ったのですか?」
「ああ、僕に捨てられたら君が拾っているかを心配していた。まだ約束は有効かと。でも……」
マスクウェルはゆっくりと顔を上げる。
「君にファビオラは渡すつもりはない。僕は諦めるつもりはないから、君に可能性はないよ?」
マスクウェルはそう言ってからトレイヴォンの前から去って行った。
「ははっ、マジか」
仄暗い瞳の奥に強い執着が垣間見えたような気がした。
そしてトレイヴォンの気持ちに気づいているのだろう。
ファビオラのこともしっかりと考えて理解しているようだ。
確かにファビオラはマスクウェルと婚約はしていても、結婚するつもりはない。身を引く気満々である。
ファビオラは乙女ゲームのシナリオのまま進むと思い込んでいる。
しかしもうトレイヴォンは気づいていた。
ファビオラの変化は周囲を巻き込んで、彼女が話していたシナリオが変わっているということも。
それにはトレイヴォンとマスクウェルの気持ちも含まれている。
そしてファビオラとマスクウェルが会うことをやめた。
ついに婚約を解消するのかと動き出したのは令息達だった。
わがままお嬢様のファビオラが改心したのは社交界で有名な話だ。
それに親切でお人好し、感情豊かな部分が見え隠れする。
本人はその優しさを隠しているつもりだろうが、色々と漏れ出ている。
それにマスクウェルと距離があることもわかっていたのだやれう。
万が一のためにと、ファビオラを狙う令息は後をたたない。
何故ならば何かのタイミングでファビオラがマスクウェルとの婚約を解消した場合、彼女の心を射止めた者が勢いのあるブラック伯爵家の跡継ぎなのだ。
しかし、もしもファビオラが望んでくれるのならトレイヴォンも側にいたい。
ファビオラのためならば、そう思っていた矢先にマスクウェルはこちらを見透かしたように絶対に手放すつもりはないと言い切った。
今の立場からの脱却したいと思いつつ、この関係を崩せないのはマスクウェルと一緒だった。
しかし恋愛対象に見られていないのは明白だった。
ファビオラの警戒対象からは抜け出したものの、熱い視線を送られるのは他の令嬢達ではない。
「はぁ……」
トレイヴォンは髪を掻こうとしてピタリと手を止めた。
『レイの髪、だいぶ伸びたわね。とても綺麗だから伸ばしても素敵じゃないかしら?』
こんな何気ない言葉に振り回されてしまうほどにファビオラのことが好きなのだ。
(ビオラ……)
ファビオラの幸せと笑顔を守りたい。
そのためならばなんだってしよう。
トレイヴォンはそんな決意を胸に笑うファビオラを見ていた。
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