第7話
自分で言っておいてアレだが、マスクウェルの小さな手が前に差し出されるのを見て驚いていた。
溢れ出る手汗をドレスで拭いてから、震える手を伸ばしてマスクウェルの手を握る。
(は、初タッチィイィイィッ!)
手を凝視しているファビオラを見ていた両親に背を向けてから歩き出す。
そのままファビオラは緊張しすぎてロボットのようにカクカク動きながらマスクウェルと共に歩いていく。
学んだマナーなど、想いを寄せる人の前では役に立たない。
ピタリと足を止めたマスクウェルの表情が抜け落ちて、不機嫌そうにこちら見つめている。
「…………君、何考えてるの?」
「……!?」
「意味わかんない」
少し低くなった声を聞いたファビオラは口元を押さえた。
ついにこの時が来たと歓喜したのだ。
(ひゃーー!設定通り裏表の性格が違って素敵だわ。最高ッ!)
そう……この二面性こそマクスウェルの真骨頂である。
王子様といえば完璧紳士か俺様、そんなキャラクターが多い中、両面を合わせ持つハイブリッド王子、マスクウェル。
画面の前では何も思わなかったが、実際に目にしてみると感慨深いものがある。
「一度で二度美味しい……これが噂のハイブリッド」
「は……?」
「フフッ、何でもありませんわ」
ファビオラはニヤけるのを必死で押さえていた。
実際にはファビオラはこの姿を見て「なんて嫌な奴!」と思うのだが、それが今まで宝物のような扱いをされていたファビオラにとっては新鮮に見えたのだろう。
その積み重ねで、どんどんとマスクウェルに惚れ込むわけだが今回はまた違った目線の『可愛い』である。
表向きのマスクウェルと本当のマスクウェルのギャップに悶えていた。
ゲームでは成長していくにつれてマスクウェルのファビオラに対しての塩対応は強くなっていき、ファビオラはそんな対応をするマスクウェルが気になってどんどんとマスクウェル沼にハマっていく。
マスクウェルを絶対に振り向かせたかったファビオラはあの手この手を尽くすものの、なかなかうまくいかない。
これが人生初めての挫折となる。
ファビオラはストレスを発散するように周囲への当たりも激しくなっていき、自身の評判をさらに落としていくことになる。
そして断罪される時に「あなたに振り向いて欲しかった……ただそれだけだったのに」という寂しい台詞を残して去って行くのである。
クネクネしながら回想していると、マスクウェルは奇怪そうに目を細めた。
「…………変な奴」
「はい、ありがとうございますっ!」
「は…………?」
「険しい顔も素敵ですわね!どんどんと不機嫌になってくださいませ」
「……!?」
「罵る時はもう少し大人になってからの方が美味しいですけれども……!あ、勿論贅沢は言いませんので今でもいいですが、今日はもうお腹いっぱいなので。供給は完了しましたので出来れば後日でお願い致しますわ」
「…………」
十分、心の栄養を蓄えたため、今日は満腹であった。
断罪されるまで……マスクウェルの婚約者でいられるのは十六歳の学園生活から一年含めて五年しかないのだ。
(二人きりの時くらいはデレデレしたって、バチは当たらないわよね……!マクスウェル殿下だって、ファビオラの前で表向きと裏向きで使い分けている訳だし問題ないはずだわ)
それにどうせ何をしても振り向いてもらえないし嫌われるのだから、自分の好きにしていてもいいのではないかという超ポジティブ思考である。
ニヤニヤデレデレしているファビオラに嫌そうな顔をしているマスクウェル。
婚約者になれた今、マスクウェルに嫌われてしまう未来は寂しいが、側にいられるのならどんな対応をされても全てがご褒美である。
欲を言えば色んな表情を見せて頂きたいが、最終的にはマスクウェルが幸せになれば問題ない。
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