第5話 ウーパールーパーは見た! コミュ症ストーカー作戦始動

「つらい……柊さんの視線が『無』なのがつらい……何しても反応がないのがつらい……、「あ」とか、「うっ」とか愛らしく鳴いてくれないのがつらい……もうダメだわ。お家かえりゅ……」

 なるべく距離を置く作戦を開始してから2日。

 猫野さんの心が折れた。

 なにかあったのかなあの2人? 猫野さん帰っちゃうぞ? 

 柊さんもなんか放心してるし……。

 しっ、痴話げんかに首を突っ込むと馬に蹴られるって相場が決まってるのよ。 

 教室に残っていた少数のクラスメイト達がチラチラ見てくる。

 ここまで本当にきつかった。

 私の反応がないのをいいことに猫野さんが好き勝手頭を撫でてきたり、ほっぺをつついてきたり、キスを迫ってきたり……。

 思い返せばいつも通りのセクハラまがいだが、無視し続けると言うのがこんなに体力を使い、良心の痛みに耐え続ける行為なのだと知らなかった。

でも、それも今日で終わりだ。

 否、今日で猫野さんの生態を解き明かし、明日からはまたいつもの友達関係に戻るのだ!

 あれ? 友達……だよね?

 猫野さんは帰ると言っておきながらふらふら繁華街をさまよい歩いていた。

「もう夜なのに何故こんな場所を……あ! 足を止めました! お夕飯のおかずでも買って帰るつもりでしょうか? でも、あそこどう見ても熱帯魚専門ショップなのですが……」

 いらっしゃいませ~。

 猫野さんはふらふらと熱帯魚ショップに入っていった。

「むむっ、わ、私もついていって真相を確かめねば!」

 自動ドアを通るお客さんに混じって、店員さんに気付かれず入店することなんて夕ご飯前だ。

 会話もおぼつかないし、相手の目もまともに見れない。

 そんな私が生きていくために編み出した処世術は人と接触する機会を減らすことだった。

 それが隠密行動でこんなに役に立つとは……悲しいやら嬉しいやら。

「はぁ、この熱帯魚カラフルで可愛いわ……」

「ふむふむ、猫野さんは熱帯魚が好きなんですね……疲れた時や一人の時に見に来ている……っと」

 物陰から猫野さんを観察し、メモ帳に猫野さんの生態を記す。

「食べちゃいたいくらい可愛い。むしろ食べたい」

「……冗談も言う、っと。ああ、これは私が知っていることですから斜線斜線」

 笑ってごまかしてみるが、なんとなく今の言葉は本気な気がした。

 魚が好きって猫かな?

 更に観察を続けていると、つぶさに熱帯魚を見ていた猫野さんが、時折「ふふっ」と笑みをこぼし始める。

 怖い……。

「この小ささを見ていると柊さんを思い出すのよねぇ、なんでかしら」

 私はそこまでちっちゃくないやい! 

 怒りのあまり物陰から飛び出そうとして、我に返った。

 危ない危ない……これが猫野さんの作戦の可能性もある。

 既に私に気付いていて、あぶり出すためにわざと言ったのかも……。

「はぁ……柊さん、私の事嫌いになっちゃったのかしら。何かまずいことしたのかな。いきなり絶交だなんて優しいあの子からは考えられない言葉だわ。きっと私がひどいことをしたのね。心当たりがありすぎてわからないの……」

 確かに、からかわれたり、悪戯されたりしたけど。

 でも、そこまでひどいって訳じゃうわぁああ……うわぁああああ……あぁ。

 痛い、痛いよう! ひどいことしてるのはこっちなのに、そんな悲しいこと言わないで!!

 物陰に隠れて息を整えていると、水槽の中の生き物と目が合った。

「な、なんですか? ウーパールーパーのくせにお説教ですか!?」

 コポポポポポ……。

 返ってくるのは水を循環させるモーターの音だけ。

 しかし、ウーパールーパーは確かに、じーっとこっちを見ていた。

「わ、私は別に悪いことはしてませんよ? 猫野さんのことを知らないとこの先また私の生活に影響が出そうなので、だから、観察しているだけです!」

 コポポォ……。

 その音はまるでウーパールーパーの声のようだった。

 見ていいのは見られる覚悟のある奴だけだぜお嬢さん。

 そう言われている気がした。

「や、やめ……こっちを、こっちを見ないで……見ないでください! お願いします……みな、見ない……うわぁああんごめんなしゃいでずぅううううう!!」

 私はいたたまれない気持ちになって、その場から脱兎のごとく逃げ出した。

 お客様!! どうかなさいましたか!?

「はっ!? 今、柊さんが何かに負けた時の泣き声が!? ……いたわ! 柊さん待って!! もう一度話を!! 謝らせてほしいの!!」

 背中にすがるような必死な声がショップを出ても追ってくる。

 猫野さんは悪くない。

 全部、友達でいていいのかをこんなバカな方法で知ろうとした卑怯な私が悪いのだ。

 ポツポツ…………ザアアアァ……。

 がむしゃらに逃げる私を、突然の雨が濡らした。

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