ビルの屋上は銀河
遠野 歩
ビルの屋上は銀河
小学校2年生の時、入院した。
その頃、ぼくの中で高い所に登ることが流行っていて、学校のフェンスや公園の石垣などをひとりで黙々と登っていた。
そんなことを繰り返していたら、ある日、ついに落ちた。
幸い、大怪我には至らなかったが、医者に見せたところ、股関節にヒビが入ってるとのことだった。成長期なので手術もなにもできず、結局3ヶ月は病院にいたような気がする(実際はもっと短かったかもしれないが、小学生の時間の流れは緩やかなのだ)。
入院して1ヶ月ぐらい経ったころ、
ぼくより2歳年上だった彼女とは、はじめあまり仲良くなかった。
愛海は基本誰とも話さなかった。朝食を済ますと、昼食まで読書をし、昼食を済ますと、夕食までまたひとり読書をしていた。
そんな愛海と話すようになったのは、7月の日曜日の夜、同部屋の子達で花火を見に行ったときだった。
見に行ったと言っても、外出したわけではなく、病院の屋上に行っただけなのだけど…。
看護士さんに連れられて、わいわいガヤガヤ、子ども達が行列を作っていく。
愛海は何やら丸いうちわのような物を小脇にかかえていた。
屋上に着くと、早速花火が打ちあがっていた。黄色や緑、赤く提灯のような形をしたもの、蝶々や飛行機の形をしたものもあった。
花火が終わって、子ども達が階段の方に向かっていくなか、ふと愛海の方を見ると、愛海は何やら地面に先ほどの丸い物を置いて、じっと空とにらめっこしている。
「何してるの?」
つい声が出た。
「カシオペア座、探してるの」
カシオペア座なら知っている。Mの形をしたやつだ。お父さんとキャンプに行った時に教えてもらった。見つけ方も知っている。
「あの一番光ってるのが北極星だよ。北極星が見つかれば、ほら、あそこにMの形になってるやつ…」
「ほんとだ!すごいね。あゆむ君、星座くわしいんだね」
あゆむ君と言われて、嬉しいやら恥ずかしいやら、変な気持ちになっていると、愛海が突然咳をしだして、それが止まらなくなった。
その日から愛海は個室に移った。
今までそれほど仲良くしていたわけではなかったが、あの時の愛海の嬉しそうな顔を思い浮かべると、何だかとても寂しい気持ちになった。
ある夜、おしっこがしたくなって、トイレに起きたのだが、急に屋上に行ってみようと思った。屋上に行けば、なんとなく愛海に会える気がしたのだ。
行ってみたら、本当にいた。
「あ!あゆむ君」
愛海は少し驚いたようだが、指を空に向けて、「上、見て」と言った。
そこには見たこともないような星空が広がっていた。まるで、空が自分の方に向かって落っこちてくるみたいだった。
こんなに近くで星空を見たのは初めてだった。
「あゆむ君、カシオペア座、教えてくれてありがとう。いつまでも…元気でね。わたし、そろそろ行くね」
そう言うと、愛海の手足の先が輝きはじめ、やがて全身が光に包まれた。
気がつくと、病室のベッドに仰向けで横になっていた。
翌朝、愛海の病室を訪ねることにした。
病室には愛海はいなかった。昨日の夕方、病状が急変して、息を引き取ったとのことだった。
廊下で女の人に「あゆむ君?」と、声を掛けられた。
愛海のお母さんだった。
「娘と仲良くしてくれて、ありがとうね。これ、愛海から」
手渡されたのは、あの星座早見盤だった。
カシオペア座は今も
(終)
ビルの屋上は銀河 遠野 歩 @tohno1980
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます