第16話 一進一退

「甘いのは、そちらの方ですわ」


落ち着き払ったアリシアは、交差していたナイフを斜め十字に振り切った。途端に、ユラユラと燃えていた小さな暗黒炎は十倍にも膨れ上がり、攻撃者へ向けて放たれた。


これは、アリシアの張った罠である。


如何にメルの速度が早くても、これだけ近くに寄ってから巨大な炎をぶつければ、完璧に避けるなど出来るわけがない。メルはまんまと、アリシアの誘いに乗ってしまったのだ。


爆発に巻き込まれないよう、悪魔のステップを使い、急速に後ろへと離脱するアリシア。その眼前では、命中した暗黒炎の塊が大爆発を遂げる。凄まじい煙炎が収まるのを眺めながら、勝利を確信するアリシア。


ところがである。紫の煙が薄れつつある中、メルが姿を現した。


「ま、出来損ない悪魔としては、マシな攻撃だったわね」


服の一部は焼け焦げているものの、体には殆どダメージを負っていないように見える。


「ちょっ、ちょっと!あなた、何で無事でいられますのよ!?」


渾身の一撃がクリーンヒットしたアリシアは、驚きを隠せない。


「あんた、やっぱり無知蒙昧のアホ悪魔でしょ? ダークエルフには、悪魔のエネルギーを無効化する遺伝子が組み込まれてるって知らないの?」


魔王の娘が、ハッとする。


そうだ、思いだした。ダークエルフとは、大昔においてエルフが悪魔と対峙する為に作りだした人工の種であったのだ。悪魔の血を人工的に遺伝子に組み込む事により、人などに化けた悪魔の正体を見破り、更には悪魔独特のエネルギーを無効化する能力を有している。


悪魔の魔法が強力なのは、通常の魔法に悪魔のエネルギーを上乗せするからであって、それが無効化されれば人間たちも使う普通の魔法とさして変わりはない。そしてドワーフ並みの体力を手に入れたダークエルフは、悪魔にとって天敵と言ってよい存在なのだった。


だがその代わり、肌は黒褐色に変異し、寿命も普通のエルフに遠く及ばない。古の戦争が終わった後、ダークエルフは負の遺産として、エルフの世界では忌み嫌われる場合が多いという悲劇を生んでいた。


「思い出したようね。あなたは、最初から私には勝てないのよ」


勝ち誇ったメルが、アリシアに一撃を加えようと前進する。


「少しあなたを甘く見すぎていたようですわね。それじゃぁ、これを使っても文句はありませんわよね」


そう言い終わると同時に、アリシアの体から黒赤色のオーラが放たれ、その背中からは、小さいながらもドラゴンのそれと同じような翼が出現した。


「……あんた、魔王の娘ってのは本当のようね」


翼は悪魔の上位種である証明だ。それを出したからには、攻撃力・防御力は更に増大するだろう。


「どう? 降参してネッドの事を諦めます?」


今度はアリシアが、得意然とした。


「いえ、とんでもない。その翼の大きさじゃあ空は飛べないし、持続力も大した事ないと見たわ。そんな貧相なもの、自慢にもならないわね」


「ひ、貧相? 魔王の血族しか持てない翼を貧相ですって? もう……、もう許さないわ!」


血筋をバカにされたように感じたのか、アリシアの怒りは頂点に達する。


「許してもらおうなんて、ハナから思っちゃいないわよ!」


再び、静寂が包む結界の中で睨みあう二人の婚約者。互いを侮りがたい好敵手だと認め、全力での戦いを覚悟する彼女達であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る