第8話 スピリッツァー
「ヌーン、代物なんて”モノ”みたいな言い方は失礼ですよ。君もガサツさではライルと変わらないね。女性なんだから、もう少し何とかなりませんか」
僧侶らしい、説教口調でカンナンが戦士をたしなめた。
「古ーい! カンナンさまよ、今はジェンダーレスの時代なんよ。男らしいとか女らしいとか言ったら、誰もあんたの説教なんぞ聞きに来なくなるからね」
女戦士が僧侶に逆襲する。
「はいはい。で、さっきの話なんですが、私もスピリッツァーにお会いするのは初めてです。前回の冒険で、ライルが身に着けていた鎧。あなたが機能付加したそうですね。あれもスピリッツァ―ならではの仕事とか」
「そうそう、そうなんだよね。あれ、凄い機能だと思うわけよ、私としても興味津々なわけ」
僧侶と女戦士が畳みかけて来る。こちらはこちらで良いコンビらしい。
「だろ? 俺の見込みは間違っていなかったわけさ」
いつの間にかライルが横から口を挟む。
「あれ? 夫婦喧嘩はもうおしまい?」
ヌーンがニヤニヤしながらマルチェナに言った。
「誰が夫婦よ、誰が! でも、あれには私もびっくりしたわ。あんなものを作れるなんて、スピリッツァーって凄いと思う。だけど、何で滅多にお目にかかれないのかしら?」
パーティー最後の一人、魔法使いのマルチェナも参戦し、ネッドに迫って来る。
こうなっては、軽くいなすというわけにはいくまい。ネッドは覚悟を決めて、四人の猛者たちに説明を始めた。
「あ~、はい。では、ご説明いたします。結論から言えば、世界の歴史と大いに関係あるんですね」
「おぉ、世界の歴史とは大きく出たねぇ」
ライルが茶々を入れる。
「こら、水を差すんじゃないよ、ライル! さ、バカには構わないで続けて続けて」
ヌーンが男戦士を睨みつけた。
「え、えぇ……。今から数百年前まではこの大陸を含め、世界中が戦争に明け暮れていた事は皆さんご存じだと思います。そうなると各国々は、少しでも有利に戦いを進めたいと考えますよね。
そこで目を付けたのが、アイテムへの機能付加なんですよ。魔道具ではないので、誰でも気軽に戦闘力や防御力を上げられますからね」
「うーん、道理ですねぇ」
カンナンが、一言添える。
「戦争ですから事態は流動的です。それに対応する為には、常に効率性が求められてたんですよ。それで魂石よりも魔石を使用する機能付加を各国が競って奨励したんです」
「いや、ちょっと待て。それはさっきの話と違うぞ。さっき、店では、魂石を使った方が効率的に機能を付加できるみたいに言ってたじゃないか」
ノンアルコール葡萄酒をすすりながらライルが疑問を呈す。
「えぇ、その通りです。でも魂石が効率的なのは”機能性”についてなんです。さっきもお話ししたように、同じ耐火性能を付加する場合でも、魂石なら魔石の半分のレベルで行えます」
「おう、確かにそういう話だったよな」
ライルが軽く頷く。
「でも”生産性”から言えば、魂石は効率が悪いんですね。魔石で耐火機能を付加する場合、その魔石がどのモンスターから精製されたかは関係ありません。なんでも使えます。
でも魂石でそれをやろうとすると、サラマンダーなどの火に関係するモンスターを探して、魂石を精製しなければならないんですよ」
「あ、なるほど。魔石での付加なら、とにかく多くのモンスターを倒して魔石を手に入れれば、必要に応じた思い通りの強化がすぐに出来るわけですよね。国が人海戦術を取れば、それは難しい事ではない……」
あごに手を当て、納得した様子の僧侶カンナン。
「で、それだと何でスピリッツァー、つまり魂石職人が珍しくなるんだ?」
ライルが首をかしげる。
「アンタ、やっぱりバカでしょ? 同じパーティーとして情けなくなるわ」
マルチェナがライルのこめかみを、人差し指で突っついた。
「なんだとぉ? じゃぁお前にはわかるっていうのかよ」
「当然でしょ。戦争を有利に導くために、国を挙げて大量の魔石を集める。だけどそれだけじゃぁ、意味がないわ。集めた魔石を使って、武器や防具に機能付加しなくちゃならないわけよ。
その為には、これまた大量の付加職人が必要になるじゃない。当然、国家としては魔石職人の育成に力を入れるだろうし、優遇もするわよね。となると、必然的に魂石職人の数は少なくなってくる」
「そして一度出来上がった魔石職人と魂石職人の比率は、戦争が終っても変わる事はなかった。魔石職人にとって都合の良いシステムが、既に出来上がっていたでしょうからね」
マルチェナの後を、カンナンが引き継いだ。
「だから今もって、魂石職人の数が極端に少ないってわけね」
ヌーンが最後を締めくくる。
「なーるへそ」
「って、あんた、やっぱりオジさんね……」
ライルのオヤジ言葉を聞いて、マルチェナが呆れ果てたようにつぶやいた。
実際のところは、モンスターから魔石を精製するよりも魂石を精製する方が難しい事。魂石をアイテムに機能付加する魔法自体も、魔石のそれに比べて熟練度が高くなくてはいけない事。その他にもいくつか理由があるのだが、ネッドは敢えて言わなかった。
言ってしまえば、何か魂石職人の方が魔石職人よりもレベルが上の様な印象を、皆に与えてしまいかねないからだ。よしんばこのテーブルに集う者たちはそう思わなくても、脇で聞き耳を立てているかも知れない他の冒険者達がどう解釈するかはわからない。
もし思い上っているなどと噂が広がれば、ネッドにとって望ましくない結果が待っているだろう。だから今はこれでいいとネッドは思った。
「冒険者諸君、待たせたな。では大切な話を始めよう」
ネッドが大演説で乾いた喉をノンアルコールビールで潤そうとした時、ギルマス、ガント・ライザーの声がギルド館のロビーに響き渡った。
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