第10話 戦闘、そしてめっちゃ強い私

 ドロシーさんの部屋は、二階の端に位置している。

 裏庭からの距離は測れないが、ここからだとかなり遠いかもしれない。

 私の思惑がバレてしまった以上、彼女の部屋に護衛が入っていてもおかしくない。

 ここからはかなり苦戦を強いられるだろう。

 だが、ここまで来た以上、引けるわけがない。


 裏庭は広い。が、死角も多い。

 一本の木の裏に身を潜め、辺りの様子を窺う。

 私を探す怒声は屋敷を飛び交っていたが、まだこの近くに人はいない。

 私は屋敷の裏口まで忍足で接近し、その小さな木の扉を鍵を使用して開いた。

 ぎぃ、と音を立て開かれたその場所は、暗く、何も見えない。

 人はいない──と思われたが、ガタリという大きな物音と共に、人影が部屋の奥で動く。


「まんまと入ってきやがった! 動くな!」


 ──誤算だった。

 どうやら、待ち構えられていたらしい。

 考えてみれば当然だ。鍵を奪って裏の方に回った、と情報が回っているのなら、一番自然な出入り口はこの裏口しかないだろうに。ここからの侵入は浅はかすぎただろうか。

 でも、しょうがないじゃん。不法侵入なんて初めてだし。

 泥棒の作法なんてもの、私はわきまえていないし。

 それでも、どうにかやるしかないとは思う。

 でも、どうすれば? 


「『ファイヤ』」


 奥の人影は、火の魔法で蝋燭に火を灯した。

 部屋の構造。そして奥の人影が明らかにされる。

 この部屋は恐らく倉庫。奥の人は屋敷の警備員だろう。

 人数は二人。腰元には短剣。そして鎧も装着している。

 私たちの距離は、五メートルは離れているだろう。

 一人が、私の元へジリジリと距離を寄せてくる。


「手を後ろに回せ!」


 その荒々しい声に、言われた通り手を回す。

 多分、このままだと、私は捕縛されるだろう。

 そうならないために、私には何ができる?

 自身に問うてみれば、やっぱりできるのは魔法のみで。


「そうだ。そのまま大人しくしていれば、手荒なことはしない」


 体内の魔力の動きは、他人はバレない。

 私は闇属性の魔力を、両手に一気に注ぎ込む。

 Fランクの魔法適正じゃ、数秒じゃ強大な魔法は作れない。

 それは昨日のドラゴスネークとの戦闘で理解している。

 だから。ただひたすらに、全神経を集中させ、魔力を注ぐ。

 同時に、私は視線を行き交わせ、部屋の構造、人の位置。それらを完璧に把握する。


「………………」


 正直、怖い。すごく怖い。

 この部屋を抜けたとして、その先がどうなっているのかも分からない。

 第一、私の体内の魔力が、どれくらい持つのかも分からない。

 ここで捕縛された方がマシな結末を迎えられるかもしれない。

 それでも。それでも……。

 それでも──!


「──『ダークミスト』!!」


 私は、ドロシーさんを救いたいから。


「──なっ!?」


 掲げた両手から放たれた黒いもやが、一瞬で部屋を満たす。

 それは火の灯りを一切も通さない深い闇。もちろん私の視界も閉ざされる。

 が。私は部屋の構造を理解している。加えて、警備員がどこにいるのかも。

 私は警備員の隙間を縫うように走り、その部屋を抜け出す。

 そして、駆け出した。


「っ! 部屋から出たぞ! 逃すな!」


 背後から飛ばされる怒号も痛くなかった。

 私は暗闇に慣れた目を回し、現在位置を確認する。

 おおよそ見当も付かなかったが、突き当たりの角を右に曲がったところでハッとした。

 ここは確か、客間へと続く廊下だ。つまり真っ直ぐといけば、屋敷の玄関。

 その正面に、二階へと続く階段があったはずだ。


 私は走る速度を上げ、再び両手に魔力を注ぐ。

 どうやら見えるところに人はいない。そのまま私は玄関まで駆ける。

 だが──当然のように、そこにはほのかな光が漂っていて。

 階段前に、槍を構えた警備員が立ち塞がっていた。


「止まれ! 止まらないと──」

「『エアーインパクト』!」


 だが、すかさず放出した風の衝撃波で、警備員を吹き飛ばす。


「がっ──! くっそ……っ!」


 鎧を纏った警備員は、倒れた身体を起こすのに苦戦している様子だ。

 私は魔力を注ぎ直し、階段を駆け上がる。


「にっ、二階だ! ドロシー様の部屋に向かう気だ!」


 その声に、二階がざわめき立つのが分かる。

 二階には一階以上に人がいるような気配がした。

 加えて後ろからも、警備員は追ってきている。

 二階では更に苦戦を強いられそうだが、まずは後方の警備員だ。

 思い立った私は、魔力の込められた手を後ろへかざす。


「『アイスショット』」


 アイスショットは、氷球を何発も打ち出す氷属性の初級魔法だ。

 だが、魔力を注ぐ時間も無かったため、氷球はかなり小さくなるはず。

 しかし今回はこれでいい。氷に足元を掬わせるのがこの魔法の意図だ。

 と、そう思った矢先、後方から階段を転がり落ちる音がした。


「いっ──てっ! こんな小細工を……!」


 その声に続いて、焦った様子の声が別の警備員が飛ばされる。


「奴は魔法の手練れだ! 少女だからと手加減をする必要は無い! ドロシー様を優先だ!」


 その言葉に、思わず笑ってしまいそうになる。

 魔法の手練れ? まさか、そんな。

 だって私が使っているのは、全部学園で習うような初級魔法で。

 それどころか私は、学園で一番魔法の成績が悪いような落ちこぼれで。

 魔法の才能なんてちっぽけも無いって、そう思っていたのに。


 なんか今の私、めっちゃ強いかもしれない。

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