第4話 ドラゴスネーク

 森を駆け抜け、段々と辺りは明るさを取り戻してゆく。

 ようやく見えてきた木の柵の前で、私たちは呼吸を整えるため立ち止まった。

 学園の警鐘は未だなお鳴り続けていたが、体力の回復が先決だろう。

 それにしても、木の柵は思った以上に豪快に壊されている。


「ク、クロエさん、結構派手にやったんだね?」


 地面に散りばめられた木片を見ながら、私はポツリ。


「ち、違うよ! 私は、ほんの隙間を壊したみたいな感じで。……だからこれは、なにか、大きな魔物が壊していったんじゃないかな、って思う……」

「あっ、そうだよね──っていうか、これ──」


 よく見るとそこには、何かが這いずり回ったような跡があった。

 そしてそれは、柵の外へと続いている。

 これはもしかして──。


「──ドラゴスネーク?」


 ドラゴスネークとは、竜のような見た目をした大蛇の魔物だ。

 こんな跡を残せる魔物は、そいつしか思い当たらない。

 普段は森の奥深いところにいると聞いたことがあったけれど。

 柵が壊されたことに勘づいて近付いてきたのだろうか。

 個体によっては、十五メートルを超えるものもいると聞く。

 そんな魔物の跡が、確かに学園の方へと続いていた。


「……ドラゴスネーク。確かにそうだ。よし、行こう!」


 ドロシーさんの言葉に、私は強く頷く。

 ドラゴスネークの跡は、学園の裏の方へと続いていた。

 塀沿いに進んでゆくと、喧騒が裏庭の方から聞こえてくる。

 なんとなく視線を上に向けると、塀の奥にドラゴスネークが映った。

 全貌は見えないが、長い胴体を宙で暴れさせているのが分かる。

 あれは、かなり大きそうだ。


「…………」


 不安を抱きながら、私たちは走る。

 やがて見えてきた裏庭への扉の前で立ち止まり。

 顔を見合わせ、頷きを交わし、ゆっくりと扉を開く、と。


「え──」


 奥に映る巨体に、私は思わず声を漏らした。

 そのドラゴスネークは、15メートルを優に超えていた

 数人の生徒と教師が、そいつと戦闘をしている。

 生徒には成績優秀な者が駆り出されているのだろう。

 様々な魔法が飛び交い、それに紛れて剣で斬りつける者もいる。

 しかしその黒光する鱗には傷一つすらもついてないように見えた。

 それに、戦力不足が目に見えて明らかである。

 どうやら負傷者も何人か出ているらしい。

 これは非常に、まずいんじゃないか?


「ドロシーが来たぞ!」


 そう思った時、誰かがそんな嬉々とした声を上げた。

 続くように辺りから歓喜の声が湧き上がる。


「もう大丈夫だ!」

「ドロシーがいれば!」

「よかった。首席の彼女が来たなら安心だ」


 生徒どころか、先生までもそんなことを言い出す。

 当の本人はというと、隣で引き攣った笑みを浮かべていた。


「……ドロシーさん」


 そうだよ。ドロシーさんは適正は凄いけど、蓄積量が全然なんだ。

 前線で戦わされたって、即座に打てる魔法は一発や二発程度。


「さ、みんな下がれ! ドロシーなら大丈夫だ!」


 なのに。なんでそんなこと言うんだよ。

 教師も生徒も、何もドロシーさんのこと分かって無いじゃないか。


「クロエさん」


 ドロシーさんの声は震えていた。

 笑みを取り繕った顔で、私にポツリと漏らす。


「ごめん。巻き込んじゃって」

「ち、違うよ! 巻き込んだのは、私の方で、だから──!」

「いいの。ここは、実力不足でも、私がどうにかしないといけないからさ」


 ドロシーさんは言うと、すたすたとドラゴスネークへ歩みを寄せる。

 対するドラゴスネークは、鋭い眼光で彼女を睨みつけ、威嚇をしているようだ。

 そんな中、周囲の生徒たちは、期待の眼差しをドロシーさんに集中していた。

 皆は、ここからドロシーさんがなんとかすると思っているのだろう。

 けど、こんなの。15歳の少女に向けられていい重圧じゃない。

 今、ドロシーさんが感じている不安や恐怖は、計り知れないものなのだ。

 だって、背の小さい彼女は、今度は相応に小さく映っているのだから。


「ドロシーさん!」


 私は思わず駆け出していた。


「私に、考えがある!」


 驚いた様子のドロシーさんが「どうしたの?」と首を傾げる。

 そんな彼女の耳元で、その『考え』を囁くと、


「なるほどね」


 ドロシーさんは、嬉しそうにニヤリと笑った。

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