お兄ちゃんのお世話

宇野田莉子

お兄ちゃんが風邪を引いたかもしれない

「おかえりー、おつかれー」


 お菓子が食べたくなって二階から降りてきたら、ちょうどお兄ちゃんが帰ってきていた。まだ研修期間だからか帰宅が早い。


「わぁ、びしょ濡れ!」

「まだ活躍したてのスーツが!あ、でも肩くらいしか濡れてないか」

 

 今日の天気予報は確か晴れのち曇り。

 天気アプリを開くとどうやら通り雨が降ったらしい。

 

「ちょうどテスト週間で帰りが早かったから私は濡れなかったからよかった。お母さんたちは大丈夫かな。まあ多分会社に傘置いてあるか」


 濡れたままのお兄ちゃんはそのまま玄関から上がろうとしていた。

 

「あ、だめ、お兄ちゃん。家のなか濡れちゃうから、バッグとかはそこに置いておいて。靴下も脱いじゃって」


 雑に脱いで落とされた靴下はべしょっと音がなって床に落ちた。

 その音だけでどれだけ濡れたかがわかる。


「まずはスーツの上着、ハンガーに干しておくからかして」


 スーツの上着を受け取り、リビングの部屋干し用のパイプを下ろし、ハンガーにかけた上着をかけて、急いで玄関に戻る。

 

「とりあえず拭かないとだから、えーっと、バスタオル取ってくる。絶対動かないでね」


 玄関からほど近いお風呂場に行き、適当にい選んだバスタオルをお兄ちゃんに渡す。

 いつもお母さんがしてくれることを思い出しつつ行動する。

 

「はい、これ。バスタオル1枚でさすがに足りるよね。足りなかったら言ってね。また追加で持ってくる」


 お兄ちゃんは早速バスタオルで頭を拭き始めた。わしゃわしゃと頭を拭く様子は犬みたい。


「今日は優しい妹が面倒みてあげる。その代わり今度高いアイスでも買ってもらうからね!」

「私がバッグと靴はどうにかするから、お兄ちゃんはリビング行ってしっかり体拭いておいてね」


 のろのろとリビングへ向かう姿を横目で確認し、別のタオルを脱衣所から持ってくる。


「バッグの中は濡れてないみたい。会社の手帳とか濡れると怖いからカバンから出しちゃうか」

 

 バッグの濡れている箇所を拭いて、中のものは上がり框に一旦置く。

 幸い中のものはほとんど濡れていない。


「会社の靴って、確かまだ一足しかないよね」


 確か予備の靴はなかったはず。

 シューズボックスを確認するも、やはり会社用の靴は見つからない。

 濡れてしまった靴も買ったばかりだし、早く新聞紙を入れないと。

 リビングに新聞紙を取りにいくと、お兄ちゃんは試合のあとのボクサーのように、頭からバスタオルを被ったまま、ソファの上でだらりと体を弛緩させていた。

 

「全然拭けてないじゃん」


 お兄ちゃんのことも心配だが、まずは靴を乾かさないと。

 古い新聞紙の束を持って玄関で靴に詰め込みリビングへ再度戻ると、さっきと同じ光景のままだった。

 

「動かないでどうしたの?」


 顔を覗き込むと少し頬が赤い。

 

「もしかして風邪引いちゃった?でも早く拭かないともっと悪化しちゃうよ」


 促しても動けないようなので、バスタオルを奪い取り私が代わりに髪の毛をわしゃわしゃと適当に拭く。

 ワイシャツは濡れて肌に張り付いてしまっている。


「いま体温計持ってくるね」


 薬箱から体温計を取り出して、すぐに熱を測れるようにケースから出してそのまま手渡す。

 体温計をしっかり脇に挟んだのを確認して、タオルを肩からかけてポンポンとワイシャツの水分をタオルに吸わせる。


「熱はどう?あ、結構熱あるね。タオルで拭いてても時間かかるから、シャワー浴びられそうなら浴びる?」


 お兄ちゃんが立ち上がったのを確認してお風呂場へと一緒についていく。

 

「うわっ」

「どうしたの。立ってるのもしんどくなっちゃった?でも濡れた体で寝るのも悪化しちゃいそうだし……」


 タオルで拭いて着替えるだけでいいかもしれないけど、冷えた体を温める必要もあるだろう。


「よし!これからすることは看病の一環だからね」


 私はお兄ちゃんを廊下に残し、急いで自室へ駆け込んだ。

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