第10話
その時だった、なにか変わったものが稲荷神社のそばで動いたのは。
彼はどうしてか気になり首を伸ばし、人波の奥からそれを、見た。
少年がいた。
稲荷神社の前でかがみ込む少年が、いた。
彼は、呆然としたあと何も考えないまま地上に降り、稲荷神社に向かっていた。
なんとなく戸惑っていた。
いつもと違う光景を目にしたからだ。
地面を踏むのは久し振りで、妙に体がふあふあ浮いてしまう。
人波を避けるのは面倒で、かき消されながら辿り着く。
黒い狐面を被り、青い甚平を着た、少年だった。
赤い線で描かれた狐の顔は、まるで少年の顔そのもののようで。
仮面ではなく素顔だと、も無言で言い放つ。
逆立って寝癖のような短髪が、屈んで動くたびふぁさふぁさ揺れる。
動物の毛みたいだ、と彼は思った。
よく見ると、少年はゴミを広い集めていた。
煙草や紙ゴミ、茶けて正体の知れない物体、缶と瓶と使用済みの避妊具。
この街らしいゴミを、狐面の少年はせっせと拾い布の袋に入れていく。
どうして降りて近寄ったのか、彼は理解しないまま会話の糸口を探していた。
その間にも狐面の少年は、彼に気付くこともなく屈んだまま作業を続ける。
なんて、声を掛けるべきなのか。
俯くと足元に空いた酒瓶が転がっていた。
指を忘れていた黒い影のような手の平を、見つめる。
そこに生えているはずの指を、集中し意識し思い出し、なんとか形成する。
作り上げた指には身があると思い、ようやく彼はゴミを拾い上げることができた。
拾ったついでに、傍に転がっていた空のピルケースも手にする。
物をこうやって掴むのはいつぶりだろうか。
無我の短い尻尾を掴んだ時以来かもしれない。
顔を上げると狐面の少年が、彼を見ていた。
息をしていないのに、息を呑んでしまった。
「おう、ありがとな、助かるぜ」
面の下から飛び出したのは、威勢の良い口調だった。
彼はそのことに驚きつつも、広げて差し出された袋にゴミを入れた。
気付くと、辺りはすっかり片づきゴミは全て袋の中に収まっていた。
「本当に助かったぜ、ありがとな」
再度礼を述べる面の下で、笑ってくれたような気がして。彼はいやいやと首を横に振った。
「それにしてもおめぇ変わってんな」
それは見てくれだろうか、虚ろとういことだろうか。
どっちつかずな質問に、彼は首を傾げて答える。
ただ変わっていると言われたのに、悪い気はしなかった。
「俺ぁ人じゃねぇぞ、気味悪くねぇのか?」
平気で寄って来たということが、変わっていたらしい。
あけすけなく、狐面の少年は自分の正体を明かした。
気味が悪いだろ、と一蹴して笑いながら。
一緒になって笑えばいいのかどうか。
判断に迷って、それでも首を縦に振った。
少年がどんな生き物だろうと、気味悪いとは感じなかったからだ。
そうだと思ったら近寄ったりはしない。
姉の指示があれば別だけれど。
彼の答えに、狐面の少年は気を良くしたのか、
「俺ぁ八尾が一族、狐の化け物なんでぇ」
これでも気味悪くねぇか?と、両耳を黒い獣耳に変え、尻からそれもまた黒いふさふさの尻尾を二本はやらかして見せつけた。
彼はそれを見ても気味が悪いなんて思いつけず、首を縦に振る。
拒絶する意味が、どこにあるのだろうか。
落ちた神よりずっとうんと、信用できた。
「そうけ、おめぇは変わってんな」
ふぁさふぁさと、尻尾が稲穂の用に揺れ、やはり面の下で笑った気配をさせる少年。
ま、この町全体が変わってやがるがな、と言いながら。
変わっていると言われる度、認められていくようで。
彼は、どうにかして会話の糸口を模索し続けていた。
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