第4話
歓楽街を南にまっすぐ。
巨大なカジノと高級クラブの一角を抜け再び大通りを渡ると、歓楽が淫靡に早変わりする。
空気もそこはかことなく、淫風を帯びる。
彼は迷うことなく電線上を、ただひたすら進んでいく。
一本の高圧電流が流れるそれを道として。
下界に広がるのは、娼婦街。
男娼も混ざるこの地域一帯は、正しくない行いをする者が我が者顔で闊歩している。
不鮮明な商売が、別の国の言葉が、売春行為が、不当な賭け事が、絡まり合ってあぐらをかく。
さきほどの歓楽街が表の顔なら、ここは裏の顔であり素顔でもある。
腹ぼての女がキセルを吸って路地に立っていた。
顔色の伺えない男女が、路地にしゃがみ込んでいる。
怒号罵声嬌声叫声が、つんざいて黄色い天を切り裂く。
がに股の男が綺麗な面構えの少女と少年を両手に花、ラブホテルの中に消えた。
どんな商売が切り盛りされようと人間が一番楽しみにしてるのは性処理だわさと、枯れた蔦の葉に寄生した人面植物が管を巻く。
にゃあご。
他人事ばかりの景色と音の中に、あの生き物の声が混ざった。
彼は声がした方向に伸びる電線に飛び移り、きょろきょろと屋根の上を見回した。
人面植物は黄色い光りが産んだ病気なんでかや、この街にはお似合いの流行病なんでかや。
噂話や小言やら好き勝手に繰り返すんでかや。
と教えてくれた物知りな生き物。
ふあふあの白黒毛皮に包まれた、無愛想な態度愛嬌のある顔。
拳大の黒い尻尾をふりふりさせて、芥子色の目玉を細める。
どでんとコンクリートの屋根に座る姿を認めて、屋根に飛び乗り近づいていく。
三角耳がぴくりと動き、生き物はゆっくりと彼の方へ顔を向けた。
「おぼっちゃんあたしのしっぽつむはやめてくだされや」
近づくや否や、生き物はじじいともばばあとも聞こえる声でたしなめる。
彼はしないしないと首を横に振りつつも、黒い尻尾に目線を落とした。
「にゃほほ、やめてくだされや」
こんな老体に、おぼっちゃんのような若い子は毒にしかなりませんかやと、ひとりごち。
ぶりりと太ったしゃべる猫がゆっくり座り直した。
ふてぶてしい態度の白黒の猫は、無我と名乗った。
歳は十を過ぎた辺りから数え忘れて幾星霜とほのめかす。
娼婦が股開いて喘いでいる真上の屋根で、日向ぼっこするのが定位置らしい。
「それはそうと、おぼっちゃんはまだあっこにおいでですかや」
あっこ、というのは宗教団体のことを差す。
何故猫が気にするのか、深く追求する気もない彼は、まあねと意味を込めて肩を竦めた。
猫はにゃごにゃごと鳴く、それは笑いだ。
あっこの信仰はおぞましいにもほどがありますかや、と付け加えながら笑い続ける。
その声につられてか、若い寅茶の猫が隣の雑居ビルからこちらへやって来た。
無我曰く、ねんごろな関係なんですかや、の。
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