第10話 スプリングセミナー編一日目③

 ゲームが始まったというのに誰も口を開こうとしない。自分自身が少数派の「ウルフ」である可能性があるため、迂闊に発言してしまうとボロを出してしまうかもしれないからだ。

 そんな静寂を最初に破ったのはリョウコだった。


「お題は何かのスポーツだよね?」


 リョウコが恐る恐る発言すると、他の三人はコクコクと頷いて同意を示す。


「スポーツの中でも球技よね?」


 次に口を開いたのはユリだ。


「そうですね! 更に踏み込んだ事を言えば、道具を使用する球技ですよね!」


 チカは自分が多数派であると信じてドキドキしながらもお題の深い内容に触れていった。


「私、中学時代に体育の授業でやったよん! あの日は炎天下で何人も熱中症患者が出たなぁ…」


 レイナの発言を聞いて、他の三人の表情が微かに曇った。


「炎天下って……外でやったってことですか?」


「僕はそれは外でやるスポーツではないと思うんだけど……」


「私もそう思うわ」

 

「あれぇ〜? ひょっとして私しくじった?」


 三人の反応を見てレイナは皆と話が噛み合っていないと感じ、少し不安を覚えた。

 その直後、リョウコのスマホからアラームの音が聞こえてきた。


「あ、タイムアップだね。それじゃあウルフだと思う人を指さしてね。せ〜〜の!」


 リョウコの掛け声に合わせて全員が同時に投票をした。

 結果としてレイナに三票が入った。 


「それじゃあ答え合わせしようか。僕のお題は卓球だよ」


「私も卓球でした!」


「私も卓球だったわ」

 

「え〜、私はテニスだったんだげどぉ……」


 少数派のウルフであったレイナを当てることができたため、このゲームは多数派側が勝利した。


「どう?だいたいゲームのルールは分かったかな?」


「はい、なかなか面白いですね!」


「もう一回、もう一回やろうよん!」


「いいよ、じゃあまたスマホを順番に回すよ」


 順番にリョウコのスマホの画面を確認して、全員が自分のお題を知ると第二ゲームがスタートした。


「これはデートスポットとして行く場所じゃないかしら? こんなところに恋人と行ったらなかなかロマンチックで良いと思うの!」


 一回目のゲームで要領をつかんだのか、ゲーム開始と同時にユリが発言した。


「ユリちゃんはこういうところでデートがしたいんですね〜。良かったら今度、私と一緒に行きますか?」


 ロマンチックな妄想をしているユリに、チカは冗談めかして言った。


「何てこと言うのよ! それじゃあ私がチカの事が好きみたいじゃない! 全然好きじゃないんだから!!」


 ユリはその発言を冗談とは受けとらず本気にしたのか、顔を赤くして反論した。


「えっ……じゃあ私の事嫌いですか……残念です、せっかく友達になれたと思ったのに」


 チカは涙目になって俯き、わかりやすく落ち込んでいる。

 

「そ、そんなこと無いわよ! チカの事は一目見たときからとってもかわいいと思っていたわ! 実際に話してみるとかなり面白い子だと思ったし、だから私はチカの事は大好きよ! ……って何てこと言わせるのよチカのおバカー!」


 落ち込むチカをフォローしようと言葉をかけたユリだったが、言っている内に恥ずかしくなってしまったようだ。


「二人ともイチャイチャしてるところ悪いんだけどさ、そろそろ話を進めてもいいかな?」


「べ、別にイチャイチャなんてしてないわよ!」


 湯を沸かしたやかんのように湯気を出しているユリをスルーしてリョウコは話を進めた。


「このお題になっている空間は僕は好きだな。薄暗い中のほのかな明かりが幻想的で良いと思うんだ」


「私もそう思います! ただ人によって好みは別れるのではないでしょうか」


「え、そう?これが嫌いな人なんていないと思うけどな」


 チカとリョウコが話しているとこれまで口を閉ざしていたレイナが急に口を開いた。


「そこにいるとお腹が空いてくるよね〜! 少し前に行った時、口から溢れるよだれを抑えるのが大変だったよ〜!」


 レイナが発言した瞬間に周りの空気感が一気に変わった。


「レイナちゃん? お腹が空くとはどういうことでしょうか?」


「僕もそこに行って急にお腹が空くなんてことは無かったけど……」  


「ひょっとしてレイナがまたウルフなんじゃないのかしら〜?」


 ユリが睨むような視線をレイナにぶつけた。


「あ、あれれ〜? もしかして私、またしくじっちゃった?」


 ちょうどその時、リョウコのスマホのアラーム音が鳴った。


「それじゃあ投票の時間だよ。せ〜の!」


 投票は再びレイナに三票が入るという結果に終わった。


「それじゃあ答え合わせをしようか! 僕のお題はイルミネーションだよ!」


「え!? 私は水族館でした……」


「私も水族館だったんだけど……」  


「私も水族館だったよん!」


 最多票を獲得したレイナではなくリョウコがウルフだったので、このゲームはウルフ側が勝利した。


「あれ〜? 僕が薄暗くて幻想的って言ったのに皆、同意してくれたから皆のお題もイルミネーションだと思ったんだけど……」


 勝利したにも関わらず、リョウコにはあまり勝てたという実感があまり無いようだ。


「水族館も薄暗くて幻想的なのでリョウコちゃんは水族館の事を話しているかと思いました」


「レイナが変な事言うからよ! 水族館でお腹が減るってどういうことなのよ!?」


 ユリに怒られ、レイナは頭をポリポリとかきながら答える。


「水族館ってマグロいるじゃん? どうしてもお刺身を連想しちゃうんだよね〜 お刺身なんて高級品、うちじゃなかなか食べられないからね〜」


「水族館からお刺身を連想するなんて、なかなか変わった感性の持ち主なのね……」


「ワードウルフは楽しかったよん! でもこのゲームは私には向いてないかもなぁ……なんか他のゲーム無い?」


「私、トランプとかウノとか持ってたんですけどやりますか?」


「おっ、やるやる〜!」


 バスの外には相変わらず高速道路の景色が広がっており、到着までまだまだ時間はかかるようだ。四人はチカの持ってきたカードゲームで時間を潰すことにした。




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