第8話 スプリングセミナー編一日目
小鳥がさえずる爽やかな朝に、閑静な住宅街のとある一軒家ではいくつものサイレンの音が鳴り響いていた。
その家の中でベッドに横たわっている少女、チカはサイレンの音で目を覚ますとベッドから出て立ち上がると、五つの目覚まし時計全てを停止させた。
そして彼女は両手を高く上げて伸びをする。
「ふぁ〜…気持ちの良い朝です!」
今日は高校生活初の学校行事、スプリングセミナーが行なわれる日で、絶対に遅刻する訳にはいかない日だ。
どんなに高性能な目覚まし時計でも起きることができないと学習したチカは、昨日の休みで四つの目覚まし時計を追加で購入したのだ。
新たな目覚まし時計の中には、音が鳴る普通の物の他に、時間になると自動でコーヒーが沸いて良い匂いがするという珍しい物もあった。
この前の休み時間にレイナと一緒にコーヒーを飲んでからすっかりハマッてしまったようだ。
チカはのんびりと美味しいコーヒーを堪能した後、自室を出るとリビングへ向かった。
現在の時刻は五時三十分で他の家族はまだ誰も起きておらず、リビングは静まり返っている。
(せっかく早起きできましたし、朝ごはんを作りましょう!)
チカはキッチンに立つとフライパンなどの調理器具を準備して、料理をすることにした。
彼女は朝の短い時間でも作れる簡単な料理として、ベーコンと卵を冷蔵庫から取り出した。
まずフライパンにサラダ油を引き、割った卵を乗せるとジュワーっと心地の良い音がする。
十分程経過して目玉焼きが完成した後、次にベーコンを焼く。
(後は、何か野菜が欲しいですね……)
チカは冷蔵庫の野菜室を漁り、レタスとキュウリとトマトを見つけると包丁で切り、皿に盛りつけサラダを完成させた。
全ての料理が完成し、チカは食卓に朝食のメニューを並べた。
「よし、朝ごはんが完成しました! いただきま〜す!」
「あら、チカ。珍しく早起きね」
朝食を完成させ食べようとしているとチカの母親が目を覚ましリビングへやってきた。
「お母さん、おはようございます! 朝ごはんを作ったので、良かったら一緒に食べますか?」
「それならありがたく頂こうかしら!」
母親の返事を聞くとチカは再びキッチンに向かい、母親の分の料理を取ってくると食卓に並べた。
「いただきま〜す!」
チカと母親はテーブルを挟んで向かい合うように椅子に座り、声を合わせていただきますをすると箸を取り朝食を食べ始めた。
「うん、美味しいわよチカ! あなた随分と料理が上達したわね!」
「沢山練習しましたからね!」
チカは料理の腕を褒められてとても嬉しそうな様子だ。
「ごちそうさまでした! 美味しかったわ!」
朝食を終え、片付けをするとチカは出発するための身支度を始めた。
学校指定のジャージに着替え、髪型をセットするなど諸々の準備をすると自宅を出発する時間となった。
「お母さん、行ってきます!」
「勉強頑張って来るのよ〜!」
チカは母親に見送られながら、自宅を出発して集合場所の学校へと向かった。
(二泊三日なんて心配だわ…あの子、ちゃんと集団生活できるかしら……)
笑顔でチカを見送った母親だったが、内心は心配でたまらないようだ。
自宅を出発して数分歩き続けるとチカはレイナの家の前に到着した。
せっかくなので一緒に登校しようと思ってインターホンを押すが何の反応も無い。次に扉をドンドンと強く叩くがそれでも何の反応も無い。
耳を澄ましてみると扉の向こう側からいびきのような音が微かに聞こえてきた。
(まだ眠っているのでしょうか……こうなれば最後の手段です!)
チカは旅行用のスーツケースの中から、小学生時代から愛用している防犯ブザーを取り出した。高校生にもなって防犯ブザーを持ち歩いている人間などかなり珍しいが、チカはぼんやりしていて何歳になっても危なっかしいからと母親に持たされているのである。
チカが防犯ブザーの紐を引き抜くと、耳をつんざくような爆音が鳴り響いた。
それから数秒後にレイナの家の扉がバタンと音を立てて勢いよく開いた。
「むむ、敵襲か!? 成敗いたす!」
「きゃぁ〜〜!」
家の中からレイナが勢いよく飛び出して来て、手に持っている竹刀でチカの事を力いっぱい叩いた。叩かれた衝撃と驚きによってチカは腰を抜かして地面に尻もちをついてしまった。
「あれ、チカ? 本当ごめんね〜! 不審者が来たかと思っちゃって……」
レイナは叩いた相手がチカだったと気付き即座に謝罪した。そしてチカに右手を差し出すと、彼女の手を掴み立ち上がるのを手伝った。
まだ少しヒリヒリと痛むのか、チカは頭を手でおさえている。
「私もすみません。あんなうるさいブザーを鳴らしてしまって…… 一緒に登校しないか誘おうと思っていたんです」
「よし、じゃあ一緒に行こう! 準備して来るからちょっと待ってて!」
レイナは身支度をするために家の中へと戻っていった。
そして数分経つとレイナはジャージに着替え、スーツケースを持った状態で家から外へ出てきた。
「よし、じゃあ出発しよう!」
「はい!」
二人はレイナの自宅を出発すると、のんびりとした足どりで学校へと向かった。
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