第3話 口は災いの元
ぞぞぞっっ。
なんだその表情。
口角歪めてニヤニヤしやがって。そんな歪んだ笑顔、いままで見たことねぇぞ。
「........................なに笑ってやがんだ? 俺は本気で、心の底からアンタが嫌いで。こうして下げたくねぇ頭まで下げてんだぞ? なんなんだよその反応はよ」
「んーん、なんでも。ただ、不器用なプロポーズだなぁって思ってね。やっぱり
「は? プロポーズだと? それに偽物だと? そりゃテメェのことだろうがよ! ちょっ、いや、待てよ!」
意味がわからん。どんな思考回路してたらそんな言葉がでてきやがるんだ!?
「〜♪」
そのまま、俺の決死の行動も軽く流され、彼女は機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら俺に背を向けて歩き始めた。
俺はさらに叫ぶように赦しを請うたけど、彼女は振り返ることなくいつも通り悠然と、なんならスキップする勢いで校舎の方に歩みを進めていった。
呆然と見送る俺の脇を、多数の生徒たちが哀れなものを見るような流し目を寄越しながら通り過ぎていく。
同時に俺に耳に生徒の誰かのヒソヒソ声が届く。『ほんと可哀想だね』『うわっ大丈夫かな?』『しっ、関わったらやばいよ』ってな声が。
額に変な感触がしたので手の甲で拭ってみると、血がついてた。
気づかないうちに地面に強くこすりつけすぎたせいで、額から出血してるらしい。
っていうかプロポーズがどうとかって言葉が不穏すぎる。
俺が心と身体にダメージを負っただけで、アイツにはなんのダメージもない。むしろ肯定的に受け取ってなかっただろうか。
俺の本気の拒絶を受ければ、さすがのアイツもショックくらいは受けるだろうと、そう思ってたのに。
やはりアイツの精神もアタマも異常なんだ。普通の人間のソレとは違ってる。
「この..................バケモンが............」
無意識に口をついてでた俺の呟きは、喧騒を取り戻していた朝の校門前で虚しく溶けて消えた。
*****
なんでこんなことになってんだっけ......。
朝の行動が無駄撃ちに終わって教室に移動した後、ホームルーム前の喧騒の中、俺は一人過去を振り返っていた。
意味もないことはわかってるけど、考えずにはいられない。
御霊知夏。
悪名高い御霊家の4女。
出会いのきっかけは小学校のころ。俺の同級生にいた御霊家の5女である御霊凛火恋と、その他友達数人で遊んでいたときのこと。
当時、
しかも、遊びに行くのについていくだけで、妹の友達と仲良くするわけでもなく、少し離れたところからぼんやり眺めていることがほとんど。遊ぶためについてたというよりは、妹の保護者的な立場だったのかもしれない。誰かが話しかけてもろくに会話が続かない変わった子だった。
そんな性格が災いして、というか必然というか、ただでさえ年上な上にろくに話もできない御霊知夏と仲良くするような奇特なやつはいなかった。
............俺以外は。
誰とも仲良くするわけでもなく、1人はしっこの方で寂しそうな表情で俺たちが遊ぶのを眺めてる。そんな姿が無性に可哀想で、俺は不器用ながらも積極的に声をかけにいってた。
それが嬉しかったのか、御霊知夏は俺に懐いた。異常なほどに。
そのころ不器用な声掛けしかできなかったせいか、今でも俺のことをツンデレ扱いしてきやがるあたりも、当時の俺の失敗が悔やまれる。
そう。当時の俺はまだ、御霊家、というか御霊知夏のヤバさを知らない純粋でバカな男児だった。
知っていれば、こんなヤバ女に構うようなこと、するわけがなかったのに。
もっと早く気づいて離れていれば、こんなことにならずに済んだかもしれない。
今からでもタイムマシンを作って過去を変えたい。
引っ込み思案で人見知りが過剰だけど純粋な少女だった御霊知夏は、すでに過去の存在。
あれから10年ほど経った今のアイツは、『美人でおっとりしてて勉強と運動はあんまりできないけど家族想いでちょっと抜けた所もいっそ可愛らしさを助長している年下の彼氏大好き少女』という外面を、御霊家の威光のもとで周囲に無理やり押し付けるイカレヤバ女に成長した。
普通の男児だった俺は、周囲から『
そして今朝の1件を受けて、今朝の教室の中では、『プロポーズ』がどうだとか、『お気に入り』がどうだとか、俺の方をちらっとみながらひそひそ話が聞こえてくる。
気分のいいものじゃない。早く時間すぎろ。
「おはー。理真、朝から校門前で
御霊凛火恋。
御霊知夏と御霊凛火恋は、異母兄弟姉妹がほとんどな御霊家兄弟姉妹の中でも数少ない母親が同じ姉妹。
とはいえ、2人の雰囲気は全く違ってる。
黒髪をショートボブにした大和撫子然とした御霊知夏に対して、金髪ロングのギャル感満載な御霊凛火恋。
アクセとしては、大和撫子な雰囲気とは逆ながらもなんとなく目立つ首元の黒いチョーカーが目印な御霊知夏に対して、ピアスやらネイルやらがバチバチな御霊凛火恋。
ねっとりとした雰囲気を醸し出す御霊知夏に対して、さばさばキッパリとした御霊凛火恋。
別にコイツにも好意は抱いてないけど、どちらかと言えば御霊凛火恋の方が人間的には好ましく思ってる。
御霊凛火恋の方は、あのなんともいえないキモチワルさがないからだろうか。
それよりも、噂の方が気になる。まぁどうせいつものことだろうけど。
「うっせーよ。俺がプロポーズなんてするわけねーのわかんだろ。っつーか全員わかってるくせに噂にすんの最悪すぎる。いや、どうせアイツが言わせてるんだろうけどよ......。ってか御霊凛火恋、頼むからお前の姉をなんとかしてくれ。俺はもうマジで限界なんだ」
俺はクラスメイトどころか学校中から、触らぬ神に祟りなしとばかりにスルーされてる。
にもかかわらず、根も葉もない、というか朝の件が事実を捻じ曲げられて噂されてるのは、言うまでもなく御霊知夏の策謀によるものだろう。だれも彼女、というか彼女の家には逆らえないのだから。
御霊凛火恋は、御霊知夏が俺との会話を許している数少ない相手であり、御霊知夏の悪口をまともに聞いてくれる唯一の相手だ。
御霊知夏のことを愚痴れる相手は、コイツくらいしかいない。
「あははっ、限界ならさっさと諦めて知夏と赤ちゃん作っちゃえばいいのに。家族、ほしいんでしょ? 知夏なら理真が『お姉ちゃん大好き♡』って言えば、いっぱい産んでくれると思うよ?」
「ちっ。話にならん。確かに家族はほしいけど、アイツとはイヤだってわかってて言うのやめろ」
「ぶーぶー」
とまぁこんなふうに、話を聞いてくれるとは言っても、文字通り聞くだけで俺の主張に同調したり助けてくれることはない。
妹のくせに御霊知夏のことを『知夏』などと呼び捨てにしてるあたり、姉妹仲が良くないのかと思いきや、むしろ良好。
呼び方は単に御霊凛火恋が兄弟姉妹全員を呼び捨てにしてるってだけ。
まぁ、コイツとはある程度砕けたやり取りができるから、まだマシだわな。
「どうせ逃げるとかムリなんだから、さっさとあーしのお義兄ちゃんになっちゃいなよ、You〜」
「なるかボケ」
「へへっ、そんなこと言って、身体は正直なんだろ〜?」
「確かに正直かもな。ほれ、今朝のやり取りのせいで蕁麻疹酷くなってるしな」
「ありゃりゃ〜。これは知夏も調教に時間かかりそうだねぇ」
「調教とか言うな。俺はそんなんされねぇよ」
「いやいや、パパとママたち直伝のうちの調教術を舐めたらいかんぜよー?」
「舐めてねぇよ。むしろ最大級に警戒してるわ。お前のヤバい女たらし兄貴見てたら、大概っぽいしな」
こいつの兄貴、御霊家長男の
前に見かけたときなんて、アイツの周りが女で囲まれててアイツ本人の姿が見えなかったくらいだ。
なのに、周りの女が全員が幸せそうにしてるってんだから奇妙すぎる。相当ヤバいことしてるに決まってる。
「............は? あんた今、私の莉牙兄さまのこと侮辱した?」
なんだよ、急に真顔になりやがって。らしくねぇな。
いつもは御霊知夏の悪口を言っても笑って流してきてただろうが。
つーか、なんだよ『莉牙兄さま』って。お前、兄弟姉妹のことは呼び捨てだろうが。
なんだこいつ、ブラコンってやつか? 大好きな兄貴を貶されてキレてんのか?
けど俺は事実を言ってるだけだ。
それに、いくら御霊凛火恋が妹だからって、御霊知夏は自分以外が俺を害することを許したりはしないだろう。
こいつも御霊の人間だから、俺以外のやつはコイツにやたら気を遣ってるけど、御霊知夏がいる限り、俺が何を言っても、そこまで酷いことにはならねぇはずだ。
御霊知夏の威光に頼ってる感じがイヤだが、こっちはいつもマイナスを背負ってやってんだ。これくらいの特権、ないとやってらんねぇからな。
悪いがお前の姉のせいで溜まってるストレスの捌け口にでもさせてもらおうか。
「なんだよ御霊凛火恋。お前、兄ちゃんのことが好きなのか?」
「そうだけどなにか?」
「別に何ってわけじゃねぇけど、お前ら半分は血が繋がってんだろ? じゃあなんもムリじゃねぇか」
「は? 愛があればイケるし」
「イケねぇだろ。だいたい、あんな女たらしな人の何がいいんだ?」
「あんた、言っていいことと悪いことがあるのわかんないわけ?」
「ヤバい女たらしなのはマジだろうがよ。お前ん家は全員やばいってのは周知の事実だし、みんなわかってるっての」
「あんた......莉牙兄さまだけじゃなく、パパとママたちのことまで......」
「悪口じゃねぇよ? ただの事実だ。言われたくないならマトモな人間になれよな」
「かっちーん。ふーん、そう。そういうこと言っちゃう。今までは知夏のことを悪く言ってるだけだったから許してあげてたけどさぁ。はぁ、口は災いの元ってほんとだね。兄さまやパパママのことまで悪く言うなら............」
「言うなら、なんだよ」
「2度とあーしの家族の悪口言えないように、うちで知夏に教育させる」
「はぁ?」
俺の意識はそこで途切れた。
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